24、力がなくても②

 僕は重い足取りで、千穂がいる小屋へと続く山道を登っていた。

 イワナガヒメが祀られている神社に行く予定日が近づいている。その間、オカルト研究会ではイワナガヒメの成り立ちや、神社の由来などについて調べてきた。大抵の場合、新しい情報を見つけてくるのは巧真だ。ネット検索が得意なのか、信憑性の高いサイトを探してきてくれる。

 堀井先輩が得られた情報の重要度を振り分けて、内容を整理する。整理したことがらをノートにまとめるのが僕の役目だ。といっても先輩が言ったことを書き出しているだけだから、大して頭を使わない。現状、「誰でもできる雑用」をこなしているのに近い。

 僕にしかできない役割といえば、千穂から話を聞き出すことだ。しかし、堀井先輩と巧真に比べて能力が劣る僕には、過分な役割だ。もちろん、個人的心情として千穂と話したい、他の誰にも邪魔されたくないという思いは強い。僕だけが彼女と会話することができるという優越感もある。でも、最近はそれ以上に、オカルト研究会へ望ましい情報をもたらすことができていない自分自身に、焦りを覚えている。


「千穂さん、自分が持っている知識をあえて隠している可能性はないかな」

 コノハナサクヤビメのお札について千穂に聞き、よく知らないと返答された旨を部室で伝えたとき、堀井先輩が放った言葉だ。僕は反論したかったけれど、先輩の推察が全くの嘘とは言いきれない。僕は質問をすることが苦手だし、相手の話し方から真偽を判断することもうまくできない。千穂がなぜわざわざ情報を隠す必要があるのかはわからないけれど、もしそうされていても見抜けないのだ。

「堀井先輩、健太に同行したほうがいいんじゃないんですか? 先輩が一緒のほうが、相手が嘘をついているかわかりそうな気がするんですけど」

 だから巧真の意見に、内心で同意してしまった。堀井先輩の人を見る目は確かだ。二人で千穂の話を聞いた方が、有益な情報が得られるかもしれない。しかし先輩は、彼の提案に対し首を横に振った。

「いや、千穂さんが望んでいないんだろう。望んでいないところに無理して押しかけたら、今度は健太くんひとりでも会ってくれなくなるかもしれない。唯一の咲耶家とのつながりを、軽率な行動で失うわけにはいかないよ。だから千穂さんと対話をする役目は、引き続き望月くんにお願いする。よろしくね」

「わかりました」

 先輩の言葉に、僕は頷くことしかできない。彼の言うことも的を得ているのだ。千穂は学校の様子を頻繁に尋ねてはくるものの、僕以外の人と直接話すことは嫌がる。もし彼女の意に反して堀井先輩を連れて行ってしまったら、いま以上の会話を拒絶されてしまうかもしれない。それだけは、何としても避けたかった。


 とはいえ、僕が話下手だという根本的な問題は解決していない。きょうも千穂に質問すべきことは色々あって、忘れないように、聞き漏らさないように紙に書きだしてきているのだが、いつも通り芳しい答えが得られないのではないかという予感がしていた。会う前からこんな気分ではいけないのだが、直近数回の結果は、僕の気持ちを下げるには充分だった。


「健太くん、どうしたの? なんだか気分が悪そうだけれど」

 心情が表情にも表れていたらしい。小屋の扉をノックし開けるなり、奥のベンチから立ち上がった千穂はそんな言葉を投げ掛けてくる。僕は首を横に何度か振ってから、狭い屋内へと足を踏み入れた。

「何でもないよ。それより今日も、千穂に色々聞きたいことがあるんだ」

「そうなの……? わかる範囲のことだったら、なんでも答えるよ」

 彼女は怪訝そうな顔をしていたが、いつもと同じ言葉をくれる。僕は頷き、しまっていたノートを取り出した。

「この前千穂の家に、“木花之佐久夜毘売”って感じで書かれたお札があるって言ってたよね。それは、どんなふうに置いてあるの? 例えばリビングの真ん中とか、部屋の端っことか。あと、設置場所を手入れしているのはお父さん? それともお母さん?」

 以前も似たような質問をしているが、その時はお札の意味を直接問うものだった。返事は、「わからない」。だからより質問内容を具体的にした方がいいというのが、堀井先輩の考えだった。千穂はわずかに首を傾げ、口を開く。


「お札は、今風にいえばダイニングにあるよ。みんなが食事をするところ。神棚があって、そこにお供えしてる。榊の葉とかお酒とかは、お父さんが毎日替えてる。うち、お母さんはいないよ。……ほら、寿命の呪いで、女性は長生きできないから」

