20、鈴の力②
「しゅっ、知りません!」
焦りすぎて、噛んでしまった。堀井先輩は鈴を手にしたまま、こちらに身を乗り出してくる。冷たい汗が背中を伝うのを感じた。
「望月くん。君が咲耶家の近所に住んでいることを聞いた時から疑問に思っていたんだ。今からする質問に、正直に答えてほしい」
「……」
イエスともノーとも言えない僕に構わず、先輩は真っすぐ視線を向けてくる。瞳すれすれに切られた前髪の下から、鋭い眼差しが覗いてくる。まるで、僕の心の中を見透かすかのように。
「望月くんは、将門……僕の従弟のことを、知っているね?」
「……はい」
「そして、なぜ死んだかも、知っているんじゃないのか?」
「……」
「どういうことですか? もしかして鈴を持っていた健太がきっかけで、従弟さんが死んだって疑ってるんですか?」
口を開けない僕に代わって、巧真が横から疑問をぶつける。堀井先輩は視線だけを彼のほうへと向けた。
「うん。いくら咲耶家の近所に住んでいたとはいえ、家に直接近づいたり、“守りの呪い”を身に付けている人が傍にいない限り、呪いによる攻撃を受けることはない。僕の従弟は自信過剰なところはあったけれど、焼け死ぬまで森の中に佇んでいるほど馬鹿じゃない。となると、“守りの呪い”である鈴を手にしていた望月くんと何かあったんじゃないかと考えるほうが自然だ」
先輩は視線を僕のほうへと戻した。
「いまの時点で、咲耶家と接点のある人間は望月くんだけのようだし。ぼくの従弟と望月くんは同い年だ。おまけに将門はちょっと乱暴なところがあった。少しでも嫌なことがあったらすぐ人を殴ってしまうくらいにね。……そんな将門と咲耶家、両方と接点がある望月くんを疑いたくなるのは自然の流れ。そう思わない?」
僕はごくりと唾を飲み込む。この状況を、どうやって切り抜けたらいいのか全く思いつかない。やはり僕は、対人コミュニケーションが苦手だ。今僕を疑っている堀井先輩のことを、何と言えば納得させることができるのか全然わからない。
「もし答えを知らないというのなら、望月くんがぼくを殴ってみる? さすがに咲耶家と関わりがない茂源くんにやらせるのは可哀想だし」
「それは、嫌です」
「なぜ? 持ち主を攻撃されたとき何が起きるのか、知らないなら実験してみないとわからないよ?」
「持ち主を攻撃されたらどうなるのかは、わかりません。でも、鈴を攻撃した人は死にます」
堀井先輩はわずかに眉を上げた。
「今のは、さっきの質問に対する答えということでいいのかな?」
「……はい」
「ちょっと待ってください。さっきの質問って、従弟さんが死んだ理由を知ってるかってやつですよね? つまり、健太のせいで従弟さんが死んだってことですか?」
勢いよく身を乗り出した巧真が、堀井先輩に詰め寄りつつ視線をちらりとこちらによこす。その目には、懐疑の色が浮かんでいた。
「そう考えるのは早計だよ、茂源くん。ぼくは、望月くんのせいというよりは、鈴の呪いが意図せず発動したことによる事故だと予想している。ここまで来たら話してくれるよね。将門が亡くなった日、彼の身に何が起きたのか」
僕はすっかり観念していた。鈴の呪いによって親族の命を奪われた堀井先輩を前にして、嘘をついたり誤魔化したりすることはできない。しかし、鈴にとりつかれていたとはいえ僕自身の身体が大将――堀井 将門――を手にかけたと言うことは流石にためらわれた。それこそ巧真に、いや二人に人殺し扱いされかねない。
だから僕は、大将に言いがかりをつけられて鈴を壊されたこと、落ちた鈴を手に取った瞬間に鈴が黒く染まり、中から人影が現れたこと。人影が巨大化して大将の身体を掴み、首を絞めたことを話した。鈴から出た影が僕の身体を操ったことは伏せておく。
「目の前で見ていて、止められなかったのかよ、健太は」
全て話した後、巧真がぽつりと言葉を零した。
「自分の身体が、いうことを聞かなくて。動けなかった」
「でも目の前で人が殺されるところをみてるのって、人殺しと同じじゃないか」
「茂源くん」
なおも言い募ろうとする巧真を手で制して、堀井先輩は僕たち二人に語りかけるように口を開く。
