27、イワナガヒメの住処①

 夏休みとはいえ朝早い時間帯だからだろうか。堀井先輩がメモしてくれたローカル線は空いていて、僕たち三人はボックス席に陣取っている。空席に荷物を置いても白い目で見られないくらい、車両に人影はまばらだった。

「健太、咲耶家の女の人って、代々寿命が短いって話だったよな?」

「うん。そう聞いてる」

 自分の鞄をぽいと隣の座席に放った巧真は、唐突に問いかけてくる。僕は荷物を膝の上に抱えたまま――鈴が入っているリュックサックを、身体から離すことに抵抗があったのだ――肯定すると、巧真は顎に手を当ててうーんと唸った。

「何か、気になることがあるのかな?」


 僕の右隣の窓際に腰かける堀井先輩が、静かに確認する。巧真はたいしたことじゃないんですけど、と前置きしながら言葉を繋げる。

「ほら、いまの日本って高齢化社会って言われてるじゃないですか。咲耶家とは真逆で、長寿社会になってるわけですけど。そこにイワナガヒメが干渉してる可能性ってあるんですかね?」

「無くはないと思うけれど……茂源くんが気にしているのは、日本神話の件かな?」

 いまいち巧真の言わんとするところがわからない僕の横で、堀井先輩は話の意図をおおよそ察したようだ。更なる解説を求めて巧真を見つめると、彼は大きく頷く。

「そうです。一応古事記では、天孫ニニギノミコトがイワナガヒメを送り返したせいで、天皇の子孫が代々短命になるっていう説明だったじゃないですか。確かに、古事記が書かれたころの人間の寿命は短かったのかもしれない。でも、色々な理由で今は長命になっている。だから長寿の象徴であるイワナガヒメはニニギノミコトの子孫である自分ら人間を既に許していて、寿命が伸びたのかなと思いまして」

「その可能性はありえるけれど、他方で神さまスケールの寿命は、人間が考えるよりずっと長いかもしれない。人間の技術や文化の発達によって、人間スケールで見たら随分寿命は伸びたように感じるけれど、神さまからみたらまだまだ短いっていう可能性もあるよ」

「そうか。じゃあイワナガヒメは未だに人間たちを許していない可能性もあるわけですね」

「うん。そう思うよ」

 何度か頷きながら堀井先輩の言葉を聞いていた巧真は、いったんは納得したようだ。しかし数分の間をおいてから、じゃあ、と切り出す。まだ話は終わっていなかったらしい。


「もしイワナガヒメが人類全般を許していなくて、でもこれから自分たちがイワナガヒメと対話して、許してくれるってなったら、咲耶家以外の人類全般に影響を及ぼす、なんて可能性はないですかね? つまり神さまスケールで寿命がうんと伸びちゃう、なんてことが起きたりはしないんでしょうか」

「確かに、そうなったら呪い云々は関係なく、第三者を大いに巻き込んでしまうことになるね」

「そうなんですよ。だからちょっと朝から気になってて。本当にイワナガヒメとの対話を成功させてしまっていいのかなって」

 随分と大がかりな話だ。そもそも僕たちは、イワナガヒメと対話して、咲耶家の呪いを解いてもらいたいとお願いしにいくのが目的だ。しかしイワナガヒメがそれをきっかけに人類全般に友好的になって、結果超長寿社会になるという可能性もなくはないのかもしれない。巧真が指摘するまで、僕はそんなことを考えてもみなかった。

「あくまで話を咲耶家だけに絞って、千穂たちにかけている呪いを解いて、かつニニギノミコトの所業を許してもらうようにお願いすればいいんじゃないんでしょうか。そうすれば千穂たちの寿命だけが人並みになって、攻撃する呪いも解除してもらうに留めてくれるような気がします」

 一応、自分の考えを述べはしたが自信はない。なにしろ、そもそもイワナガヒメとうまく対話できるのかさえよくわからないのだ。不確定要素が多すぎる中で、対話の内容まできちんと正しくイワナガヒメに伝えることができるのかなんてわかりっこない。

 なにせ相手は人間を超越した存在だ。僕たちが考え、伝えた言葉が思いもよらない解釈をされて、巧真が懸念しているような広範囲への影響を及ぼしてしまう可能性だってあるのだ。


「茂源くんの心配も、望月くんの解決案ももっともなことだと思うよ」

 堀井先輩は僕と巧真のほうを交互にみて、静かに告げる。

「ただ、コノハナサクヤビメの子孫の寿命が短いのは、イワナガヒメが何かしているというよりはコノハナサクヤビメ自体の性質なんだろうと思う。ニニギノミコトがセットで娶った場合はイワナガヒメの長命の体質を受け継ぎ子孫が長寿になったんだろうけどね。だから、イワナガヒメが許す許さないにかかわらず、咲耶家の短命は変わらないとぼくは予想している。もちろん、人間全般もね」

「じゃあ、千穂の短命の呪いは、解決できないってことですか……」

 なんとか言葉を絞り出す。千穂が一番解決したがっていたのは、自らの短命の宿命。それが第三者の呪いによるものではなく、咲耶家……いや先祖のコノハナサクヤビメ自体の性質だというのなら。イワナガヒメとの対話も意味がないのではないか。

「少なくとも、種々の呪いのうち短命の呪いについては、イワナガヒメが干渉して起こしているわけじゃないんだろうね。だとしても、ぼくは今回のイワナガヒメとの話し合いに意味はあると思っているよ。攻撃している呪いがイワナガヒメによるものならば、それをやめさせて、ひいては咲耶家が使っている守りの呪いを解除してもらうことに繋がる。何度も言うけど、ぼくの目的は守りの呪いの解除だからね。そのためには、攻撃してくる相手との対話は必要だ」

「確かに、言われてみれば古事記の書き方も、コノハナサクヤビメが短命で華やかで美人、イワナガヒメが長命で堅固で醜いっていう対比がされてましたもんね。寿命に関しては確かにイワナガヒメは何もしてない気がしてきました。ちょっと安心です」

「ならよかった」

 巧真の弁に、堀井先輩が静かに頷く。先輩はそのまま、顔を僕のほうへと向けた。

「望月くんは何か懸念点はないかな?もし気になっていることがあるなら、神社に着く前に解消しておいたほうがいいからね」

「いえ……」


 僕は先ほどの話のショックが大きくて、言葉少なになっていた。それでも、イワナガヒメとの対話をやめるわけにはいかない。僕は、目的は違えど先輩に協力すると約束しているからだ。

「ぼくの予想では、イワナガヒメと対話できる可能性が一番高いのは、鈴を持っている望月くんだと思う。だから、対話の時になったら任せきりになるかもしれない。もしそうなったら頼んだよ」

「わかり、ました」

 だから堀井先輩の頼みに断る選択肢はなくて、ゆっくりと頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る