2ー2 違法売春クラブを殲滅せよ

 CLUBハニーに捜査が入ったきっかけは、とある大物政治家が入会を申し込むも過去に複数の風俗店でトラブルを起こし出禁になっているとして審査で落とされた事による逆恨みだった。


 政治家サマはその憤怒と劣情に任せて地元警察署の生活安全課にCLUBハニーの摘発を直々に指示し、「アソコは他のセンセイも出入りしているから手を出すのはまずいですよ!」という側近の忠告にも耳を貸さず「徹底的にやれ!潰せえええ!」と口から泡を飛ばした。


   ◆


 差し向けられた老若合わせて6人の捜査員達はどいつもこいつも浮かれ気分で、現場へ向かうパトカー車内の雰囲気はさながら小学校の遠足の往路のバスの様相だった。これから敵地に向かうのだという緊張感と厳粛さは微塵もなかった。

 この下っ端共も今日の摘発対象の売春クラブがデカいバックが居る取り扱い注意店舗である事くらいは知っている。故に今日のガサ入れも事前に店に一報を入れたのち、店主に「失礼しまーす、ちょっと中見せて貰いまーす」などと朗らかに挨拶をしてから幾つかの部屋をいい加減に見て周り、「問題ありませーん、お疲れ様でしたあ」などと言いながら店のクーポン券を貰って終わらせる様な形式的な物になる筈だった。現に、これ迄のCLUBハニーへのガサ入れはいつもこんな感じだったのだ。


 だが、どういう訳か今回のお達しは「長らく放置されて来た当警察署管轄内の違法行為の温床をこの機会に徹底的に排除する事となった!こたびの捜査はその嚆矢こうしである故、警察の威信と沽券をかけて全力であたられたし!サーチアンドデストロイ!」というやたら温度感の高い内容だった。下っ端共もすぐさま、どうやら裏で面倒事が起きたらしい事を察した。


 みかじめ料の額で揉めたのか。

 お偉さんが店で愛想の悪いデブスを充てがわれて激怒したか。

 警察と店のバックの反社との懇親会でチンピラが安い酒で悪酔いしてお偉さんに小便でも引っ掛けたか。


 まぁ、どうでもいい事であった。

 巨悪とは案外こんな些細なきっかけで滅びたりもするのである。

 

 取り敢えず後先考えず完全に殲滅せよ、と言う命令は実に分かりやすくていい。つまり、多少の手荒な手段は各個の判断の下OKという事だ。

 店員や客が少しでも生意気な態度を取れば公務執行妨害だと因縁を付けてぶん殴りゃイイし、お愉しみの最中であればオンナのハダカが見られる可能性も高い。今日、皆がやけに明るいのはそういった理由である。


 暴力衝動と性欲の両方を仕事にかこつけて解消できる警察官とは、なんと素晴らしく気楽な仕事である事か…成り行きで警察官になっただけで実はどいつもこいつも全く育ちは良くない6人の捜査官達は、公僕の特権のありがたみを噛み締めた。


   ◇


「みなさん!突入する時、アレやりません?」


 6人の中で一番若い根尾(24才)はゴリラの様な体躯を軽やかに揺らしながら、他の5人に遠足の道中のバスで友達をトランプ遊びに誘う子供の様なテンションで他の5人にある提案をした。


「アレ?アレって何だ?」


 二番目に若く根尾と同程度にはゴリラ感の強い辺見(25才)は捜査資料の中にあった在籍風俗嬢のプロフィール写真を吟味しながら曖昧に返事をした。

 恐らくこのうちの誰かが、これから向かう現場にいる筈だ。ならば、先に顔やパーソナルデータを頭に入れておけばいざ会った時に興奮度が増す。今晩のオナニーが捗る。


「こないだテレビで見て、やってみたくなった事があって。」


 根尾の提案に他の5人はニヤつきながらうなずいた。


 そして、そのきっかり10分後。


「オラァ警察じゃ、大人しくしろゴミ共がぁぁぁ!」

「オラ店長出て来い、○○署じゃ!どいつもこいつも頭ん後ろに手ェ回さんかい!妙な真似したら頭ブチ抜くぞカスがァァ!」


 CLUBハニーが居を構える雑居ビルに突入した6人の下っ端捜査員は、建物内にいる人間を無差別に、そして明らかに過剰に威圧しながら二階の店舗に押し入った。

 途中、同じビルの別のオフィスで働くCLUBハニーとは何の関係もない善良なサラリーマンが捜査員の一人に意味もなくぶん殴られた。サラリーマンが抗議すると、捜査員は「紛らわしい事すんじゃねえ!」と言ってもう一発殴った。


 平日の昼間ゆえか店内は閑散としていて、待合室に客はおらずカウンターは無人であった。せっかく意気込んで威圧感たっぷりに突入したのにビビってくれる人間が誰もいないと言う侘しさが、捜査員達のテンション=八つ当たりパワーをより高めた。


「店長出て来いゴラぁぁ!」

「はよう出て来い言うとんじゃおうワレェェェェ!」


 怒号の中にちょくちょく関西弁が混じる様になった。ちなみに、6人の中に関西出身の奴は1人もいない。ただのノリである。

 慌ただしい闖入ちんにゅう者達の怒声を聞き付け、店長らしき中年男性が出て来た。ヨレヨレのワイシャツにノーネクタイであるところを見ると休憩中であったらしい。


「わ、私が店長ですが……何か………?」


 店長の表情には『話が違うじゃないか』という大きな戸惑いと僅かな抗議が表れている。


「あの……事前にご連絡頂いてましたでしょうか……?」

「んなモンあるわきゃねぇだろうが能無しがァァァ!」


 最年長の猛烈に口が臭い捜査員がカウンターを蹴りつけながらがなった。カウンターの塗装が剥がれ、つま先大ほどの擦過跡が出来た。


「今、客はいねぇのか!?おお!?」

「303号室と402号室にに……お一方づついらっしゃいます……」

「303号室ってな何処だコラァ!」

「えっと……3階です……」

「んな事は言わんでも分かるわボケェェェェ!」


 口臭リーダーはタバコとニンニクと歯槽膿漏による腐臭が入り混じった吐息を振り撒きながら店長の胸ぐらを掴んだ。店長は本来街の治安を守る為にいるはずのオマワリ達を、今や狂人を見る目で仰ぎながら怯えている。


「まずは303号室か………よし。根尾!辺見!お前らゴリラ2匹で確認して来い!」

「へいっ!」


 根尾と辺見も毒気に当てられ、妙な江戸弁で返事をした。

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