36、霊的な存在②
スーパーからの帰り道、僕は右肩に大きめの袋を提げ、再び左手をポケットに突っ込む。買い物をしながら先ほどの会話を反芻していて、気になることがあったのだ。
『イワナガヒメさん。さっき自分の子孫を見つけたら、彼らの在り様が気になってとり憑く時があるっていってましたけど、千穂には、コノハナサクヤビメが憑いているんでしょうか? 寿命が短いという神さまの特徴を強く引き継いでしまっているのは、そのせいなんでしょうか?』
僕が小学生の頃から解除したい呪いは、千穂の短命の定めだ。しかし、堀井先輩の考察やイワナガヒメの説明からして、短命の宿命は外部の呪いによるものではなく、コノハナサクヤビメ自身の特徴ではないかという雰囲気になっている。その場合、どうすれば問題を解決できるのかわからなくて、まずはイワナガヒメと千穂の対話を優先すべきだと考え一旦棚上げしていたのだ。
もし、コノハナサクヤビメが直にとり憑いていることにより影響が色濃く現れているという話ならば、千穂の中から出て行ってもらえばいいということになる。自分がイワナガヒメから少なからず影響を受けている現状から、その可能性もあり得ると思い至ったのだ。
『いや、サクヤの子孫からは、サクヤの気配は直接は感じとれなかった』
しかしイワナガヒメは、僕の考察をあっさりと否定してみせる。
『じゃが、サクヤの子孫の家がある方からは、サクヤの気配は濃厚に感じた。住処の何処か、ないし家族の誰かに憑依している可能性は十分あるじゃろうて』
『そう、なんですね。じゃあ短命なのは家に憑かれた影響なのでしょうか』
立て続けに問いかけると、イワナガヒメはふむ、と一拍間を置いた。
『サクヤにとり憑かれたからといって、短命になるとは限らぬ。例えば今我がそなたの身体を借りているが、だからといってそなたが長命になるわけではない。多少身体が頑丈になったり、霊的なものへの耐性は強くなるやもしれぬが、我の特徴をそのまま引き継ぐわけではないぞ』
『でも、千穂はコノハナサクヤビメがそのまんま人間化したんじゃないかっていうくらいきれいな子です。寿命が普通の人間より短い理由って、やっぱりコノハナサクヤビメが関係しているとしか思えないんです。あなたが何かしているわけではないなら、余計に』
僕はなおも食い下がる。こういうとき、イワナガヒメは会話を続けるのを嫌がらない。むしろ永い時間を孤独に過ごしてきたから、どんな内容でも話し合いは苦ではないのだという。その辺り、なんだか千穂と似ているなと感じてしまう。いずれ対話するであろう、現在対立関係にある相手と共通点があるのは悪いことではないはずだ。
『我とサクヤは姉妹とはいえ、同質の存在ではない。むしろ性質自体は真逆だ。ゆえに我に該当することが、サクヤには当てはまらない可能性がある。我は自らの意志で特定の人間を長命にするような力は持たぬが、サクヤは逆に、ただ近くに在るだけで周囲の者の寿命を奪う力があるのやもしれぬ。日本(ひのもと)に件の男が降臨して以来、サクヤとは関わっておらぬから我も詳しくはわからぬ』
濁しているが、ニニギノミコトのことだと察して流す。イワナガヒメの地雷がどこにあるのか、だんだんわかってきた。
『直接聞くしかないってことですね』
『そうだ。サクヤの子孫の家に赴けば、サクヤ本人がいるか否かくらいは我でもわかるがの。いずれにせよ、直接の対面は避けられぬ』
『わかりました』
ひとつ頷き、ポケットから手を離す。僕がイワナガヒメと一体化して、呪い除けに抗いうるだけの耐久力をもって咲耶家に行くというハードルをクリアしないことには話が始まらない。
一人暮らしを始めた頃に比べれば、イワナガヒメの考えが直接言葉として響いてこない時もわかるようになってきた。イワナガヒメも、僕に対して悪い感情は持っていなさそうだ。この調子で行けば、一体化できる日もそう遠くはない気がする。
そちらの問題が解決できる見込みが立つと、今度は咲耶家とコノハナサクヤビメの関係性に意識は向く。
――イワナガヒメの言葉が正しいのなら、コノハナサクヤビメは家自体にとり憑いている可能性もある、ってことなのか――
イワナガヒメは、自身とコノハナサクヤビメは性質が真逆だと言っていた。確かに長命と短命、巌のような安定感と桜のような華やかさ、醜さと美しさ。あらゆる面において、姉妹神は真逆といえる。ならば、人間世界に与える影響も真逆という説は充分に考えられる。
人ひとりに憑依し、自らの性質を指示によって模倣させるイワナガヒメ。それに対しコノハナサクヤビメは、家全体に憑依し、自らの容姿や性質を自動的に反映させてしまうのだとしたら。咲耶家の女性全員が短命であることも、美貌であることも説明がつく。見た目に関しては、僕は千穂しか知らないから断言はできないが、彼女の家族も美人であることは想像に難くない。
だとしたら、なぜコノハナサクヤビメは咲耶家にとり憑いているのかという疑問が生じる。曲がりなりにも自分の子孫だ。長生きしてほしいというのが親心ではないのだろうか。あるいは、個々人の命の長短は神さまにとっては大した問題ではなく、ただ子孫の傍で見守りたいだけなのかもしれない。千穂に聞きたいことが増えてしまった。もっとも、彼女は咲耶家にコノハナサクヤビメのお守りがあることしか知らないようなので、なぜ神さまが家に憑いているのかまではわからない可能性が高いが。それでも一応、確かめてみる価値はあるだろう。
子孫にとって自らの憑依が悪影響であることを分かってもらえれば、コノハナサクヤビメは咲耶家から離れてくれるかもしれない。それで短命の呪いが解除されるのならば万々歳だ。イワナガヒメと千穂の対話で攻撃する呪いを解除することが先ず第一だが、両者のわだかまりが解けた暁にはコノハナサクヤビメと千穂が対話する必要があるのかもしれない。その方法はおいおい考えるとして、僕は悪臭漂う自宅へと戻った。
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