第4話 とある公爵令嬢の告白

 私には婚約者がいる。

 最愛の人―― シュウ・ハルミントン。


 今は少し離れたところでお揃いのラビットモンスターの仮面をかぶってこちらの様子を伺っている。先ほどからチラチラと私の方を見ている視線を感じた。


 そんなことは私だけではなく、この場にいる他の人たちも気がついていたようだ。


 セイレーンの姿をしたミーシャが言った。


「それで、アンナちゃんは卒業後はすぐに籍を入れるんでしょ?」

「ええ、そうね」

「アンナちゃんが彼を選ぶとは思わなかったー」

 

 九尾の姿へと化けているヤミはいつものように眠たげな声で言った。


 ヤミとは幼いことから親友。

 だからこそ……なおさら私がシュウを選んだことを意外に感じているのかもしれない。


「そんなに以外かしら?」

「えーだってー、彼はただの貧乏貴族だよー?」

「それに対してアンナは公爵家、全然立場が異なるじゃん。よくお父様がお許しになったよね?」

「そこはほら……あれよ。頑張って説得したのよ」


 オーダニア王国では玉の輿はあっても、逆玉の輿は滅多にない。

 だから頭の硬いお父様は当初、私とシュウとの恋愛関係を認めてくれなかった。


 でも、脅し……いえ、少し前の不正の件を王宮騎士団に告発されたくなければ、私たちの関係を認めさせるように少し遠回しにお願いをした。


 その結果、すぐにお許しをもらえた。


 それにシュウは学年でもトップレベルの秀才だ。

 魔術に関しては学年トップだ。


 それに対して剣士としての才能はないようだけど、そんなことどうだっていいほどにそれ以外ハイスペックだった。


 特に王宮魔術師としては前途有望だし……。


 だから、結局のところお父様が納得するのは時間の問題だったかもしれないけど。


 ミーシャはどこか納得のいっていないような声で言った。


「ふーん、まあ、身持ちの固かったアンナが選んだ相手なんだから、きっとシュウくんも素敵なんだろうけどさ」

「ふふ、当たり前でしょ。私に相応しいのはシュウしかいないわよ」

「うわー、幼馴染として長い付き合いだけどー。そんなに男の子に入れ込んでいるアンナちゃんは信じられないー」

「流石にそれは大げさよ、ヤミ」

「まあ、ヤミちゃんが言っていることも一理あるよね。だって魔術学院一、二を争う美貌の持ち主であるアンナの選んだ男の子が冴えない貧乏貴族の秀才くんなんだしさ」

「……そうかもね」


 この二人はシュウのことを全然わかっていない。

 シュウのうちに秘めた強い輝き。


 あの真っ白な輝きを感じたことがないんだから、それは当然なのかもしれないけど。


 まあそれに、この二人と同じように、仮にお父様も私たちの関係を認めてくれなかったら、最終的に既成事実を作ってしまうこともできた。


 まあだけど……それはほんとに最後の選択肢だった。


 流石に公爵家としての矜持もあるしね。


 それに子どもは籍を入れてからでいい。

 それまでは二人だけの生活……時間を楽しむんだから。


 いつもは照れくさくて素直になれないけれど、学院を卒業をしてからはもっと甘えるんだからね。


 そんなことを考えていると、いつの間にかシュウの近くにフクロウがいた。


 どうやら二人は楽しくおしゃべりに興じているようだ。


 女かしら……?


「ふん、私に見せつけているのかしらね」

「え……アンナちゃん?」

「いえ、なんでもないわよ、ミーシャ」

「そ、そう」


 ……今日くらいは独身生活最後のパーティで、はめを外しても許してあげる。


 一度だけならば、今日だけ、数時間だけならばいい。


 でも、本気になったら許さない。


 まあ……シュウと私との関係はすでに学院に広めているし、どこぞの女狐がぽっと現れてシュウを誘惑するなんてバカなことするはずないけれど。


 流石に公爵家である私のものに手を出したらタダじゃおかないからね。


 それに今日はわざわざお揃いのラビットモンスターの仮面をつけている。

 

 流石に夫婦の仮面としての意味合いを持つラビットモンスターの仮面をかぶっている人様の旦那に手を出す発情した女なんてこの魔術学院の生徒にはいないだろう。


 だから私はシュウがいつの間にか生徒会の見回り役の印であるタスキかけて、こちらへと歩いて来た時は驚いた。


「ごめん、生徒会長に見回りを頼まれたから少しパーティ会場周辺を見てくるよ」

「はあ、わかったわ。あとで埋めわせしなさいよね」

「もちろん」

「……行ってらっしゃい」

「ああ」

 

 そう言ってトボトボと背中を向けて行ってしまった。


「へえーさっすが夫婦ー」

「な、何よ、ヤミ。急にどうしたのよ?」

「だってねー」とヤミはニヤニヤと笑みを浮かべて、ミーシャもまた揶揄うように「てか、熟年夫婦って感じ?」と言った。

「もう、二人とも大げさ。それにまだ私たち結婚していないんだから……」

 

 抗議の声を上げたけど、やっぱり二人をさらに調子付かせるだけだった。


 それから私たちはナンパを適当にあしらって最後の学院生活を満喫した。

 

 シュウの姿が見えなくなってからまだそんなに経ってない。


 でもはやくシュウに会いたい、そう思った。

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