1-4 芸名

 後日改めて達川と会い、雑談も程々に夕方からホテルに直行して3回のファックをこなしたとし子は、全裸の達川から大学ノートの様な冊子を渡された。


 表紙には【魔法少女キューティ☆フレイル】と書いてある。どうやらアニメの台本らしい。

 キャストの名前の一覧……香盤表こうばんひょうを一瞥したとし子は、目を見開いて息を呑んだ。


◆フレイル:安沢とし子◆


 自分の名前がトップに記されていたからだ。


「主役……ですか?」

「そうだ。収録は1週間後、放送開始は3ヶ月後だ。心構えを作っておけ。」


 他のキャストの名前が活字で印刷されているのにとし子の名前だけが手書きで書かれている。つまり他の配役は予め決まっていて、自分だけが急決まりだったのだ。


「他に資料とかは?」

「あ?いらねえだろうよ」

「あの…役作りとかは………」

「あーあー、そういうのいいから。」


 達川は如何にも煩わしそうに吐き捨てた。


「誰もそんなトコまで見ちゃいねぇよ。どうせオタク共なんぞ、若い女がキャッキャキャッキャはしゃいでりゃそんだけで鼻の下を伸ばして金を落としやがるモンなんだ。」

「でも……」

「大体よ、変に役者風吹かせたり妙な拘りを持ってる奴なんてのは、大概使いモンになんねえんだよ。そういう奴が現場に居るとアンサンブルが乱れるし空気も悪くなる。百害あって一利なしだ。」


 達川の喋りが急に謎の熱を帯びた。


「そうやって散々周りに迷惑をかけた奴に限って『創作は闘争だ!』みたいな寝惚けた事を抜かしてカリスマ気取りで業界に居座って、面倒くさい電波を放出し続けやがるんだよ、バカが。くたばりゃいいんだ、そんな奴。」


 とし子は呆気に取られながら台本に目を戻した。すると達川がカバンの中を乱雑に漁ってまた一冊の本を取り出し、とし子に投げてよこした。


「収録が始まるまでに芸名を考えておけ。」


 こちらは大判で平刷りの雑誌だった。厚みは薄いがサイズ感の割に少々重い。紙の材質がいいのだろうか。


「声優キングダム……?」

「声優の専門誌だ。そいつに載ってる声優と同じ様な雰囲気の芸名を考えるんだ。どうもお前の名前はオタク受けしそうにねえからな。」


 ページを開くと、顔面のレベルで言えば中の上〜中の中位の……中野や下北沢であくせく演劇をやっていそうな、或いは絶対に売れそうにないバンドマンにヒモとして寄生されていそうな女が、撮影に不慣れな様子でぎこちなく微笑みつつ写っている。


「どう思う?」

「どう………って?」

「写ってるヤツらのルックスだよ。」


 とし子は返答に困って口籠った。

 ルックスのレベルはメイキャッパーが匙を投げたのであろうレベルの奴が数人いるが、平均で見れば決して悪くはない。ただし、どいつもこいつもおしなべて幸薄げで透明感や清潔感とは明らかに別質の貧乏臭さやB級感を漂わせていて、とし子がたまに立ち読みするファッション誌のモデルなどとは明らかに毛色が違う。


「どいつもこいつもモデルやアイドルやらと比べると一様にイモっぽいだろ。何でか分かるか?」

「えーと……スタッフのセンスとか技量もそうだけど、写ってる連中のポテンシャルがそもそも……じゃない?『普段は人前になんか出ないんだからそんな頑張らなくてもいいでしょ』みたいな雰囲気も感じるし」


 達川は目線を上に向けながら意地の悪い薄笑いを浮かべ「いいセン行ってるが、違うな」と応えた。右手で萎びたポコチンをしごき、4回目のファックに備える。


「それもあるが、その答えじゃ30点だ。」

「30点?」

「正解は『敢えてこうしている』んだよ。」

「わざとって事?」

「そうだ。コイツらが常日頃カモにしているオタク達は、余り煌びやかな女に対しては腰が引けちまうんだよ。何ならその手の女達に、自分達を虐げて相手にしてこなかったキラキラ女達と同じ空気を嗅ぎ取って拒絶や憎悪、何なら畏怖に近い感情さえ抱いていたりする。」

「そんじょそこらを歩いてそうな女が好かれるって事?」

「正確には『テメーらの興を削がず、あくまでアニメの裏方以上に出しゃばらない慎ましげな空気を纏った女』だな。だからこういうオタク共の好みにチューニングを合わせていくと、よくあるタレントやら文化人なんぞとはまた違う風体の、ちょっと特殊な属性のタレントが出来上がるのさ。」

「そうだね。清純派女優とも、イモっぽさを売りにするアイドルともちょっと違うよね。」

「そのイビツさがいいんだろうよ。……….よーし、酒が抜けて復活して来た。ケツこっち向けろ、とし子!」


 「オタク」という好かれたくも慕われたくも惚れられたくもない連中の好みを汲み、自分の感性をそこに寄せていけというのは中々の難題であった。

 とし子は達川の粗く繊細さに欠けるピストンを能面の様な表情で受け流しながら、この不毛で退屈な「可愛い芸名大喜利」の模範解答を導き出すべく頭を捻った。


 そして、翌朝。

「苗字が可愛い」という理由だけで男子からはチヤホヤされ、女子からはいじめられていた小学生の頃の同級生の苗字と、出生時「とし子」と並ぶもう一つの名前の候補だった名前を組み合わせた【雛沢ももえ】という名前を、ホテルからチェックアウトする前に達川に伝えた。


「……えらく甘ったるい名前を付けるんだな。」


 苦笑した達川は更に「余り甘ったるい名前を付けると年いってからがキツくなるぞ」と珍しくまともな提案をしようとしたが、いつも通りの二日酔いで頭が回らず口に出すのが億劫になったのでやめた。

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