31、身体に宿るもの②

 巧真と堀井先輩はあまり気にならないと言ってくれたけど、学校が始まればクラスの人たちは、僕の容姿の変化を不審に思うだろう。ひょっとしたら、それをきっかけにいじめに発展するかもしれない。もしそんなことになったら、一歩間違えれば小学生時代の大将の二の舞だ。それだけは防がなければならない。解決のためにはまず、イワナガヒメと対話できるかを確かめるのが先決だ。

「試してみるか……」

 僕はリュックサックから鈴とお守りを取り出し、机の上に並べる。少し考えてから、お守りだけを手に持った。


『イワナガヒメ、さん。聞こえますか』

 どうすればいいのかよくわからなかったけれど、とりあえず神社の時のように頭の中に語りかけるイメージで、思考を脳裏で言語化する。しばらく返答はなく、やはりだめなのかとお守りを机に戻しかけたとき、脳の内側を撫でられるようなざらざらした感覚が通り過ぎる。

『望月健太か。そなたは毎日あの者たちと一緒にいるのか?』

 返事があったことにほっとして、僕は身体をベッドに再び横たえる。目をつむり、脳内に響く言葉に意識を集中させた。

『あの者たちというのは、堀井先輩と巧真のことですか? 毎日というわけではないですが、一番一緒にいることが多いです』

『きゃつらはどうも小綺麗すぎていけない。小綺麗なものを我は好まぬ。巌のように日々雨風にさらされても耐え忍び、傷ついてもなお不動のまま在り続ける。そんな年季を経た生命こそが我が感じる美。そなたはあの二人に比べるとましだが、もう少し何とかならぬものか。居心地が悪くてかなわない』

 突然の依頼ごとに、困惑する。確かに長命かつ醜い容姿がイワナガヒメの特徴だというのは本で読んでいたけれど、本人の嗜好もそれに沿ったものだとは知らなかった。

『どうすれば、いいんですか』

『まずは今いる部屋の荷物をもう少し年季のあるものに替えよ。無論そなたの小物類もな』

『それは……すぐにはできませんけど、なるべく買い替えないようにはします』

『人間の寿命は短いからの。我もそなたに付き合っている身だ。無理は言わぬができるだけ頼むぞ』

『わかり、ました』


 一通り要求を聞いてから、大事なことを思いだす。

『早速なんですけど、明日、千穂……咲耶家の子に会ってこようと考えているんです。一緒に、来てもらえますか』

『明日とはまた早いな』

『なるべく、急いだ方がいいと思いまして』

『しかし、懸念もある』

 イワナガヒメは即答はせず、前置きを挟んできた。

『そなたが持っている鈴といい、サクヤの子孫は近づく者を傷つける呪いを大量に家にかけているらしい。敵対する我が赴くことで、我が憑いているそなたの身に危険が及びはしないか?』

『心配、してくれているんですか?』

 神さまが人間の心配をするのが意外で、思わず問い返してしまう。

『望月健太、そなたは今は我の依り代だからな。そなたの身に何かあれば、我も多少なりとも影響を受ける。我は頑丈故、多少のことでは甚大な被害は受けぬが、相手も神の子孫だ。油断は禁物ぞ』

『はい』

 返事はしたが、どう気をつければいいのかよくわからない。お守りと鈴を離して持つとか、それぐらいしか思いつかない。しかし今の会話で満足したのか、イワナガヒメから追加の言葉はかけられなかった。

 お守りを手にしていれば会話ができることが分かっただけでも収穫だ。僕はいそいそと、明日千穂に会いに行く準備をする。といっても、神社への訪問時に用意した荷物から鈴とお守りと貴重品を取り出して、小ぶりな鞄に移動させるだけだが。


 支度をしながら、自分の頬を手でなぞる。イワナガヒメに憑依されてから、顔の輪郭も変わってしまった。正直なところ、醜くなった顔で千穂に会いに行くのはためらわれた。誰だって、好きな人にはかっこいいところを見せたい、少なくとも己に自信が持てる状態で会いたいと思うだろう。今の僕はそれに逆行しているといえる。むろん、千穂を救うために必要なことだと信じて為したことだが、気が乗らないのは男心としてどうしようもない。

 タイミングを図ったかのように、スマートフォンの通知ランプが光った。手に取ると、堀井先輩からのチャットメッセージが来ていた。早速開封してみる。

『明日、さっそく千穂さんの所に行くんだよね。吉報を待っているよ』

『そのつもりです。でも、醜くなってしまった僕を見て、千穂は受け入れてくれるでしょうか?』

 返信の文章に、意図せず本音が混ざってしまう。先輩とやり取りしていたのはグループチャットだ。すぐに既読2がついて、返信が返ってくる。今度は巧真からだ。

『そんなことを気にしているのか? 咲耶家のためにやったことなんだから、拒否されることはないだろう。そもそも、相手の反応に関係なく、健太がやりたくてやったんだろう? 神さままで連れてきちまったんだから、最後までやり遂げないと駄目だろ』

 文字入力が早いなと他人事のように思いながら、巧真の言う通りだと気持ちを落ち着かせる。これは、僕がやりたくてやったことだ。万が一、千穂に拒絶されるようなことがあったとしても、イワナガヒメを神社から連れてきたことを後悔はしていない。とにかく、コノハナサクヤビメの子孫である千穂とイワナガヒメが和解することができれば、呪いが解除できる可能性が高いのだ。僕はあくまでイワナガヒメの仲介者として役割を果たせればそれでいい。

『茂源くんの言う通りだよ。それにきっと、千穂さんは受け入れてくれる。自分のために身体を張って神さまと対話してきた人を、拒むなんてことはしないと思うよ。自信をもって、頑張ってきてね』

 やや遅れて、堀井先輩からもメッセージが来る。二人に対して「了解です」のスタンプを押して、僕はメッセージアプリを閉じた。

 いずれにせよ、明日何らかの進捗があるだろう。それを信じて、動くしかない。

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