第3話 婚約者はご歓談中
『ミッドナイトでイエー』
『これが私の変化の魔術の成果ですっ』
『やっべー、誰か不死鳥に変化しているやついるぜ』
すでに薄暗くライトアップされた巨大な空間に何百人もの生徒たちが思い思いの姿で存在している。
喋っているもの、立食用テーブルで食事をしているもの、ソファーで飲んでいるもの、余興ステージでオーケストラの演奏を聴いているもの、薄暗闇の中でいちゃついているものたちとかなりカオスな空間だ。
そんな中少し離れたところで、アンナは取り巻きの女の子たちと会話しているようだ。
どうやらアンナのお友だちは魔術で幻想的な姿へと変わることでこの魔術舞踏会で魔術の腕前……いや、この場合は存在感をアピールでもしたいのだろう。
際どいセイレーンの姿に化けている子、扇情的に胸元や太ももがチラチラと見える九尾のキツネに化けている子など、アンナのように身分の高い公爵家のご令嬢たちだろう。
そんなことを考えていると、一羽の巨大なフクロウがパタパタと飛んできた。飾りとして置かれている観賞用の小さな木に止まった。
「よっ!親友!楽しんでいるか」
「まさか……その声は、サーバスなのか?」
「どうよ、この変化の魔術?我ながら上手くできているだろ?」
「ああ、さすが生徒会長さまだよ」
先ほどオレに対して変装が不完全だとダメ出ししただけはあるようだ。
サーバス・スバスティン。
現生徒会長……いや、正確には今期の生徒会長だったが、卒業するためすでに『元生徒会長』と言った方が正しいのかもしれない。
学院で最も人望の厚い者だけが他薦で選ばれる生徒会長。
そこで選ばれたのが、サーバス・スバスティンという男だ。
なぜか下級貴族のオレのことを親友だなんて言って、絡んでくるかなり変わり者の隣国スバスティン王国から留学している王子さまだ。
「それで、アンナちゃんとは一緒じゃないみたいだな」
「まあな。アンナだったら他のご令嬢たちとご歓談中のようだよ」
「はあ……一応、この魔術舞踏会の場は、身分を隠して楽しむものなんだけどな」
微かにフクロウの表情は落胆したように眉が下がった気がした。
どうやらこのお人好しな王子様のことだ。
きっとこの魔術舞踏会の趣旨は学院を卒業する前の最後の機会として身分制の根強いこのオーダニア王国の内情をなんとかしたいと思ってわざわざ変化の魔術を必ず使用することとしたのだろう。
身分制の垣根を超えて交流してほしい。
そんな裏テーマでも引っ提げて、わざわざ魔術舞踏会を開催していることくらいはこのお人好しな王子さまは考えていそうだ。
「ところで、噂では12時過ぎたら変幻の魔術の効力が切れるってのはほんとか?」
「お?なんだなんだ、さすがに宮廷魔術師として就職するからにはその原理が気になるってか?」
「まあな……」
「ああ、あれだっ!もしかしてアンナちゃんに隠れてワンナイトラブでもしたくて計算しているんだろっ!」
このこのーとフクロウ姿でも呑気な声をあげた。
くっそ、面倒なやつだ。
単に魔術的にこんなにも巨大な空間内にいる何百人もの生徒の魔術をキャンセルするような原理を知りたかっただけなのに、アンナに聞かれたらたまったもんじゃない。
流石にここにきて婚約破棄はごめんだぞ。
卒業した後では宮廷魔術師としての執務で忙しくて出合いどころじゃないらしいから、ここでハルミントン家の財政問題をクリアしておかなければマジで妹たちの進学……将来が閉ざされてしまうことになる。
「っち、誤解を招くような言い方はやめてくれ」
「ハハハ、すまんすまん」
「それよりも生徒会長さまはこんなところで油を売っていていいのかよ?」
「ああそうだった!どうせアンナちゃんだって貴族のしがらみで挨拶しているところだろうから、親友よ、暇だろ?」
「暇といえば暇だけど」
「よし!だったら、そんな親友に見回り役を授けよう!」
「……別にいいけど」
「さすが親友!それじゃ、ほら」
そう言って、フクロウは魔術を使った。
空中に『生徒会見回り隊員』と書かれたくそダサいタスキがポンと現れた。
ひらひらと舞うように俺の前に落ちてきた。
「このダサいタスキをかけるのか?」
「ダサいはひどいだろっ!?てか、それくらいわかりやすいタスキでもないと、こんなお祭り騒ぎの中じゃ誰も気がついてくれないだろ?」
「はあ……わかった」
「それと、いちゃついているくらいであれば問題ないが、流石におっぱじめている奴らがいたら容赦無く摘み出してくれていいからな」
「了解。とりあえず公序良俗に反するような行為をしてそうだったら職質かけるよ」
「おう、そこら辺は任せるよ!もしもなんかあれば魔術で小さな緑の花火を打ち上げてくれ!」
そう言ってフクロウはパタパタと羽ばたいて行ってしまった。
まったく相変わらずお人好しというかなんというか。
きっとオレが一人でいるのを見かけて、わざわざ仕事を押し付けるようなふりをして他の生徒たちと最後の時間を過ごすように促したのだろう。
ほんと隣国の王子としての身分を隠してこんなことしているんだから、マジでお人好しもいいところだ。
オレはダサいタスキを肩から下げて、会場のホール内を巡回し始めた。
まあその前にアンナに一言断っておかないとな。
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