23、力がなくても①

「神社にお参り、か」

 千穂との話をオカルト研究会ですると、堀井先輩はわずかに首を傾げ考える様子をみせる。

「確かに神さまに縁のない僕たちが神さまに会いに行くとなれば、神社が妥当な線になるかな。でも、どちらに向かえばいいだろうか」

「コノハナサクヤビメの父親の山神か、姉のイワナガヒメかってことですよね? 僕は、イワナガヒメがいいんじゃないかって思います」

「それはなぜ?」

 僕が真っ先に提案すると、先輩は視線を上げた。切れ長の瞳を見つめ返しながら、必死に言葉を選ぶ。

「千穂の……咲耶家の女の人の寿命が短いのは、古事記を信じるとするなら一緒に娶られたイワナガヒメが返却されたからですよね。それに対して山神が怒って寿命を短くしたというよりは、長命の象徴であるイワナガヒメとセットでめとられなかった結果として短命になってしまったっていう印象を受けたんです。だったら、攻撃する呪いをかけているのはつき返されたイワナガヒメのほうだ」

「なるほどね」

 先輩は頷き、巧真のほうに顔を向ける。

「茂源くんは、どう思う?」

「健太の話を聞いて調べてるんですけど。……山神のオオヤマツミを祀っている神社はたくさんあるんですが、イワナガヒメとなると限られますね。やっぱり山岳信仰は日本では根強いんでしょうね。大して長寿でも不細工な神様に対する信仰心は薄いって感じがします。手っ取り早く、オオヤマツミを祀る社に先にお参りしてみるのもありだと自分は思いますけど」

「どれくらい数が違うんだい?」

「雲泥の差ですよ」

 身を乗り出した先輩に、巧真はスマートフォンの画面を差し示す。二つのタブでオオヤマツミとイワナガヒメを祀る神社をざっとリスト化されたサイトを表示させているらしい。

「確かに茂源くんの言う通り、オオヤマツミのほうが祀られている神社の数は多そうだけれど、近所ではないね。一番近そうなところでも丸一日かけてぎりぎり行ける距離だ。だったら、イワナガヒメが祀られている神社に先に赴くのも手だね」

「堀井先輩は、健太の考えに賛成なんですか?」


 スマートフォンから視線を外し、巧真は僕と堀井先輩のことを交互に見る。先輩は浅く頷いてみせた。

「そうだね。もともと寿命が短くて美しいコノハナサクヤビメという神さまと、寿命が長くて醜いイワナガヒメという神さまが対となり、姉妹として存在していたと考えられる。となると咲耶家の短命は生まれつきのもの、今咲耶家に掛けられている種々の呪いはニニギノミコトから返却されたことを妬むイワナガヒメによるもの、と解釈したほうがしっくりくるんじゃないかな。父親の山神が、嫁いだコノハナサクヤビメをいじめる理由がないしね。いじめるならむしろ、もう一人の娘を返却してきたニニギノミコトに対してするだろう」

「なるほど」

「それに、まず確証が高いイワナガヒメを祀る神社に行って、空振りだったらオオヤマツミを祀っている神社に改めて訪問すればいい。あくまで優先順位の話だからね。どちらかに決めつける必要もないと思うよ」

「確かにそうですね」

 堀井先輩の言葉に、巧真は納得したように相槌を打つ。近くで聞いていた僕も、曖昧だった考えが先輩の解説によってクリアになるような感覚を味わっていた。やはり、思考を言語化する能力はオカルト研究会三人のなかで、堀井先輩が一番優れている。


「で、いつ行きます? 丸一日かけるんだったら休日になりますけど……申し訳ないんですが、自分は土日休みの日はびっちりバイト入れてるんで、できれば夏休みとかのほうがありがたいかなって感じですね」

 巧真の弁に、堀井先輩は若干眉を上げて見せる。

「大変だね。まぁ、夏休みまであと一か月ちょっとだ。アルバイトを休んで貰ってまで急ぐこともないし、夏休み中でいいんじゃないかな。それまでにちゃんと訪問する計画を立てて、イワナガヒメのことももっと調べておこう」

「わかりました。健太もそれでいい?」

 さくさくと物事を決めていく巧真に置いていかれないように、僕は慌てて頷いた。

「うん。なるべく早く解決したいのはやまやまだけど……すぐ行ける場所じゃないからこそ、事前準備は大事だと思う。しっかり備えてから、挑戦してみたい」

「だよな。っていうかそもそも論なんですけど、イワナガヒメに会いに行って、自分らはどうするべきなんですかね? 咲耶家に対する呪いを解くように、神社でお祈りすればいいんですか?」


 巧真は僕の了承を受けて、すぐに話題を切り替える。こうやってどんどん必要な物事を言葉に出して確認していけるのが、彼の強みだ。

「そうだね。ぼくが解除したいと願っているのは咲耶家の“守る呪い”のほうだけれど、望月くんの弁が正しければ、イワナガヒメがしていると思われる“攻撃の呪い”を無くせれば“守る呪い”は不要になる。頼んでみる価値はあるだろうね」

「でもいきなり自分たちだけで押しかけて、話聞いてくれますかね? 相手は神さまで、一日何十人もの人にお祈りされてるわけでしょ。大勢の中の一つのちっぽけな願いを聞き届けてくれるんでしょうか」

「でも、やってみなくちゃわからない」

 僕は、千穂に言ったのと同じ言葉を巧真にも投げかけた。


「巧真のいうとおり、神さまは毎日色んな人に参拝されて、色んな願いを聞いている。健康でありますようにとか、彼女が見つかりますようにとか。でも、僕たちがしようとしているお願いごとは、イワナガヒメがやっていることに対する頼み事。他の人間の、自分ごとのお願いとはわけが違うから、聞いてくれる可能性が高いんじゃないかな」

「まあ、神社でのお願い事なんて、神さまに聞き届けられているかまでは普段あんまり気にしないからな。本当に神社に神さまがいて、祈りを聞いていてくれているのならワンチャンスはあるのかもしれないけど。けっこうな賭けだな、それ」

「だからこそ、事前準備と更なる研究が必要になるね」

 半ば面白がっている様子の巧真の言葉のあとに、堀井先輩が続く。

「夏休みまでの間に、コノハナサクヤビメとイワナガヒメの関係性や各々の特徴をもっとよく調べる必要がある。あとは、千穂さんにももう少し話を聞いてきてもらいたい。コノハナサクヤビメが家に祀られているのはいつからなのか、一族の中ではどういった立ち位置なのか、とかね。まだまだ咲耶家が持っている情報はあると、ぼくは予想しているよ」

「はい」

 僕は神妙な顔を作って頷く。千穂から情報を引き出す、という役回りはやはりまた僕のものになるようだ。堀井先輩や巧真がついてきてくれたほうがよほど話が早い、とは思うのだがままならないことはどうしようもない。

「じゃあ二人とも、夏休み前まではそういう方針で。宜しく頼むよ」

「はい」

「わかりました」

 僕と巧真が頷くのを見て、堀井先輩は手元に置きっぱなしだった巧真のスマートフォンを返却しながらつぶやいた。

「だんだん、呪いに近付いてきている気がするね」

 望むところだと、僕は思った。

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