「そっか。そうだよね。……ごめん」

「いいよ。もう過ぎたことだから」

 わかり切ったことを聞いてしまったことを恥じて、僕はうつむく。千穂は気にしてないというけれど、僕はこういったミスも多い。以前質問して知っているはずなのに、同じ問いかけをもう一度してしまうのだ。うかつなことを口にして千穂を悲しませるようなことをしたくないのに、頭の回転の鈍さはどうしようもない。だからつい、しんどい気持ちを吐露してしまう。

「ううん。最近しょうもない質問ばかりで、千穂もめんどくさいよね。ごめん。僕がもうすこし、スムーズに話す能力が高ければよかったんだけれど」

「そんなことないよ。わたしは小屋で、健太くんとお話しできる時間が楽しい」

 千穂がとりなすように言ってくれるが、それでも僕の心は晴れない。


「でも、例えば堀井先輩は、物事を整理して、筋道立てて話すのが得意なんだ。ごちゃごちゃした情報でも、先輩が説明してくれたらすっと理解することができる」

「それはすごいね」

「うん。で、色々な情報を集めてくるのが巧真。たまに関係ないことも調べてくるけど、情報収集がすごく得意なんだ。僕が話についていけないレベルの速さで、いろんなことを教えてくれる」

「じゃあ二人が合わされば、整理された情報が手に入るってことだね」

「うん」

 とりとめもなく話したことを、千穂がまとめてくれる。千穂も、情報整理は得意なほうなんだと思う。学校には通っていないと言っていたが、けっこう頭もいいんだ。こうなると、自分の無力さが余計に情けなくなってくる。

「でも、僕には何の力もない。巧真が持ってきて、堀井先輩が整理した情報を書き留めて奥のがせいぜいで、新しいことを調べて見つけてきたり、それらをわかりやすく編集したりすることができない。僕は、オカルト研究会の役立たずだ」

「調査結果を書き留めておくのだって大事な仕事じゃないかな。健太くんと話していてよく思うんだ。わたしの家は、口伝で伝えられている内容が多い。だから、わたしもお父さんから教えてもらったことしか知らない。書物があったら、こっそり盗み見て調べることもできるんだろうけど……だから健太くんにあまり協力できなくて、申し訳ないと思ってる」

「千穂は悪くないよ」

 とっさに僕は否定した。彼女に謝ってもらうために、こんな話をしているんじゃない。


「僕が、僕がもっとしっかりしていないといけないんだ。堀井先輩に手取り足取り指導されなくても、千穂に聞きたいことをきちんと聞けるように。でも僕ひとりじゃ、無理みたいなんだ」

「それでも、いいんじゃないかな」

 半ば投げやりになって呟く僕に、千穂は静かに意見を述べる。

「情報を集めてくる巧真くんと、それを整理してくれる堀井先輩。更にそれを文字に起こしてわたしに共有してくれる健太くん。きちんと役割分担できているから、いいんじゃない? 人間は完璧な存在じゃないもの。自分ができることをやっている健太くんは、十分役に立っていると思うよ」

「そうかな」

「そうだよ」

 疑心暗鬼な僕に、千穂はきっぱりと肯定してみせる。そしてかすかに笑みを浮かべた。

「それに、何度も伝えていると思うけれど、わたしは健太くんが話に来てくれることで、幾分か救われている面もある。咲耶家にいるだけではわからなかった世界の話を、健太くんはたくさん教えてくれる。わたしには、とっても嬉しいことなんだよ」

 いつも外の世界にいる健太くんにはわからないかもしれないけれど、と千穂は付け加えて、笑みを深くした。僕もつられて笑顔になる。でも口は、まだ自分を信じられないままだ。

「本当かなぁ」

「本当だよ。今だって、今日一日で一番楽しい時間を過ごせているもの」

「そっか。……千穂にそういってもらえるなら、僕がここに来てもいいって思えるよ」

 ようやくちょっとだけ前向きになったところで、千穂は大きく頷いた。

「そうだよ。健太くんはもっと頻繁に来てもいいんだよ。いつでも待っているからね。どんな話でも聞くよ。学校の勉強の話でも、オカルト研究会の話でも」

「ありがとう」

 僕は頷き返す。僕の欠点は何ら解決していないけれど、千穂に話したら少し気が楽になった。僕は、僕にできる方法で、千穂を助けることしかできないんだ。

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