19、鈴の力①
「守る呪いでいうと、ぼくはまずこの鈴のことが気になっている。一番ぼくたちの身近にあって、こうして手に取れる存在でありながら、咲耶家の“守る呪い”がかかっているアイテムだからね」
「確かに。でも、“さよなら三角、またきて四角”と同じカテゴリーって考えると嫌ですね」
「そこだよ」
堀井先輩はわずかに身を乗り出す。
「鈴はいま、持ち主が望月くんになっているから、彼には呪いがかからないようになっている。具体的には、家の前をうろうろしている獣が寄ってこなくなるし、“さよなら三角、またきて四角”を聞いても身体が焼ける感覚になったり、服が焦げたりしなかった。望月くん、その理解で合っているよね」
「はい。そうです」
「てことは、持ち主を守ってくれるっていうなら、この中の誰が持ってても結果は同じになるんじゃないんですか? 例えば、あの歌を聞いた時鈴を手にしていたのが堀井先輩だったら、制服が焦げずに済んだのは先輩だったかもしれない」
巧真の指摘に、僕は千穂から鈴を貰った時のことを思いだした。
「たぶん、巧真のいう通りだ。僕は、千穂が身に付けていた鈴をそのまま譲り受けたんだ。だから、元々は千穂のものだったはず。それが今は、僕が持っていることで僕に対して力が発動しているんだと思う」
「やっぱそうだよな」
うんうんと頷いている巧真の横で、堀井先輩は鈴を高く掲げてみせる。
「“さよなら三角、またきて四角”の歌は、咲耶家の敷地に対して発動していた。ゆえに身内と判断された望月くんには、歌が効かなかった。それじゃあ鈴にかけられた呪いは、どのようにして望月くんのことを守っているのだろう」
「少なくとも、あの歌ほど攻撃的な印象はないですけどね。今のところ、ですけど。鈴ですし、音で守ってるんじゃないんですか?」
「僕も、そう思う。よくクマよけの鈴とかってあるし、その類なんじゃないかな」
巧真の話に同意を返す。実際には壊した大将に対し、過剰なまでの制裁を科したのがまさにこの鈴なので、“さよなら三角、またきて四角”の歌に勝るとも劣らない呪いがかかっているのを知っているのだが。今それを言うわけにはいかない。
「もちろん、茂源くんと望月くんがいうとおり、鈴の音色に特殊な呪いがかけられていて、獣を寄せ付けないというのは考えられるね。呪いなんて関係なく、獣が嫌がる音なのかもしれない。でも、“さよなら三角、またきて四角”の歌が聞こえたときに健太くんだけが守られた理由としては弱いように思うんだ」
「え、でも咲耶家の人がつくった鈴なんですよね? 音で聞き分けられるんじゃないんですか?」
巧真が呈した疑問に、堀井先輩は首を横に振る。
「歌の呪いは、咲耶家の近く、特定のエリアに入ったら自動で発動するものだと僕は考えている。二十四時間、住人が家の周りを見張っていて歌を歌っているとは考えにくいからね。きっと歌声も、咲耶家の人が歌っているわけじゃなくて、呪いの一種として吹き込まれたものなのだろう。そんな半自動的に、システム的に反応する呪いが、鈴の音だけで咲耶家の人の存在を聞き分けられるだろうか?」
「でも、聞き分けられたからこそ、健太は無事だったわけですよね」
「いや、結論から言うと、音だけではない何かが、この鈴にはあると思うんだ」
堀井先輩は鈴を軽く左右に振ってみせた、チリンチリン、と涼やかな音色が教室に響き渡る。
「咲耶家の人か、そうではないかを識別する能力は鈴自体にはない。ただ持ち主を咲耶家の“守る呪い”から守るだけだ。とはいえその鈴自体も、“守る呪い”の一種なはず。となると、“守る呪い”同士が攻撃しあわないように、何かしらの措置が仕込まれていると考えた方が自然だ。そうすれば、鈴を持っていた望月くんが“さよなら三角、またきて四角”の歌に攻撃されなかった理由も説明できる」
「なんか、よくわかんなくなってきました……すみません、自分もあんまり頭良くなくて」
巧真が気まずそうに顔をそらす。確かに、堀井先輩の言葉には“守る呪い”というフレーズがたくさん出てきてややこしく感じられるが、先輩が言いたいことはシンプルだ。
「音が鳴るという鈴としての機能以外に、“守る呪い”同士が互いを識別できるような特徴を、この鈴がもっているということですよね?」
「そういうことだね。もっとも、それが何なのかは今の状態ではわからないのだけれど」
堀井先輩はもう一度、鈴を振る。やはり澄んだ音色が響くだけで、何も起こらない。
「この部屋には咲耶家を直接攻撃しようとしている人がいないから、鈴が反応しないのは当たり前だよね。だったら、もし鈴の持ち主――いまならぼくになるんだろうけど――が攻撃されたらどうなるんだろう?」
「やっぱり、持ち主を守ろうとするんじゃないんですかね? 鈴が不快な音を出すとか」
フリーズしていた巧真が復活して早速、意見を述べる。見た目に違わず、中々に打たれ強いようだ。
「それも、可能性としてはありえるね。獣はそうやって除けているのだろうからね。たださきほどぼくが言ったように、“守る呪い”同士が識別できるような、特別な力を持っていたらどうだろうか」
「鈴の音色以外の方法で、攻撃してくる可能性がある、ってことですか」
「うん」
僕の回答に、堀井先輩は肯定を返してくる。ここまでくると、先輩は大将の事件について何か知っているんじゃないかと思ってしまう。そんなはずはないのだが、表情を変えずに淡々と推理を展開していく先輩が怖い。
「茂源くん、試しにぼくをどついてみてくれないか? そうしたら、この鈴がどんな力を持っているのか、一端を確かめることができる。もしかしたら何も起きないかもしれないけれど、その場合は鈴自体を攻撃してみるのも手かもしれないね」
「えっ、でもそれ、危なくないですか? “さよなら三角、またきて四角”と同じ種類の類の呪いがかけられてるっていうんなら、最悪自分が死ぬんじゃ……」
「そうですよ! 鈴をもっているとき、僕は最大限、注意を払って生活していました。ここで巧真が堀井先輩を攻撃して、鈴が過剰に反応したら、取り返しのつかないことになりますよ」
攻撃した後のリスクを懸念する巧真に便乗して、僕は強く反対の意を唱える。鈴をもっている人自体が攻撃されたらどうなるのかはわからないけれど、最悪の場合大将の二の舞だ。僕が見ている前で、そんな事態を起こすことは避けなければならない。
「取り返しのつかないことになる、ね」
堀井先輩は僕の言葉を反芻し、顔だけこちらに向けた。
「まるで望月くんは、鈴を攻撃したら何が起きるのかを知っているみたいな物言いだね」
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