30、身体に宿るもの①

「なんか健太、顔つき変わったよな」

 イワナガヒメの祀られている神社の帰り道、電車の中で巧真がぽつりとつぶやいた。僕はあれから鏡を見ていないので、己の容姿が変化したと指摘されても確認しようがない。おしゃれ系女子でもないので、手鏡なんていうしゃれたアイテムは持ち合わせていない。

「確かに、少し変わったね。これが“取り憑かれた”ってことなのかな」

「神さまに対して、取り憑かれたってちょっと不謹慎じゃないんですか」

「それもそうだね。でもほかに言いようがないからね」

 冗談めかしてみせる巧真に対して、堀井先輩は表情を動かさずに答える。相変わらず感情が読めない。

「具体的に、どういう風に変わったんですか? 自分じゃよくわからないので」

「そうだなー。健太、窓ガラスの反射で見てみたら?」

 巧真に提案されて、僕はボックス席から身を乗り出して首から上を映してみせる。窓ガラスの奥に流れる緑の木々の手前に、僕らしき人の顔がぼんやりと投影されているのが見えた。“僕らしき”というのは、自分の外見が思ったより変わっていたからだ。わかりやすく一言で言うなら……

「不細工に、なってる」

「いやそれは言いすぎじゃね? 確かにちょっと顔つき変わったなっていう印象はあるけど、いうほどじゃないと思うけどな」

「まあ、人の見た目に対する印象は主観の点が大きいからね。ぼくも気に病むほどじゃない派だな。望月くんだってことはわかるし。でも、確実に何かが取り憑いたんだろうなという感じはするよ」

 何かが取り憑いた。先輩の言葉を反芻しながら、改めて顔を確認する。顎のラインが丸くなり、ベース型だった顔枠が団子型に近くなっている。頭の上下は潰れたようにへこんでいた。眼窩は落ちくぼんだ感じになり、皮膚は何日も日の光を浴びていないように血の気がない。端的にいって、不健康で不細工な引きこもり男子の出来上がり、といった様相だ。


「これが、イワナガヒメが言っていた、容姿の変化……」

「イワナガヒメに何か言われたのかい?」

 堀井先輩と巧真には、神社でイワナガヒメに言われたことを概ね伝えている。しかし、最後のやり取りは伝えそびれていた。

「取り憑かれる寸前に、僕の思考や言動の自由までは奪わないけれど、多少外見と意識に変化が生じる可能性があるって忠告されたんです」

「なるほどね……イワナガヒメは長寿かつ容姿が優れているとはいいがたい女神。その影響が、取り憑かれたことによって表面に出てきたってことなんだろうね。ちなみに今、イワナガヒメと会話はできるのかな?」

「いえ、今は何も……もしかしたら必要かもしれないと思って、お守りも買いましたけど効果があるかはわかりませんし」


 僕はリュックサックの内ポケットをまさぐり、小さな紙袋を取り出した。中には白色に金の刺繍がされた、シンプルなお守りが入っている。

 イワナガヒメに取り憑かれた直後、ベンチでしばらく休んでいた僕に巧真が提案してきたのだ。咲耶家とのつながりを示す鈴を持つ僕が、イワナガヒメと関係のある品物を併せて所持するのがいいんじゃないかと。確かに、千穂のところに行く際に、お守りを持っていった方が説明がしやすいと思った。あとは、僕の身体に取り憑いたであろうイワナガヒメとどうやって会話すればよいのかもよくわからなかった。依り代になるようなアイテムがあった方がスムーズかもしれない。そんな考えで買い求めたものだ。

 手のひらに収まるサイズのそれをそっと握りしめてみるも、特に身体の中から反応は感じられない。ずっとお守りを握りしめているのも変だと思い、そのまま袋に入れて再度リュックサックにしまう。

「特に、変化なしか?」

「うん。何も」

「もしかしたら、場所が悪いのかもしれないね。電車で移動中だからイワナガヒメも落ち着かないのかもしれない。もう一度、家に帰ったタイミングとか、望月くんが落ち着いた時に試した方がよさそうだ」

「はい」

 堀井先輩の言葉に頷く。僕がイワナガヒメと対話ができない状態だと、千穂と対話してもらうのも難儀する。なんとかして、コミュニケーションをとる手段を考えておかなければならない。先輩の言う通り、色々試してみるしかないだろう。


 ・・・


「おかえりなさい……健太、よね」

「うん。ただいま」

 家に帰るなり、お母さんが足を止めて僕の顔をまじまじと見る。

「僕の顔、やっぱり変かな?」

 二人と別れた後、駅の公衆トイレの鏡でも確認したけれど、僕の容姿は家を出る前とはかなり変わっている。お母さんもその点が気になったのだろう。

「やっぱりって。……出かけた先で、何か嫌なことでもあったの?」

「ううん。そうじゃないよ。ただ、しばらく今の顔のままだと思う」

 イワナガヒメとの対話を成功させない限り、僕の状態は変わりようがない。今は何も確定要素が無いからそういうと、お母さんは困ったような顔をした。

「そ、そうなの? 本当に嫌なことがあったり、辛いことがあったら無理せず言うのよ。お母さん、話を聞くことぐらいはできるし、解決策も一緒に考えることができると思うから」

「うん、ありがとう。でも大丈夫だよ」

 なおも何か言いたそうなお母さんを片手をあげて振り切り、僕は自分の部屋に直行した。リュックサックをベッドの上に慎重に置き――鈴とお守りが入っているリュックを、雑に扱うわけにはいかない――僕自身もすぐ隣に横になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る