第3章 高校生篇――イワナガヒメの呪い

21、古事記とのつながり①

「望月くん、茂源くん。ちょっといいかな」

 僕たちオカルト研究会の三人は高校生になっている。中高一貫校なので、一足先に高校生になった堀井先輩は引き続き中学棟に来て、研究会活動にいそしんでいた。今年、僕と巧真が高校一年生になったタイミングでようやく、部室ごと高校棟に移動する運びになったのだ。


 オカルト研究会は結局部員が増えていない。ずっと三人で活動を続けている。部活に昇格させるためにはあと二人メンバーを呼ぶ必要があったが、僕たちはその必要性を感じていなかった。堀井先輩以下、明らかにしたいのは咲耶家の呪いの一点のみ。世間一般が想像するオカルト研究会のように、世の怪奇現象全般を扱いたいわけじゃない。だから関心と問題意識がある必要最小限の人数さえいればいいのだ。

 とはいえ、部員が少ない以上部室が小さいのは必然。堀井先輩が揃えていた怪奇現象関係の書籍が、縦長の部屋に所狭しと積まれている。時折図書館から借りてきた本が机に置かれていたりもする。そのうちの一冊を手に取った先輩が、めいめいに活字を読んだりネット検索をしたりしていた僕たちに声をかけてきた。


「なんです?」

 先輩の近くにいた巧真がスマートフォンの画面から顔を上げる。

 中学校の三年間では、千穂に呪いの種類を多少追加で教えてもらったくらいで、はかばかしい進捗は得られなかった。だから特に咲耶家に対するこだわりが薄い巧真は、半ば惰性で部室に来ている節がある。それでも僕たちは日々、新たな情報がないかチェックを怠らなかった。

「今まで盲点だったんだけれど、咲耶家は古事記と関係がある家かもしれない」

「古事記、ですか?」

 僕は思わず聞き返す。古事記と言えば、日本神話の原典みたいなもの。怪奇現象・オカルト系の話じゃないから部室には置いていなかったはずだ。しかし堀井先輩の手には、古事記の現代語訳版があった。

「そう。ぼくも既存の妖怪なり呪いなりは探していたけれど、日本神話を調べようと思い立ったのはついさっきだよ。古文の授業で“コノハナサクヤビメ”っていうのが出てきてね。漢字は違うけど、在り様が近いかもしれないと感じて。図書館で借りてきたんだ。二人も読んでみて」

「わかりました」

 巧真が立ち上がり、堀井先輩から付箋のついた文庫本を受け取る。該当箇所は二、三ページほどのようだ。さらっと流し見した彼は、すぐに本を渡してくる。僕もぱらぱらとめくり、該当すると思しき数行を読む。


 ――天孫てんそんであるニニギノミコトがコノハナサクヤビメという美しい娘に出会い求婚し、彼女の父である山の神の許しを求めたところ、父は姉のイワナガヒメも一緒に差し出した。しかしニニギノミコトは醜い姉を嫌がり返却した。山の神はたいそう怒り、天孫の寿命は木の葉のようにはかなく短いものになってしまうと告げる。――


「これ、本当に当てはまるかもしれません」

 僕の声は興奮で震えていた。

「以前お話ししたか忘れてしまいましたが、千穂は短命の呪いを受けています。二十歳を過ぎたら急激に老化して、二十五歳の誕生日を迎える前に命を落とす呪いを。それが、コノハナサクヤビメの子孫だからという理由ならば説明がつきます。つまり呪っているのは彼女の父の山の神ということですかね」

「そうとは限らないんじゃないかな」

 震える手で返す本を受け取りながら、堀井先輩はわずかに首を傾けた。

「確かに望月くんの言う通り、短命の呪いについてはコノハナサクヤビメの父……オオヤマツノカミがかけているのかもしれない。でも直接の原因になったのは姉のイワナガヒメが父の下に返却されたからだよね。サクヤビメを恨み、子孫を種々の方法で呪っているのはイワナガヒメという可能性もある」

「二人とも、テンション上がってるところ悪いんですけど。本当に咲耶家=コノハナサクヤビメの子孫なんですかね? 音は一緒ですけど、漢字は違いますよね? それに天孫の神話ってことは、これ天皇家の話でしょ? コノハナサクヤビメの子孫って、天皇家であって辺鄙な小山に引きこもって暮らすような一族じゃないんじゃないですか」

