41、花萎む家①
わけが分からず千穂を見上げていると、僕の口が勝手に動く。
「サクヤがここに居て、そなたは我と望月健太を閉じ込めた。サクヤの子孫よ、よもやそなたが目指しているのは、あの男が為せなかったことの再現ではあるまいな」
ここにコノハナサクヤビメがいるというのはベッドの上にいる女性のことなのだろう。では再現、とはどういうことか。混乱する頭で考えていると、千穂は笑みを深くした。
「さすが神さまですね。仰る通りです。わたしが解除したいのは、わが一族の女性に伝わる短命の呪いのみ。しかし、コノハナサクヤビメに好かれとり憑かれている以上、かの神がもつ特徴を色濃く受け継いでしまうことはやむを得ません。我が家の女たちは、数日咲いたらすぐ萎んでしまう花のように、短い命を生きるしかない。でも呪いを解除できるであろう唯一の存在があなたです」
千穂は僕のことを指差した。神さまに対して不敬ではないかと思うが、身体は僕のままだから画的にはおかしくないのだろう。むしろ和装で堂々と上に立つ千穂のほうが、神々しささえ感じさせる。
「ニニギノミコトがもし、コノハナサクヤビメとイワナガヒメを同時に娶っていたら、二柱の特長をいずれも受け継ぐことができたはずだった。しかしニニギノミコトの立場を用意するだけでは、得をするのは彼の子孫だけで、わたしたちには恩恵がありません」
「さすれば我とサクヤを各々の身に宿した男女を交わらせれば、生まれる子は長命になる。そう考えたということか」
「おっしゃるとおりです」
「愚かなことを」
イワナガヒメは部屋の隅に唾を吐きかけた。汚い真似を千穂の家でしてほしくなかったが、僕のほうから身体の支配権を奪い返すことはできないので、どうしようもない。
「我とサクヤ、同時に娶るからこそかの男は両方の長所を貰うことができた。だが我とサクヤが交われば、片方の特徴が強く現れるであろう。サクヤの短命と美貌、我の長命と醜さ。どちらを受け継ぐかは運よの。そなたらを見るかぎり、サクヤの影響は広範囲に及ぶようじゃ。サクヤの血が色濃く出る可能性のほうが高いのではないかの?」
「それでも、見込みが0%よりはずっといいです。美穂も自分が生きられないことは諦めたうえで、自分の子らが長生きできる望みがあるならそれに賭けたいと言っていました」
「美穂というのは、ここにいる娘のことかの? サクヤを身体に宿しておる」
僕の身体を振り向かせ、イワナガヒメはベッドの上にいる美人を顎でしゃくる。目が合った彼女はおっとりとしたしぐさで頷いた。
「そこにいる美穂はわたしの双子の妹です。同い年ですから、もう寿命は五年あるかないかです。亡くなる前に子を産み、短命の呪いから解放された子孫を世に送りたい。それがわたしたちきょうだいの願いです」
「千穂はっ? 千穂はそれでいいの? だってそれじゃあ、千穂は短命から逃れられない」
僕の心からの叫びは、声に出すことに成功した。イワナガヒメと千穂だけで話を進められたのではたまらない。僕が助けたかったのは千穂であって、目の前の美穂とかいう名前の美女じゃない。しかし彼女は僕を一蹴するかのように鋭い視線を向けてくる。
「わたしはいいんだ。そもそもわたしは短命の宿命を受けていない。男だからね」
「お、とこ?」
おうむ返しに復唱する僕に、脳裏でイワナガヒメが問いかける。
『気づいていなかったのか? 千穂と名乗るサクヤの子孫が男だったと』
『知り、ませんでした。というかイワナガヒメさんは、知っていたのですか』
『知っているも何も、見ればわかるじゃろう。それとも人間は、サクヤの子らの美貌に惑わされて気づかぬものなのかの』
膝の力が抜けて、その場に崩れ落ちる。千穂が短命の定めから逃れたいと言っていたから、僕はいままで色々なことに挑戦してきている。イワナガヒメを自分の身体に招き、他人から誹りを受けても耐えてきた。それが全部、無意味だったというのだろうか。彼女はいつも通りの声のトーンで――申告されても、到底男だとは思えない――言葉を続ける。
「健太くんには本当に感謝しているんだよ。わたしたちの計画を実行するには、咲耶家の血を引いていない第三者が必要だった。しかもイワナガヒメが好むような、実直で醜くて、できればわたしたちとあまり年が離れていない人間がね。健太くんはちょうどよく、現れてくれたんだ。わたしの誘導に忠実に従ってくれたおかげで、今日を迎えられた」
「馬鹿にするでない」
再び僕の口の支配権は、イワナガヒメに奪われてしまった。声自体は僕のものだが、低音で凄んでいるからか、僕には到底出せないような恐ろしさがあった。
「我も見くびられたものよ。哀れな望月健太がそなたに利用され、我が同情し取りついたのは事実。しかし神は自由なもの。我がその気になれば望月健太の身体から抜けることは容易じゃ。さすればそなたの本願は果たされぬ」
「いいえ。それはさせません」
千穂は再び薄く笑う。手には、いつの間にかお札が握られていた。
「この離れには、神が人の身体から離脱できないような呪いをかけています。呪いをかけられるのが神だけだとお思いですか? 人間だって、想いが強ければそれは呪いになるんですよ」
「ぐっ、舐めた真似をしおって」
僕の身体の内側から押されるような圧を一瞬感じたが、イワナガヒメが舌打ちすると同時になくなった。どうやらイワナガヒメが身体の外へと出ようとして失敗したらしい。
「ならば多少望月健太に無理はさせるが、この地下室から脱出するまで」
「それもさせませんよ」
千穂は地下室の出口の四角い窓に対角線を引くように、手で十字をつくる。
「あなたたちは一度地下室に入ったら、わたしが結界を解くまで二度と出られないようになっています。縄梯子は回収しましたし、仮に梯子がかかっていても無駄ですよ。あなたたちは、二度と外の土を踏むことはない」
「そなたがしていることは、先祖たるサクヤと我という二柱を不自由にする行為。いかに罰当たりなことか、理解しておるのか」
「ええ、もちろん」
低い声で肯定する千穂は、やはり妖艶な美女にしか見えない。僕の目が節穴なのだろうか。否、彼女の美貌は性別を超えている。だから初対面のとき、天女さまみたいだと思ったのだった。
「どんな手を使ってでも、どれだけわたしの手を汚すことになったとしても、長命の子孫を残してみせる。それがわたしと美穂で決めたこと。だからわたしたちは、誰に何を言われようとも、子孫の長命化を成し遂げます」
「話にならぬな。我はまだよい。永い命だ。望月健太の命が尽きるまでの間、傍にいることは無理な話ではない。じゃが望月健太はどうじゃ。そなたの計画に利用され、一生をそなたらに囚われ過ごすこと、看過できるものとは思えないのだが」
『イワナガヒメさん、その件で千穂に確認したいことがあります。代わってもらっても、いいですか』
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