26、解くべき呪い②

 いよいよ明日、イワナガヒメの祀られている神社に向かう。場所は静岡県で、僕たちの住まいからは少し離れている。部活の合宿のようなノリで一泊二日にする案もあったけれど、遊びに行くわけじゃない。対話の内容次第では近場に一泊することもやぶさかではないが、基本的には日帰りでいいだろうということで話はまとまっている。オカルト研究会は三人とも男だ。突然泊まりになっても、二日くらい同じ服を着ることに抵抗はない。


 僕は自分の部屋で荷物の最終チェックをしていた。安宿に泊まれるくらいの少し多めのお金と、薄手のパーカー。イワナガヒメが祀られている神社はちょっとした山の中腹にあるらしいので、多少の登山装備を揃えた方がいい。標高も高く、七月中旬の割には涼しい可能性もあるから上着は必要だ。あとはいつも咲耶家の呪いを書き留めているノートと筆記用具、移動中につまめる栄養補助食品。それらをリュックに詰めてから、使い慣れた通学鞄を引き寄せ中から鈴を取り出し眺める。


 実のところ、鈴を付けていくか否かで悩んでいた。鈴を持っていけば、僕が咲耶家と関わりのある人間だという証明になるから、対話がスムーズに進むかもしれない。他方で、咲耶家を呪っている側の存在からすれば、関係者だとわかるだけで攻撃を仕掛けてくる可能性もある。それに対して鈴の“守りの呪い”が反応して、周囲の人たちに被害が出てしまうリスクも否めない。後者のことを考えると、鈴は持参しない方がいいのではないだろうかという思いに駆られる。特に“守りの呪い”の悪影響が第三者に及ぶことを強く懸念している堀井先輩が同行するのだから、なおさらだ。

 しかし、鈴無しでは僕はただの一般人だ。手ぶらで神さまに説明をして、まともに取り合ってもらえるのかはわからない。いち参拝客として、話を聞き流される可能性大だ。

 咲耶家とイワナガヒメの関係をいじめにたとえてみるとわかりやすい。いじめっ子A(イワナガヒメ)がいて、B(咲耶家)をいじめている。Bの友人のC(僕)がいじめをやめるように言っても、Aは聞き入れようとしないだろう。むしろ逆効果になって、Cまでもがいじめの対象になる可能性が高い。相手は神さまだから同じことが起こるとは限らないが、ともかく僕自身が巻き込まれる覚悟はしておいたほうがいいだろう。そもそも、千穂を助けると決めたときから、とっくに覚悟はできている。

 改めて考えてみると、鈴があろうとなかろうと、僕が咲耶家と親しいとわかった時点で攻撃の矛を向けられるリスクはあるのだ。ならば、より信憑性があがるように鈴を持っていったほうがよいのかもしれない。やはり、被害が拡大する可能性は否めないものの、僕たちの「覚悟」を目で見える形で示すことは重要な気がしてきた。


 それでもやっぱり少し不安だ。堀井先輩が懸念していた“守りの呪い”による呪い返しが発生し、無関係の人が巻き込まれるおそれは否めない。ここは直接、先輩に確認した方がいいかもしれない。

 僕はスマートフォンを手に取り、チャットアプリを立ち上げた。堀井先輩に、「今電話してもいいですか?」と送る。ちょうどアプリを見ていたのか、送ったメッセージにはすぐ既読がつき、「OK」というスタンプが表示される。間髪を入れずに、通話ボタンを押した。

『どうしたの、急に』

 電話越しの堀井先輩は、相変わらず一定のトーンで言葉を投げ掛けてくる。文意をくみ取らない限り、今放ったのが疑問文であると気づかないくらいだ。僕は鈴を持っていくべきか否か悩んでいることを先輩に打ち明ける。

『なんだ、そんなことで悩んでいたんだ。ぼくは迷いなく、持っていくものだと思っていたよ』

「でも、あれを持っていたら、イワナガヒメが呪いをかけている張本人なんだとしたら、鈴が咲耶家のものだってきっと気づきますよね。鈴を持っている僕に攻撃をしてきて、鈴の呪い返しが発動して、僕以外の周囲の人にも影響が出てしまうかもしれないんです。それが怖くて」

『いや、そういうことなら問題ないんじゃないかな』

 堀井先輩から返ってきた答えは、予想外のものだった。


『ぼくが懸念しているのは、“守りの呪い”の効能が、全く関係ない第三者に及んでしまうことだ。でも望月くんが心配しているケースは、イワナガヒメが犯人だった場合だろう? この場合、望月くんもイワナガヒメも当事者なんだから、呪い返しが発動しても何ら問題ないと思うよ』

「近くの人を巻き込む可能性があるとしても、ですか」

『それはないんじゃないかな』

 恐る恐る問いかけたものの、あっさりとした否定で返される。

『鈴は、将門……従弟を殺めた際、周囲の人を巻き込んだのかな?』

「いえ、大将本人にのみ攻撃を仕掛けました」

『なら、鈴にかけられた守りの呪いは、攻撃してきた特定の個体に対して発動する可能性が高い。ぼくや茂源くん、ほかの参拝客を巻き込むリスクは低いんじゃないかな』

 堀井先輩の回答は明快だ。確かに、今までの鈴の挙動を考えれば、先輩の言う通り攻撃してきた本人(本体)にだけ攻撃を返す作用があるように思われる。ならば、仮に神社で僕がイワナガヒメに攻撃されたとしても、呪い返しはイワナガヒメだけに作用してくれるのだろうか。

「ということは、堀井先輩は鈴を持っていった方がいいという考えなんですね」

『そうだね。やっぱり望月くんが咲耶家の人とやり取りをしている証拠として、持参した方がいいと思う。神さまが相手だから、手元に無くても察してくれる可能性はあるけれど、やはり自分で持っていたほうが説得力はあるよね。もし、鈴が原因で攻撃されるようなことがあったら、神社の敷地外まで逃げるとか、鈴を一旦手放すとかすればいい。やり方はいくらでも考えられるよ』

「はい。わかりました。……であれば、持っていくことにします」

『それがいいね。もし気になるようだったら、神社の手前まではいつものように鞄の中にしまっておいて、本殿の目の前で取り出すくらいでもいいかもしれない』

「そうするつもりです」

 僕は即答した。イワナガヒメと対面する時はともかく、途中の旅程で思わぬ事故は起こしたくない。

『じゃあ決まりだね。明日はよろしくね』

「はい。よろしくお願いします」

『おやすみ』

「おやすみなさい」


 要件が済んだとみるや、堀井先輩はさっさと話を切り上げて電話を切った。こういうあっさりしているところも、先輩らしいと思う。僕は机上に取り出しておいた鈴を再びハンカチで包み、明日背負っていく予定のリュックサックの上にそっと載せた。

「これで、よし」

 あとは当日、出たとこ勝負だ。堀井先輩の言う通り、選択肢は色々考えられるけれども、イワナガヒメとの対話を成功させなければはじまらない。気合を入れていかなければと、僕は背筋を伸ばしてリュックサックを見つめていた。

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