「望月くんのいうことが正しければ、おそらく周囲の人が手出しできないのも鈴にかけられた呪いの一環だ。従弟を殺したのは、人間同士のトラブルじゃない。人間と、人間ならざる力の間で起きたことだ。第三者が手出しできなかったとしても、不思議じゃない」
「でも、健太は鈴の持ち主だったんですよね? それでも干渉できないってこと、あるんですかね」
「あるよ」
堀井先輩は即答する。
「思い出してごらん。“さよなら三角、また来て四角”の歌は、咲耶家の意志に関わらず無差別に発動していたよね。それと一緒で、鈴自体には攻撃してくる者と守る対象の者という区別しかないんじゃないかな。だから、攻撃は自動的に行われて、守る対象として認識されている人はむしろ守られる側だから、鈴のはたらきを止めることはできない」
堀井先輩の言葉に内心で頷く。鈴の影が僕の中に入り込んできたとき、僕自身の意志や力ではどうしようもなかった。大将に対する恨みが全くなかったかと言われれば嘘になるが、殺そうとまで考えていたわけじゃない。でも、僕の中で蠢く黒い鈴の力は大将の首を迷いなく絞めた。あの事態を止めることができたのかと問われれば、大将に見つからないように鈴を隠しておくべきだったという答えしか出てこない。
「ぼくは、望月くんを責めるつもりはないし、警察に突き出すつもりもない。むしろ望月くんは咲耶家の人に鈴を持たされた、一種の被害者だからね。将門のこと、教えてくれてありがとう」
「いえ……巧真のいうとおり、目の前で止められなかったのは事実ですから」
浅く頭を下げてくる堀井先輩に対し、僕は首を横に振る。大将の親族に責められこそすれ、感謝される筋合いは僕にはない。にもかかわらず、先輩はお礼をいってきた。その意図が僕にはわかりかねている。
「いいや。これで、将門に危害を及ぼしたのが咲耶家の“守る呪い”であることがはっきりした。ぼくが撲滅したいと願う対象がわかったんだよ。あとは、それをどうやってなくしていくかを考えればいい。望月くんがぼくのところに来てくれたおかげで、一気に考えがまとまったよ」
堀井先輩の目は、心なしか輝いているように見えた。
「ぼくは引き続き、“守る呪い”の種類を明らかにして、それらをなくすための方法を考える。さっきは望月くんがぼくたちに頼んでいたけれど、今度はぼくから二人にお願いしたい。ぼくの活動を、二人には手伝ってもらいたい。特に望月くんには、咲耶家の人から“守りの呪い”について詳しく聞き出すこと、オカルト研で提唱した仮説が正しいか確かめてもらう役割をしてもらえると助かる。個人的な動機ではあるけれど、二人とも、協力してくれるかな」
「もちろんです。僕は、目の前で咲耶家の呪いが発動するのを二回見ました。根本的には千穂……咲耶家の子を助けたいという思いは変わりませんが、呪いを解除することによって彼女を助けることができるのであれば、近所に住む皆にとっても一番いいと思います。ぜひ、お手伝いさせてください」
僕は深く頭を下げる。鈴が絡んだ大将の件が知られてしまった以上、僕には協力しないという選択肢はない。それに先輩の目指す呪いの解除は、長期的には僕の目的――千穂を救い、普通の生活を送ってもらうこと――にもつながる。決して嫌々ではない。能動的に、心から協力したいと思う。しかし巧真はどうだろうか。彼に視線を移すと、渋い顔をして僕と堀井先輩を交互に見やっていた。
「正直、自分は命の危険があることは、あんまりやりたくないです。堀井先輩や健太と違って、何よりも優先してそれに取り組みたいっていうほどの熱意はありません。でも、“さよなら三角、また来て四角”みたいな無差別に人に被害が出る類の呪いが解除できるっていうなら、やってみたいっていう気持ちもあります。首を突っ込んだ以上、最後まで見届けたいとも思いますし」
「そうか。茂源くんはそれでも十分だよ。……じゃあ二人とも、これからもオカルト研究会をよろしくね」
「「はい」」
僕と巧真の声がぴたりと重なる。僕たち三人は、再び協力して咲耶家の呪いを解くことで意見が一致したのだった。
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