1-5 新人声優・怒涛の日々

 「魔法少女キューティ☆フレイル」は突然訪れた世界の崩壊の危機に立ち向かうフレイル・エペ・サーブルの3人の魔法少女と、崩壊を防ぐキーになる少女・ナナミが織りなす愛と勇気と友情の物語である。


 全13話に凝縮された濃厚なストーリー(達川監督がお気に入りの映画やアニメや漫画の設定や場面をオマージュと称したパクリで切り貼りした物)や当時のテレビアニメの水準の中では破格の美麗なビジュアル(達川監督がアニメーター達を低賃金で使い叩き過労死寸前にまで追い込んで実現させた物)など、ダイナミズムとフェチシズムを融合させたケレン味のある作風が特徴の達川監督の集大成的作品だ。


 魔法少女3人の名前はフェンシングの競技名「フルーレ」「エペ」「サーブル」が由来なのだが、とし子が演じるキャラの名前が「フルーレ」ではなく「フレイル」になっているのは、早朝の企画会議に二日酔いで出て来て機嫌が悪かった達川に、名前の間違いを指摘した下っ端サブ作家が殴られて顎の骨を叩き折られた上に降板させられるという事件があり、結局修正されないままになった為だ。

 当然下っ端は治療費の補償などして貰えず「お前ら全員地獄に堕ちろ!」と捨て台詞を吐いて労働基準監督署に駆け込んだが、同僚の巨乳女へのストーカー行為がバレて訴訟をチラつかされその対応の事で頭がいっぱいだった男性職員に「好きな事やって金貰おうって魂胆が甘ったれてんだよ!リスキーな生き方には責任が伴うんだバーカ!」と罵倒され追い出された。


「何で俺だけがこんな目に遭うんだ……!」


 十分な治療を受けられず大きく歪んでしまった顎に手を当てながら、下っ端は社会の厳しさと都会の冷たさに泣き濡れた。


   ◆


 新人声優・雛沢ももえの怒涛の日々が始まった。

 不慣れなアフレコ現場の流儀やマイク前での立ち回り、面倒臭い先輩のいなし方などを必死に覚えつつ、自分に与えられた魔法少女・フレイルという役柄ととし子なりに真剣に向き合った。

 年齢の近い共演者達は皆粛々と仕事をこなし、収録が終わるとサッサと帰路に就いてしまう為、友達になれそうな空気にはならなかった。アニメの現場とはそういう物なのかとし子がポッと出だからと舐められているのかはよく分からなかった。

 ただ、何処までもイモ臭く芸能人的な華は皆無で、そのくせやたらと役者風を吹かせたがる声優という連中の中に、自ら進んで友達になりたいと思える人間は居なかった。


 そんな中、フレイルが守護する少女・ナナミを演じる【浅川奈央】はまだ16才ととし子より更に若く、他の声優共を取り巻いていた「サブカルの住人独特の瘴気」に染まっていなかった。且つ、この絶妙な年齢差も「こいつは多分私の邪魔にはならないだろう」という安心感をとし子にもたらした。何ならお互いこの作品がデビュー作という共通点もあり、収録が終盤に差し掛かった頃には奇妙な連帯感と友情さえ生まれていた。


 またこの時期にとし子は達川の口利きで、新しく出来た「ボルケーノ」という声優事務所の所属声優になった。

 入所歓迎会では入社してまだ日が浅いマサヤという新入社員が「これから僕はももえさんを推していきます!いずれは事務所の看板になって貰いますから、今の内から心構えを作っておいて下さいね!」と嬉しい事を言ってくれた。

 大手事務所に入れなかったのは不満だったが「こういう事務所でお山の大将をやるのも悪くないぜ」という達川の説得に、取り敢えず首を縦に振った。


 アニメ雑誌からの取材も初めての経験だった。

 全身から「社会にギリギリ適応しているが、いつリビドーが爆発するか分からない」というねちっこい童貞オタクオーラを放ちながら辿々しく喋るライター共の雰囲気に感じる生理的嫌悪感を噛み殺せる様になる迄には少し苦労したが、一ヶ月もすると脳内でそいつの側頭部に電動ドリルを突き立てて「あばばばば、すいま千円、ごめんなさ一万円んんばばばばば」と言わせる想像をしながらインタビューに答えるなどという芸当も出来る様になった。

 中には達川がどういう人間かを知っていて「達川監督とはどういった御関係で?」「達川さんとはどちらでお知り合いに?」「達川と寝たんか?」「達川と何回ヤったんや?」「達川のチンコしゃぶったんか?達川のチンコでもうアナル迄開発済みなんか?」という目線を遠慮なく向けてくるライターもいた。そういう連中には終始不機嫌に応対し、後で達川に告げ口して圧力をかけさせた。


 その後の達川の尋問と恫喝と暴力は中々堂に入った物だった。

 まず事務所にスケベライターを呼び出して土下座させ、常軌を逸した罵詈雑言と人格否定を浴びせて徹底的に心根を折りにかかる。

 顔を上げて反論や謝罪の弁を口にしようとしたらつま先で鼻っ柱を蹴飛ばし、倒れ込んだ所で今度は側頭部を思い切り蹴り上げる。

 大概の奴はここで意識が飛ぶので、もう一回死なない程度に後頭部を踏みつけたのち髪を掴んで強引に立たせ、二度とナメた口が聞けない様に言って聞かせ、やっと解放して貰える…と油断させた次の瞬間口元に拳を叩き込んで前歯を2〜3本程叩き折る。これで「達川式人格矯正プログラム」は完了だ。

 逃げ帰ったライター共が上司や編集長にチクりやがる事もあるが、奴らには高い酒を奢ったり女を抱かせたりといった根回しをしてあるし、そもそも連中は末端のライターの人権なんぞミジンコの足かミドリムシの繊毛程度の物としか感じていないので「そりゃお前が悪いよバカ」の一言で終わるのである。

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