2-4 オタクを食い物にしている側の人間

 カバンから出て来た身分証明書と名刺から、男は達川というアニメ制作会社の人間である事が分かった。


 辺見は達川のカバンを乱雑にひっくり返してロビーのテーブルの上にぶち撒け、机上に散らばった紙資料のうちの一枚をヒラヒラと翳しながら、「うわあ、こいつオタクかよお」と嫌悪感も露わに口にした。

 達川は正確には「オタクを食い物にしている側の人間」である。が、303号室からこのロビーに引っ立てられる道中で辺見から気まぐれに五、六発殴られて心をポッキリ折られ跪かされている達川は、反論するどころか顔を上げる事もできなかった。


「オタクで暴力セックスが好きでうんこ垂れでロリコンかぁ。お前、どうすんだよこの先の人生よお、ええ?」


 辺見は心底楽しそうに、目の前にいる脱糞ロリコン親父をなじった。脱糞ロリコン親父こと達川が目に涙を溜めて黙りこくっていると、辺見の側にいた口臭リーダーが大股で歩み寄り、その顔面を靴底で蹴り飛ばした。

 一見重たそうな中肉中背体型の達川の体は案外ポーンと軽く吹っ飛んだ。普段からロクに運動をしておらず、体幹が弱い事が見て取れた。


「アニメ業界関係者でこういうトコに出入り出来るって事は、ある程度収入があってそのスジじゃ名の通った奴なのかもしれんな。」

「おおかた常日頃、子分や後輩に辛く当たったんだろうなあ。ひひっ。」

「多くの人間の人権と尊厳を蹂躙して来はしたが、される事には慣れていない小心野郎独特の空気……なるほど、如何にもって感じだな。」

「けどもうソレも終わりだぞ。今日のコレきっかけで、お前が常日頃イジめてる奴はみんなお前の事を見下す様になるんだからな。」

「仕返しを喰らう様な事があっても通報してくんじゃねえぞ、面倒臭えから。」

「通報する位なら一人で悩んで悩んで、迷惑かけない様にひっそり自殺しろ。分かったな?あー、いい事した後は気持ちがいいスねぇ。」

「おいどうした、俯いてねえで返事しろや、あ?」

「あー、コイツダメだ。壊れやがった。出来心で痴漢や万引きをヤッちゃった社長だの会社役員だの議員だのをしょっ引いて追い込んでやると大概こういう感じになるんスよね。」

「いい気味だぜ、全く。」

「………………………先輩、402号室の皆さんが戻られました」


 辺見と口臭リーダーの常軌を逸した暴力性を目の当たりにし、今日の帰り道に辞表の書き方を記した本を書店で探す事を決意した根尾が二人に声をかけた。


 402号室に居たのは達川の子飼いの笠井というこれまた貧相な顔立ちの中年声優だった。

 こいつの痛めつけられ方もまた中々に壮観で、頭髪をイビツな形に剃られてケツにアナルバイブをブチ込まれ、屈辱に嗚咽を漏らしながらしょっ引かれて来た。傍の捜査員が嬉しそうにバイブを蹴り上げ「抜けたらさっきテメーが吐いたゲロをかき集めて直腸にぶち込むからな」と追い込むと、青くなった顔を一転紅潮させて横に振ってイヤイヤをした。

 人権蹂躙尊厳破壊ゲームの芸術点争いは互角といったところであった。


「本当にどうしようもねぇなあ、オタク共はよぉ」 


 口臭リーダーが嫌悪感と軽蔑も新たに吐き捨て、根尾を除く他の捜査員が下品な笑い声をあげて共感の意を示した。

 重ねて記すが、彼らは「オタクを食い物にしている側の人間」である。が、そんな事は日本の良心たる天下の大警察官様の知った事では無いのである。


   ◇


「今日はこんくらいで勘弁しといてやる」


 口臭リーダーは土下座する店長の後頭部を踏みつけながら、目一杯ドスを利かせた声で言った。

 今日潰してしまうのではなく、何度か足を運んでその都度店員や風俗嬢どもをイジめて遊ぶ事に決めたのだ。こういうオモチャは長い時間をかけて楽しむに限る。

 その為にも、今度はもっと客がいる時間に来よう。ギャラリーが多い方が興が乗る。


 引き上げの際、捜査員達は店長に目配せして何かを促した。この僅かな時間の間にすっかり奴隷根性が染み付いた店長はレジを開け、その中からペラペラの紙の束を取り出し、震える手で口臭リーダーに恭しく差し出した。


「割引券やのうてタダ券出さんかいボケェ!」


 口臭リーダーの渾身の鉄拳が店長の鼻っ柱を粉砕した。


   ◆


 達川逮捕の報とその蛮行の詳細はすぐさま「魔法少女キューティ☆フレイル」の関係各所に伝えられた。


 ある者は「ああ…やっぱりヤってたかあ」と苦笑いしながら天を仰ぎ、

 ある者は「第二期を当て込んで組んでたローンどうすっかな……」と頭を抱えて金策に奔走し、

 ある者は次に逮捕されるのは自分だと悲嘆に暮れて先月ようやく寛解したと思った心の病がぶり返し、煉炭を買いに車を走らせるも最期の楽しみにと立ち寄ったパチンコでまあまあの額を勝って機嫌を直してそのままUターンして帰宅し、

 ある者は達川が抱える他のスキャンダルが週刊誌に幾らで売れるだろうかとソロバンを弾き、でも気鋭のアニメ監督が売れない女声優を片っ端からヤリ捨ててるなんてありふれたネタなんぞ二束三文にしかならんよな、と早々に皮算用をやめて以前達川から貰った個人撮影のハメ撮りビデオでシコリ始め、フィニッシュのタイミングを見誤って画面に大写しになった達川の顔に射精した。


 程度の差こそあれ、皆が皆戸惑い、困り、混乱した。

 が、達川の逮捕を「何かの間違いだ」と疑った者は居なかった。

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