2-3 ケーサツ官の風上にも置けない奴

「いやー、やってみたかったんスよね、コレ。」


 根尾は3階に向かう階段を登りながら、喜色満面で辺見に声を掛けた。


「思いの外気分がアガったな。良かったぞ。今後、機会があったらまたやろうぜ。」


 辺見もいたく上機嫌で応じる。

 道中のパトカーで根尾が他の5人にした提案とは「暴対がヤクザの事務所にガサ入れに入る時みたいな威圧をみんなでやってみませんか」という物だった。


 今日の現場が暴力団事務所や武装勢力や過激派政治団体だったなら躊躇したろうが、平日昼間の違法風俗店とあらば心置きなく強気に恫喝にかかれるしバックの怖い奴らも即時には飛んで来るまいと皆喜んで賛同した。

「何でそんな事を?」「そんな事をしている場面を一般市民に見られてしまったらどうするのか?」「ゲリラで行くんだから騒ぎを大きくするのは得策でないのでは?」なぞと空気の読めない正論を口にする者は誰一人いなかった。


   ◇


 2人がビルの3階へ登り、如何にも違法風俗店らしい殺風景な廊下を進むと、奥の部屋から女の声が聞こえて来た。どうやらお楽しみの最中らしいがその声色は嬌声というより悲鳴や怒号に近い。客はなかなかイイ趣味の持ち主である様だ。


「あっちですね、303号室。」

「どんなプレイをやってるんだ……?」

「ミーティングでも言ってじゃないですか。ここは性嗜好が常人と違う奴が集まるんで、非人道的なプレイが横行してるって。」


 根尾が辺見をたしなめる声色は、緊張3割・ワクワク7割といったところだ。

 かく言う根尾も中学生の頃から愛読している暴力的なビザール系エロ漫画の様な光景を生で見られるかもしれないという期待でさっきから勃起が止まらず、履いているブリーフには先走り汁によるシミが出来ている。


「でもこの喘ぎ声……ちょっと尋常じゃないぞ。なんか危なくないか?」

「何でです?」

「2人が薬物を使っていたらどうする?こっちの警告や威嚇なんぞお構い無しで向かって来るぞ。武器なんぞを持っていたら尚の事危ないだろう。」

「武器………ですか?」

「ナイフだとか拳銃だとかだよ。」

「やだなあ、考え過ぎですってば。」

「ンな事ねえよ。バカなガキや追い込まれたチンピラなんざちょっとテンパりゃオマワリが相手だろうが躊躇なく抜くんだぞ。」


 辺見の野郎、事ここに至って野暮ったい事抜かしやがって。

 先輩のクセしてしょうもない奴だ。


「やっぱ考え過ぎですって。気分を盛り上げる為に声を大きく出したり演技したりってのはよくある事じゃないですか。」

「だけどよ……。」

「もー勘弁して下さいよ先輩、幾ら童貞だからってそん位分かるっしょ……」


 その瞬間、辺見の顔色が変わった。

 突然辺見は根尾の前に物音ひとつ立てず立ち塞がり、目にも止まらぬ速さで腰に差していた自動拳銃を抜き、銃口を根尾に向けた。


「俺を童貞と呼ぶな」


 辺見の行為は冗談にしては度を過ぎている。根尾は軽口を畳み掛けてこの場をどうにか収め、後でこっそり口臭リーダーにこの事をチクろうと決心した。


「だ、ダメですよぉ先輩……幾らシャレでも銃を人に向け……」

「俺を童貞と呼ぶなと言っている」


 根尾の馴れ馴れしい口ぶりに、辺見は先程までの朗らかな雰囲気が嘘の様な冷徹な口調で答えた。

 根尾はここで辺見のやろうとしている事がハッタリではないと瞬時に悟り、身をすくませた。辺見のこの目。この声のトーン。この何処にもスキのない完璧な射撃姿勢。そして何より、拳銃の安全装置が外れている。

 根尾の命は今、この童貞先輩に握られている。先程までギンギンに勃起していたポコチンは小指の先程度のサイズに縮こまってしまった。


「……すいませんでした」


 辺見は無言のまま「決して納得はしていないし、お前を当分許しはしない」という表情でゆっくりと拳銃を下ろした。


   ◇


 20秒後。

 気まずい空気が晴れぬまま、2人は303号室のドアの前に到着していた。

 獣の様な喘ぎ声は2人がこの階に降り立った時と同等の音量で今も続いている。驚くべきテンションの高さとタフネスさだ。


「どうしますか?このまま中に入りますか?」

「いや、単純突撃はマズい。さっきも言った通り、男か女のどちらか…若しくはその両方が薬物を使用している恐れがある。」

「という事は?」

「銃を構えて牽制しながら突入する。」


 辺見の指示は妙に冷静だった。つい先程我を忘れて銃口を同僚に向けた人間とは思えない。


(くそダセぇなあ。いいじゃねぇか、童貞イジりくれぇよぉ……)

「…………おい!」


 辺見は突然、根尾の思考を見透かしたかの様にその肩に手を置き、グッと力を込めた。

 思わず根尾は死を覚悟し、軽く失禁した。


「男女1人づつの計2人なら、錯乱して暴れられても俺ら2人で速やかに制圧できるだろう。スリー、ツー、ワンで一斉突入する。」

(……な、何だよ!殺されるわけじゃねぇのかよ!)


