18、専守防衛②

「……ということなんです」

 おなじみとなりつつある部室にノートと鈴を置いて、僕は昨日千穂とした話を堀井先輩と巧真に説明した。ノートを覗き込んでいた先輩は身体を戻し、視線を鈴へと向ける。

「つまり、咲耶家には自宅を攻撃してくる呪いと、それを退けるための守る呪いの二種類があって、獣除けの鈴も守る呪いの一種。そういう理解でいいのかな」

「はい、そうだと思います」

「あと自分らが家の近くで聞いた“さよなら三角、また来て四角”の歌も、守る呪いっていうことになるよな。その分け方だと」

「うん。そうだね」

 先輩と同じく身を乗り出していた巧真は、反動を使って椅子にもたれかかる。

「じゃあ結局、俺たちに害を与えてきた呪いは、ぜんぶ咲耶家にとってみれば守る呪いで、過剰防衛だったってことか」

「でも、千穂は守る呪いはすべて、攻撃してくる呪いに対応するために必要なんだって言ってたんだ。だから千穂たちにとって、守る呪いは過剰じゃないんだよ」

「専守防衛だ、と咲耶家の子は言いたいわけだね」

 堀井先輩が静かに会話に割って入る。


「なんでしたっけ、専守防衛って。攻撃されたらその分お返しする的な感じ?」

「似ているけど、少し違うね。専守防衛というのは、ひたすら防御に徹して、相手から攻撃されたときにはじめて反撃する防衛方法を指す。反撃の内容も、己の身を守れるだけの、必要最小限に留める必要があるんだ。望月くんの話を聞く限り、咲耶家の子は守る呪いをそういったニュアンスで受け止めているように感じるよ」

「でも、自分らは何もしていないのに咲耶家の守る呪いに攻撃された。これって専守防衛とはいえなくないですか?」

 巧真の指摘に、堀井先輩は頷く。

「そうだね。ぼくも咲耶家の守る呪いは過剰だと思うよ。だからこそ、従弟は意図せず巻き込まれて死んだ。咲耶家を攻撃する呪いは、咲耶家にしか影響を与えないんだろう。だから僕たち一般人が巻き込まれるのだとすれば、守る呪いのほうだ」

「でも、千穂は攻撃する呪いのほうに困っているんです!」


 堀井先輩も巧真も、何となく千穂を非難しているような口ぶりだ。ここは千穂と直接話をしている身としては、反論せざるを得ない。しかし堀井先輩は僕のほうに視線を移したものの、無表情のままだ。

「確かに、咲耶家の人間からすれば、そういうものの見え方になるだろうね。攻撃してくる存在がいるから、自分たちは防御しているだけだと」

「そうです! だから、まずは攻撃してくる呪いのほうをなんとかしないといけないと思うんです。でないと、千穂のことは救えません」

「望月くん」

 先輩は表情を変えずに、僕のほうへ身体ごと向き直る。

「ぼくは、咲耶家の人を助けたいんじゃない。咲耶家が放っている過剰な呪い……君の整理したところによると“守りの呪い”をどうにかしてなくすことで、一般人への被害をなくしたい。そこは勘違いしないでもらいたいな」

「でもっ、“守りの呪い”を解除するためには、攻撃してくる呪いのほうを何とかしないといけないって、千穂が」

「それは咲耶家の子がそう言っているだけだろう? 実際には、客観的に見たら明らかに、守りの呪いが過剰すぎる。ぼくたちが体験した通り、家に近付いただけで焼き殺されそうになるくらいにね。今のままでは、被害は僕の従弟以外にも及ぶ。そうなる前に、何とかして手を打ちたい。それがぼくの考えだよ」

「でも……」

「自分も、堀井先輩の意見に賛成です」

 巧真が、脇から口を挟んでくる。

「だって自分らに直接被害が出る可能性があるのって、守る呪いのほうじゃないですか。攻撃する呪いに対応するだけの最小限に留めてもらって……専守防衛? でしたっけ。そうしてもらいさえすれば俺たちまで攻撃される可能性はなくなるわけですから。自分は、自分の身の安全を確保したくてオカルト研に入ったんです。いち家族が配慮してくれるだけで安全になるっていうのなら、ぜじ実現させてもらいたいところですね」

「巧真まで……」

 二人の突き放したような言い方に言葉を失い、僕はうろうろと視線を彷徨わせた。


「そもそも健太は、なんでそんなに咲耶家の肩を持つんだよ? 自分らの中で健太の家が一番、咲耶家に近い。守る呪いの大きさとか、被害のでかさとかは、おまえが一番強く実感しているんじゃないのか?」

「千穂と、小さいときに約束したんだ。……呪いの謎を解くって」

「そりゃまた無責任な約束だな」

「茂源くん。言いすぎだよ」

 静かにたしなめる先輩に、僕は首を横に振って見せる。

「いいんです。確かに、千穂のことを何も知らなくて、でも困っているなら助けたいと思って、その一心で交わした約束でした。できるかもわからない、無責任な約束に聞こえたかもしれません。でも、オカルト研究会で堀井先輩と巧真に会って、希望を感じたんです。もしかしたら、僕たち三人で力を合わせれば、千穂との約束を果たせるかもしれないって」

「もう一度言うけれど、ぼくは咲耶家の人を助けたいとは思っていないよ。ただ、自分の周りの大切な人が、咲耶家の呪いのせいで命を奪われるような事態が二度と起こらないようにしてほしいだけだ」

「でも、呪いを解きたいっていう思いは一致しているじゃないですか。僕はそんなに頭も良くないし、話も上手じゃない。この学校も必死で勉強してようやく受かったんです。もし先輩と巧真に手伝ってもらえれば、呪いが解けるかもしれない。とにかく、僕は千穂との約束を守りたいんです。そのために、オカルト研に入りました。だから、たとえ目的が少し違うのだとしても、一緒に、呪いを解くのを、頑張りたいです」

「健太……」

 今度は巧真が返答に困ったように、視線を彷徨わせている。咲耶家について当事者ではない巧真としては、千穂たちに深い思い入れを持つことは難しいだろう。僕の考えを理解することもできないかもしれない。それでも、言わずにはいられなかった。


「望月くんの考えはわかったよ」

 短くない間を置いてから、堀井先輩が口を開いた。

「確かに、ぼくと望月くんの考えは違うようだ。でも、咲耶家の呪いを解きたいという思いはぼくも同じだよ。守る呪いを解くための過程で、君が解きたいという攻撃する呪いの解き方もわかるかもしれない。それでもいいなら、ぼくは君に協力できると思うよ」

「はい」

 僕は神妙な面持ちで頷くと、堀井先輩は頷き返して卓上に置いていた鈴を手に取った。

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