25、解くべき呪い①

「いよいよ明日から夏休みなわけだけど、みんな、準備はいいかな。ぼくは、やれることはやってきたと思う。あとは実際に神社に行ってみるだけだ。集合してからのスケジュールをだいたい紙にまとめておいたから、二人とも目を通しておいてほしい」

 部室に集まるなりそういった堀井先輩は、僕と巧真にそれぞれ一枚ずつのA4コピー用紙を差し出してきた。表は神社までの行程、裏面には神社の由来やイワナガヒメの古事記に残された伝承が書かれている。僕がノートにまとめた内容を、堀井先輩がパソコンで打ち込んでくれたものだ。一度自分でまとめたものごとだから、何が書かれているかは大体知っている。ざっと内容を確かめて、頷く。

「わかりました。当日は駅集合ってことですね」

「そうだね。ぼくたちはみんな最寄り駅が違うから、乗換駅で集合することにしている。プリントの内容について、何か質問はある?」

 先輩に問われて、もう一度紙をひっくり返してみた。名前も知らないローカル線と思しき電車の名前が書かれていたけれど、これは行ってみればわかることだろう。いま訊くことでもない。特に確認すべきことはないかなと考えていると、巧真が小さく手をあげた。

「あの、ひとついいですか?」

「なに?」

 プリントの内容を改めていた堀井先輩は、巧真のほうへと視線を向けた。

「プリントに関係あることっていうか、すごく今更な話なんですけど。なんで堀井先輩って、こんなに熱心に咲耶家の呪いを解除しようとしているんでしたっけ? 従弟さんがそれが原因で亡くなったからっていうのは聞きましたけど、でも先輩自身が現地に住んでいるわけじゃない。いくら従弟さんと仲が良かったとしても、自分自身と縁が薄い土地に住む人々のためにここまでする気持ちが、自分には湧かないだろうなと思ったんです。単純に価値観の違いかもしれませんけど、一応聞いておきたくて」

「いや、大事なことだと思うよ」

 堀井先輩は真剣なまなざしで頷き、巧真のほうに身体を向けて座り直す。


「確かにいま現在は、咲耶家が放つ守りの呪いは家の周囲に限られている。咲耶家の人たちが外出しないから、当たり前だよね。でも今後もそうとは限らない。例えば望月くん」

 僕の通学鞄を先輩が見やる。中に入っている鈴に意識が向いているんだろうなと、直観した。

「望月くんは偶然、咲耶家の人と接触する機会があって、守りの呪いがかけられた鈴を譲り受けた。それが巡り巡って、ぼくの従弟の命を奪うことになる。守りの呪いが咲耶家の居住範囲から離れて、独り歩きする恐れがあることが明らかになったんだ。となると、守りの呪いの危険性は咲耶家の周りだけに留まらない」

「守りの呪いをもつ人が出歩けば、その分リスクが拡散するってことですか」

「そう」

 問いかける巧真に、堀井先輩は短く肯定してみせる。

「望月くんは一度鈴の呪い返しが発動するのを見ることで、取り扱いに注意することができた。でも、本来咲耶家に関わりのない人間が、そんな危険なものを持ち歩かなきゃいけないこと自体おかしなことなんだ。もちろん、望月くんが森に入るために鈴を必要としていることは理解しているよ」

「は、はい」

 自分が責められているように感じて、身を固くしていた僕に先輩はフォローを入れてくれる。堀井先輩は、人のことをよく見ている。


「とにかく、咲耶家についての理解が浅い人がちょっとしたきっかけで“守りの呪い”を入手して、無自覚に発動させてしまったら。呪いによる被害は、第三者に及んでしまう。従弟……将門の件で実証済みだ」

「じゃあ先輩は、“守りの呪い”発動による被害を防ぐために、咲耶家の呪いを解きたいんですか?」

 なおも問いかける巧真に、堀井先輩はゆっくりと頷く。

「そうだね。従弟の死が不審死で片づけられ、彼の両親はそれを信じて動こうとしない。ぼくの両親だって、不気味そうにはしていたけれど事件解決を試みる気配はなかった。だったら、ぼくが動くしかない。これ以上、将門のような犠牲者を出さないために」

「もしかして健太を研究会においてるのって、監視の意味もあるんですか? 守りの呪いがかけられた鈴を、不用意に使われないように」

「その考えは、ないとはいえないね」

 巧真はやや皮肉めいた雰囲気で問いかけるが、先輩はあっさりと頷いた。

「いま現在、咲耶家の外に出ている“守りの呪い”は、ぼくたちが知るかぎり健太くんがもつ鈴だけだ。気にならないと言えば嘘になる。でも逆にいえば、鈴が誤作動を起こさなければ、少なくともぼくが懸念している事案は発生しない。ぼくは、健太くんがそんなミスを二度と犯さないって信じているよ」

「は、はい。扱いには気をつけています」

「だよね」

 有無を言わさない圧を感じて、僕は慌てて頷いた。先輩に念押しされるまでもなく、鈴が二度と人を殺めることのないように、細心の注意を払って持ち歩いている。だから学校中の誰も、オカルト研究会の二人以外は、僕が鈴を持っていることすら知らないだろう。


「とにかく、ぼくの願いは咲耶家の“守りの呪い”を解除することだ。攻撃する呪い――いまはイワナガヒメがそれを為していると仮定するけど――を解除することで、それが達成できるならベストだね。だから、今回の神社行きもぜひ進めるべきだと考えているんだよ。これで、答えになったかな?」

 堀井先輩がじっと見つめると、巧真がわずかに首を傾げて黙り込んでいた。数拍の沈黙の後に、ゆっくりと口を開く。

「うーん。要は、堀井先輩が解除したいのは“守りの呪い”で、それは下手すると咲耶家の外に持ち出されて、関係ない人に被害を及ぼす可能性があるから。で、今回の神社参拝で無くしてもらおうとしているのは“攻撃する呪い”で、これさえなくせれば咲耶家は自分の家を守る必要がなくなって、“守りの呪い”も解除してくれる。それが先輩の望む姿ってことですかね?」

「うん。完璧に理解してくれたんだね」

 大きく縦に頷く先輩は、心なしか嬉しそうだ。それを見て、巧真も少しほっとした様子で頷く。

「やっぱり自分は、先輩ほど利他的になれないですけど、やりたいことはわかりました。あくまで自分は自分の好奇心のため、おどろおどろしい咲耶家の“守る呪い”を生むきっかけになった張本人がどんな存在なのかを知りたくて行く感じですかね。方向性は違いますけど、先輩の目的にはできるだけ協力したいと思ってますよ」

「僕も、です」

 巧真に負けじと、僕も声を出した。

「先輩と違って僕は、攻撃する呪いを真っ先に解除したいと思っています。千穂が普通の生活を送るためには、それが一番必要だと思うので。だから、神社に行ってイワナガヒメとの対話を成功させたいという思いは、誰にも負けません。絶対に話して、説得してみせます」

「その気持ちが大事だと思うよ、望月くん」

 先輩は、僕の思いを肯定してくれる。

「ぼくたちは、どうすれば神さまが対話に応じてくれるかわからない。でも、対話を望む気持ちが強ければ強いほど、話を聞いてくれる可能性は高くなると思う。元々は人々の願いを聞き届けてくれる存在として、各地に祀られているわけだからね。今回も期待しているよ、望月くん」

「はい!」

 僕は力強く返事をした。呪い解除に対して強い思いを持つ堀井先輩のためにも、今回の参拝、絶対に成果を残してみせる。

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