 堀井先輩の考察に、巧真が水を差す。寿命の件もあり、僕の中では咲耶家=コノハナサクヤビメの子孫という方程式は確固たるものになっているが、先輩にとってはそうでもないようだ。わずかに頷き、机上に置いてあったA4サイズの電子パッドを手に取った。電子ペンでコノハナサクヤビメの漢字表記を記す。とりわけ“サクヤ”と読む文字に傍点を振った。


木花之毘売


「茂源くんの指摘は一理ある。確かに咲耶家とコノハナサクヤビメの漢字の綴りは違うし、古事記の物語が天皇家に繋がる系譜を描いた神話というのも事実だ。でも、一つ目の問題に関してはあまり気にしなくてもいいと思うんだ。そもそも古事記に出てくる神々の漢字は当て字っぽいものが多いし、コノハナサクヤビメは木の花が華やかに咲くように子孫が繁栄するという意味合いのようだから、咲耶家の「咲く」という字を当てるのは間違っていないと思う。少なくとも、何らかのつながりは感じるね」

「それに、ニニギノミコトとコノハナサクヤビメの間には、子どもが三人生まれてる。うち一人は天皇の子孫のようだけど、残り二人は違う。二人のうちどちらかが、咲耶家の子孫だとすればつじつまが合うんじゃないかな」

 先のページまで読み進めていた僕が言葉を継ぐ。なおも納得しきれないのか、巧真は腕組みをしてうーんと唸る。

「自分らは、二年ちょっと進捗がなかったんで、焦りがあるじゃないですか。今回もそれっぽい話が出てきたので、飛びつきたくなるのはわかりますけど。もう少し慎重に考えた方がいい気がするんですよね」

「でも、僕は古事記の説、正しいと思う。今すぐにでも千穂に確認しに行きたいくらいだよ」

「それも引っかかるんだよなぁ」

 身を乗り出す僕を指差し、巧真はきっぱりとした口調で告げる。

「だってコノハナサクヤビメの子孫なら、言い伝えとして咲耶家に残っていたっておかしくない。それを今まで健太に何も説明してないのはどうなんだ? 堀井先輩の話が正しければ、父親の山の神ないし姉のイワナガヒメが呪いの張本人なんだろう? だったらそれぐらい把握していそうなもんだけど」

「それは……千穂がお父さんお母さんに聞かされていないだけかもしれないし、僕が上手く質問していなかったから、話題にのぼらなかっただけかもしれない」


 鋭い指摘を受けて、僕は俯く。なんだか僕のコミュニケーション能力を責められているように感じたのだ。いや実際そうだろう。千穂が日本神話を知らないならまだしも、知っていて話題になっていないというのは、僕の話の持って行き方が下手だからに違いない。

 もっとうまく話を聞き出せそうな堀井先輩や巧真に同行してもらえばいいのだろうけれど、“さよなら三角、また来て四角”の一件があってから巧真は山に近付きたがらない。堀井先輩は行きたがっているけれど、千穂は僕以外の人間に会うことをためらっている様子だった。もし無理に顔合わせをして、千穂が口をきいてくれなくなったら困る。だから未だに、彼女と話すのは僕一人の役目なのだった。

 分不相応な役割なのかもしれないけれど、僕自身、千穂に直接会える機会が他の人に奪われてしまうのは嫌だ。でも、役目をしっかりこなさないと、千穂を救えないのみならず、堀井先輩と巧真の足を引っ張ることになってしまう。

「今からでも遅くないよ。望月くん、今日これから、千穂さんの所に行って来られるかな? 古事記の話、千穂さんに確かめてほしい。本も貸すよ。持参して構わないから」

「わかりました」

 ゆえにとりなすように千穂への訪問を促してくれた堀井先輩の言葉に、頷くしかない。今までできなかったとしても、今回はわかりやすい本という資料がある。これを見せれば、彼女の話を聞くのも容易になるはずだ。早速受け取った文庫本とノートを鞄にしまい、二人に頭を下げる僕に堀井先輩は再び目を合わせてくる。その瞳には、強い光が宿っていた。

「頼むよ、望月くん」

「気をつけろよ。咲耶家の地雷踏んだらやばいかもしれないからな。巻き込まれそうになったら気にせず逃げろよ」

「はい」

 先輩の頼みにはっきりと頷き、巧真の忠告に手をあげて応えてから部室の扉を開けた。まぶしいほどの夕日が射し込む廊下を急ぎ足で進む。一刻も早く、千穂に古事記の話を確かめたかった。

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