28、イワナガヒメの住処②
電車から降りてしばらく歩いた僕たちの眼前には、階段状に整備された登山道が開かれていた。
「ここから先は山道だから、みんな足元に気をつけてね」
「はい」
「了解です」
堀井先輩の注意に頷き、先輩・僕・巧真の順に階段を登り始める。いつぞやの咲耶家へ押しかけようとしたときと同じ並びだ。否応なしにあの時のことを思いだしてしまうが、今回の相手は人間がつくった呪いではなく、神さまだ。何が起こるかわからない。心してかからなければならないと気持ちを引き締める。
歩を進めて少ししてから、小さめのリュックサックにショッキングピンクの登山服を着た年配の女性とすれ違った。地元の人なのか、随分と軽装だ。
「あれ、若いのにイワナガヒメさまのところに参拝かい?」
「はい。こちらの神社が一番有名だと聞いたので」
僕たちを代表して先頭の堀井先輩が答える。女性は大仰に頷いた。
「熱心だねぇ。私みたいに年取ったもんにとっては、長寿の神さまは定期的に拝みたくなるんだけどね。どうも醜い印象が先行してるのか、若い人はなかなかお参りに来るのを見たことがないんだよ。だからイワナガヒメさまも喜ばれるんじゃないかね」
「そうだといいんですけど」
堀井先輩の返答には、実感がこもっていた。咲耶家の話をする以前に、僕たちが嫌われて相手にされなければどうしようもないからだ。向かい合う女性はわかりにくい声音の変化に気づかなかったのか、内緒話をするように声を潜める。
「ああそうだ。イワナガヒメさまのところにいくときは、富士山の話はしちゃだめだよ。富士山は妹神のコノハナサクヤビメさまの象徴でね。イワナガヒメさまが嫉妬してけがをさせたりすることがあるようだから」
「わかりました。気をつけますね。ありがとうございます」
神妙な顔になって先輩が頷く。僕もつられて頷いていた。富士山の話はネットで調べていた時に巧真が見つけていたが、実際に地元で守られているルールなのだと実感することができた。僕たちも気をつけなくては。
「じゃあ、イワナガヒメさまによろしくね」
「はい。お帰りも気をつけて」
「ありがとう。若い人に労わられるのはいいもんだね」
年配の女性は手をあげると、軽い足取りで階段を下っていった。
「地元の人なんですかね?」
女性の姿が見えなくなってから、巧真が後ろから声をかけてくる。
「だろうね。とても信心深そうだったし、興味深い話が聞けたね」
前を向いたままだが意外と通る堀井先輩の声が、僕の耳に届いた。
「富士山の話ですか?」
「いや、若い人はあまり参拝しないという話。美しくないとされている神さまだし、パワースポットブームに乗るのにはちょっと弱いのかな」
「そうかもしれませんね。でも、長寿の神さまなんだから、長生きしたい人には需要があるんじゃないんですか? さっきの人も、そんなこと言ってましたし」
「まあね。でも、醜くてもいいから長生きしたいっていう人より、短命でもいいから美しくありたいって思う人のほうが多いんじゃないかな。だから祀られている神社の数も少ないんだろうね」
それきり二人の会話は途切れたが、僕は心の中で堀井先輩の言葉を否定していた。千穂は絶世の美少女だけど、その代償としての短命を受け入れられずにいる。僕だって咲耶家に生まれただけで、短命になってしまうのは理不尽だと思う。だから、長寿と引き換えに美人になりたいという考えが、理解できなかった。僕は整った顔立ちではない……むしろ逆だけれど、だからといって千穂みたいに美形になる代わりに、寿命が無くなると言われたら拒否する。でもイワナガヒメを祀る神社が少なさそうだったのは事実だ。日本人は、僕とは違う考えを持つ人のほうが多いのだろうか。
考えごとをしている間に小さな拝殿を通り過ぎ、長い階段も終わりが見えてくる。そこまで高くないとはいえ山の上なので、風が強く吹き付けている。煽られないようにリュックサックの紐をしっかり握りしめ、顔をあげたときに小ぶりな社殿が見えた。いよいよ、本殿にたどり着いたのだ。
木々の間をかき分けるように建っている本殿は圧迫感がある。僕は圧に気おされながら、階段を最後まで登り切った。
「健太、後ろ見てみろよ。絶景だぜ」
巧真に肩をつつかれて、振り返る。山とは反対側に、青い海と緑に囲まれた海岸線が続いているのが見て取れた。確かに絶景だ。
「望月くん、茂源くん。さっそく参拝しようか」
堀井先輩に声をかけられて、意識を当初の目的へと戻す。ここまで来たからには、寄り道している場合ではない。僕は再度気を引き締めて、本殿へと向かい合った。
中央に先輩、向かって左に僕、右に巧真が立つ。おのおので用意してきた五円玉を賽銭箱に投げ、代表して堀井先輩が鈴を鳴らした。三人そろって打つ柏手が、森の中へと消えていった。
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