 先走り汁によるブリーフのシミが小便で更に大きくなる感触を股間に感じつつ、根尾はひとまず安堵した。


「おい!聞いてんのか?銃を取れ!」

「えっ、あっ、はい!」

「お前、注意力が散漫だぞ!しっかりしろ!」


 根尾がこうなったのはひとえに辺見のせいであるのだが。


「で、でも……凶器を持ってる可能性は?応援を呼んだ方がいいのでは?」

「馬鹿野郎!」


 辺見は小声で、それでいてしっかり怒りと苛立ちが伝わる声色で根尾を一喝した。


「ハダカの女がいるってんならちょっと制圧に時間をかけて、女を隅から隅まで眺めた方がイイに決まってんだろうが!」

「…………え?」


 根尾は言葉に詰まった。が、辺見は闊達に尚も続ける。


「銃使って脅せってのも相手の動きを止めてハダカで居させる時間を引き延ばす為だ!それを大人数ですぐさま取り押さえてどうするんだクソボケが、よく考えろ!」

「す、すいません!」

(おい辺見………マジか、コイツ……!?)


 根尾とて自分の事を決して善良な人間とは思っていない。

 が、辺見がそれ以上に異常で、少なくともケーサツ官の風上にも置けない奴である事は間違いなかった。しかしここで反論なぞしようものなら次は本当に安全装置の外れた拳銃で頭をぶち抜かれかねない。

 従うしかない。


(今キャンキャン声を上げてプレイに興じている男女のどっちかが手練れだったり武器を持ってたりしたら、しっかりとコイツを盾にして立ち回ろう。売春クラブで殉職は流石にちょっとなぁ。)


 根尾は辺見と自分の位置関係を確認し、室内に突入後相手が襲って来た時に素早く辺見の背後に回れる様に脳内でシミュレートをはじめた。


「よし、行くぞ。ドアを開けたら俺が先行する。準備はいいな?」

「はい。いつでも。」


 辺見は店長から取り上げた鍵でドアを解錠した。本人は慎重にやったつもりだったが、「ガチャリ」と意外と大きな解錠音が鳴った。


「あっ」

(あっ、じゃねぇよ童貞バカが!)


 根尾は顔をしかめて心の中で舌打ちをした。


「…いけね。よし、もう行っちゃおう!」

「………え?」

「GO!」


 辺見は自分の失態を誤魔化すかの様に、乱暴にドアを蹴り開けて素早く部屋の中に入っていった。さっきの解錠音の数十倍デカい音が鳴り響き、中にいるアヘアヘカップルの声がピタリと止んだ。


「ちょっ………!待っ………!」


軽やかに突入していった童貞バカ辺見とは裏腹、『スリー、ツー、ワン』のカウントダウンを待っていた根尾はしっかりと出遅れ、慌てて辺見の後を追った。


 中では浅黒い肌の女に貧相な体格ながらしっかり腹は出ている中年のオッサンが馬乗りになりながら腰を振っていた。女は幼児体型ではあったが肌のカサ付きや髪の潤いのなさからして30才程と思われ、またプレイ中殴られ続けていたらしく顔が無惨に腫れあがっていた。


「たっ……タシュ………け……れ……!」


 辺見は助けを請う女の手を手加減なくつま先で蹴り付けた。女は酒とタバコで潰れたガラガラ声で悲痛な叫びを上げた。本来先輩の暴挙を止めるべき立場の根尾は、ただただ言葉を失いその場に立ち尽くした。


「てめえは被害者や人質じゃねぇ、操作対象だ!薄気味悪くしなだれかかってくるんじゃねえ、気持ち悪い!」


 辺見は異様な剣幕で女を怒鳴りつけた。

 明らかに先程の童貞イジりで気が立っていた上に期待していた女がヌケないブスであったが故の八つ当たりであった。

 根尾は「仕事以外のプライベートでコイツと関わり合いになるのは金輪際やめよう」と決心した。


 男の方はというと踏み込まれるなり泣きそうな顔でフルチンのまま逃げ出そうとして取り押さえられ、倒れ込みざま豪快に失禁&脱糞した。

 プレイの最後に女の顔にぶっかけてやろうと「溜めていた」のが仇になったらしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る