22、古事記とのつながり②
「……っていうことがあって、千穂の家がコノハナサクヤビメとつながりがあるんじゃないかって思って。僕たちの考えが合っているか、教えてほしいんだ」
古事記の本を音読して、僕と堀井先輩の予想を全て話したうえで、僕は千穂に問いかけた。あとは僕たちの予想が正しいか否か、判断できるだけの知識を千穂が有しているか否かにかかっている。じっと彼女の顔を見つめると、千穂は少し驚いたような顔をして僕を見返してくる。
「たしかに、うちは神さまの子孫だって言われているよ。家の中にも、“木花之佐久夜毘売”って漢字で書いたお札が祀られてる。だから、もしかしたらご先祖様に当たる神さまは、コノハナサクヤビメなのかもしれない」
「じゃあ、呪いをかけている相手は、父親の山の神か、姉のイワナガヒメのどちらかか、両方ってことになるのかな」
予想が当たったことで、僕の心は浮きたっている。続けて問いかけると、彼女は首を傾げた。
「健太くんの話が正しいなら、神さまがいまも実在していて、わたしの家を呪っているってことになるよね? そんなこと、ありえるのかな?」
「でも以前、千穂は言ってたじゃないか。咲耶家を呪っている相手は特定の個人じゃないと思うって。ずっと昔から呪いは続いているって。だったら、人間を超えた神さまが原因だって考えるのもありじゃない?」
「そう、か。確かに人間じゃないなら、人間を超えた存在っていうことになるのか」
千穂は今までその点に思い至らなかったらしい。顎に手をやって、首をわずかに傾け考えるポーズをとっている。
「だったら、何らかの方法で神さまとコンタクトをとることができれば、なぜうちに呪いをかけてきているのかがわかるのかな。でも、どうすればいいんだろう?」
「そうだね……」
彼女の言う通り、原因らしき存在が明らかになっただけで、どうすれば彼らに呪いをかけるのをやめさせるのかはわからない。しかし、そこを解決しないかぎり呪いはなくせない。
「……神社に行けば、いいんじゃないかな」
自信はないけれど、僕は今思い付いたばかりのアイデアを出す。
「お父さんの山神様か、イワナガヒメが祀られている神社に行って、千穂の家のことを聞いてみるんだ。何で呪うのかって。呪いをやめてもらうにはどうすればいいのかって。神さまが答えてくれるかはわからないけれど、やってみる価値はあるんじゃないかな」
「本当に神さまたちがわたしの家を呪っているなら、話を聞いてくれるのかな? もし神さまが神社にいたとして、呪っている相手の家と親しい健太くんがそこに行ったら、問答無用で呪いを受けてしまうかも。わたしは、そんな危険なことを健太くんにさせられないよ」
「でも、やってみなくちゃわからない」
僕は、自分に言い聞かせるようにゆっくりと声に出す。“さよなら三角、また来て四角”の歌を聞いた時だってそうだった。命の危険がある挑戦だったけれど、実際に現場に行き見聞きすることで、オカルト研内で“守りの呪い”の強力さに対する認識を共有することができた。それと同じで、神さまとの対話もやってみなくちゃわからない。神社に行ってみるというのは思いつきだったけれど、僕はもう神さまが祀られている神社に行きたいという考えが強くなっていた。
「今まで、神社にお参りに行って死んだ人の話なんて聞いたことないよ。ちゃんと礼を尽くした上でお参りして、話をすれば聞いてくれるんじゃないかな。神さまはそこまで、心が狭くないと思うんだ」
「でも、健太くんの話が本当なのだとしたら、わたしたちの家にはずっと攻撃的な呪いをかけ続けている。そんな神さまと分かり合うことなんてできるのかな」
なおも千穂は懐疑的だ。呪いのせいでずっと不便な生活を強いられているのだから、無理もないだろう。それでも、僕はあえて明るく言葉を重ねた。
「すぐに分かり合えるとは、限らない。でも、話そうとして歩み寄らない限り始まらないよ。僕は、始めの一歩を踏み出したい。それがきっと、千穂の家の呪いを解く足掛かりになるから。僕がやりたくてやるんだから、千穂は心配しなくて大丈夫だよ」
「健太くん……」
千穂は何と声をかけていいのかわからないといったふうで、口を開きかけて閉じた。僕は彼女を安心させるために、膝に綺麗に並べ置かれた両手をとった。千穂は一瞬びくっとするが、されるがままになっている。
「正直いって、コノハナサクヤビメのことを思い付いたのも、神社に行くっていう考えが浮かんだのも、ついさっきの出来事なんだ。だから色々調べて、行動を起こすのは少し先になるかもしれない。今すぐ何かするわけじゃないんだ。もし神社に行くことになったら、その前に必ず連絡するから。それまでの間に、千穂も何かあったら教えてほしい。千穂が知っている情報をもとにすれば、神さまとの話もしやすくなるかもしれないから」
なるべく穏やかに語りかけると、千穂は僕の手を見たまま小さく頷く。
「健太くんがそこまで覚悟を決めているなら……わかった。わたしもできることは協力する。でも、無理はしないで。危ないと思ったら、逃げていいから。小学生の頃からお話相手になってくれているだけで、わたしは十分救われている。寿命の件を何とかしたいとは思っているけれど、赤の他人の健太くんにあんまり危険なこと、任せられないよ」
「千穂は赤の他人じゃないよ」
僕は千穂の手を握る力を強くした。
「僕たちは友だちだろう? 友だちを助けたいって思うのは、普通のことなんだよ。僕は千穂に、普通の生活を送ってほしい。だから、僕が千穂を助けたいっていう気持ちも普通のものとして、受け取ってもらえると嬉しいな」
千穂が顔を上げる。わずかに目を見開き、驚いている様子だった。
「……うん。じゃあ、友だちとして、お願いしようかな。待ってるね」
「任せて。友だちの、千穂のためなら、頑張れるから」
僕は少し大げさに胸を張ってみせる。その様子に千穂はわずかに口角を上げた。ようやく彼女に笑みが戻ったことで、安心する。今日の思い付きも堀井先輩たちに報告しなければならないなと考えながら、足取りも軽く山を下りた。
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