17、専守防衛①

「むかし、守りの呪いの話はしたよね? あれは、悪意のある人間から護るっていう意味もあるけれど、それ以外の意味もあるんだ」

 千穂は、膝に置いた握りこぶしにぎゅっと力をこめる。

「わたしたちの家は、呪いをかけられているの。わたしたちのことをよく思わない存在から」

「呪いを、かけられている? 誰から?」

 あいまいな言い方に聞き返すと、千穂はわずかに首を傾げる。彼女もよくわかっていないようだ。

「ひとりの、特定の人間じゃない、と思う。わたしが生まれる前、うんと昔から、呪いをかけられ続けているみたい。もしかしたら、寿命が短いのもそのうちのひとつかも。だから、わたしたちは家にたくさんの守りの呪いをかけて、まじないによる攻撃から身を守ってるんだ」

「つまり、千穂の家の周りには、千穂たちを攻撃する呪いと、守るための呪いの二種類があるっていうことなんだね」

 僕の整理に、千穂は頷く。


「うん。どんなひと、どんな存在が呪いをかけてきているのかはわからない。でもそれがあるせいで、わたしたち家族は家の周囲から身動きがとれない。山の中なら、呪い除けが多少効いているから短い時間だったら平気だけど」

「じゃあ、いま僕と千穂が話しているのは、大丈夫なんだね」

 少しほっとして、僕は確かめる。僕と話すのに千穂がリスクを冒しているなら、会話の長さを見直さないといけないからだ。できればずっと話していたいけど、それが彼女の身に危険を及ぼすことになるなら、考え直さなければならない。千穂は僕を安心させるように、かすかにほほえみ頷いた。

「うん。ここの小屋は、家屋の中ほどじゃないけれど守られているから。丸一日とか、それ以上になったら少し危ないかもしれないけれど、健太くんと話す間くらいなら、全然問題ないよ」

「そっか。よかった」

「うん」

 千穂はもう一度頷いて、入り口のほうへと視線を向ける。


「だからね。守る呪いを少しでも減らして、健太くんのいう「普通の人みたいな生活」を送れるようにするには、攻撃してくる呪いをなくさなくちゃならないの」

「そのためには、どうすればいいの? 例えば、呪いをかけている人を見つけてやめさせるとか」

 自分で言っていて甘い考えだなと思ったが、案の定千穂は首を横に振った。

「さっきも言ったけれど、たぶん呪いをかけてくる存在は、特定の個人じゃないと思うの。誰か一人がやっているんだったら、その人が死んじゃったら呪いも終わるでしょう? でも、わたしの家にかけられた呪いは、ずっと昔から続いている。まとまった組織か、あるいは人間じゃないか。どちらかしか考えられない」

「人間じゃ、ない?」

 思いがけない言葉に、おうむ返しに問い返す。たとえ個人じゃないとしても、相手が人が集まってできた組織ならば、話せばわかってもらえる部分もあるかもしれないと思っていた。でも、相手が人間じゃないなら、果たしてそれは可能なのだろうか。千穂は僕の考えを読んだかのように、小さくため息をつく。


「わたしは、家を呪ってくる相手は人間じゃない存在だと思ってる。だってわたしの家は、有名人はいないし、特別お金持ちっていうわけでもない。長い間他人に恨まれるようなことをしてきた覚えはないもの。あと相手が人間なら、わたしの先祖が何かしらの行動を起こしているはず。それができていないなら、相手は人じゃない何かだとしか思えない」

「もし、そうだとしても……。人じゃない存在が、なんで千穂の家を狙うの? 相手が何者だとしても、攻撃してくる理由は何かあるはずだよ」

「それは、わからない」

 千穂は顔を下に向けた。彼女の悲しそうな顔が僕は苦手だ。なんて声をかけたらいいのかわからなくなる。でも、千穂はすぐ表情を改めて、僕と目を合わせた。

「わからないけど、わかりたいと思ってる。多分攻撃する呪いが、寿命にも関係しているから。もし攻撃してくる存在が何者なのか、なぜ攻撃してくるのか理由がわかればきっと、呪いをやめさせるヒントが見つかる。わたしはそれを探したい」

「僕もだよ。……僕ひとりじゃ力不足かもしれないけれど、オカルト研究会の二人も手伝ってくれる。僕たち四人で、その存在を見つけよう」

「うん」

 彼女は力強く頷いてくれた。僕たちの言葉には力がこもっているけれど、実際にはなんのあてもない。なぜ千穂の家が攻撃されるのか、当の本人である千穂がわからないのであれば、僕には皆目見当もつかないのだ。でも、希望がないわけじゃない。


 オカルト研究会の三人で咲耶家の近くまで行き、それによって攻撃する呪いと守る呪いの二種類があることを、千穂に教えてもらうことができた。この調子で少しずつ、疑問点をみつけては千穂に確かめて、情報を集める。そうすれば、たとえ相手が人間じゃない存在なのだとしても、いつかは攻撃してくる相手に手が届くのではないだろうか。

 きっと千穂の先祖にも、同じことを考えた人はいただろう。でも、彼らは僕のような部外者と接する機会がなかったはずだ。千穂は家の中から、僕たちは外からものを見ることで、わかることがあるのではないだろうか。少なくとも僕はそれを信じて、前へと進んでいくしかない。

「じゃあ、今日はちょっと長くなっちゃったけど。教えてもらった話、オカルト研究会の二人にしてもいいかな? 研究会に持ち込んで、皆で考えたいんだ」

「もちろん、いいよ。結果も含めて、二人についてもまた教えてね。健太くんの話を聞いて初めて、わたしは学校がどんなところなのかって知ることができるから」

「僕の中学校は男子校だから、千穂が行けるような学校とはまた少し違うだろうけれど」

 照れ隠しにそんなことをいうと、千穂は首を横に振る。

「でもいいの。どっちみち、わたしには行けない場所だから。どんなふうに一日を過ごして、どんな人たちがいて。それがわかるだけでも、わたしの世界は広がる。それだけで、ずいぶん救われているんだよ。健太くんにはもっと感謝しないといけない」

「いいよ、お礼なんて。僕も好きでやっていることだし」

 僕が手を左右に振ると、千穂はにっこりと微笑んだ。僕の好きな、彼女の笑顔だ。

「じゃあ、また今度。小屋で待ってるね」

「うん。今日はありがとう」

「こちらこそ」

 小屋の前で手を振る彼女に手を振り返して、僕は山を下りていく。小学生の頃と違い、僕には仲間がいる。明日は、いました話を皆に相談しなければ。

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