16、呪う家②

 僕はおそるおそる、くだんの歌詞が書かれたノートを千穂に差し出していた。彼女はいまのところ何も言っていないけれど、無断で咲耶家の近くに向かったことが知れたら不快に思われるかもしれない。僕は彼女に怒られたくない。

「歌が聞こえてきたら、僕の前後を歩いていた先輩と巧真……同級生の腕が熱くなったって言って、服が焼け焦げたみたいになったんだ。でも僕はなんともなかった。だから、この歌は前千穂が教えてくれた、守りの呪いなんじゃないかって思って」

「それが知りたくて、歌詞を書き起こしてきたの?」

「……うん」

 千穂の声のトーンは変わらないので、怒っているのかわからない。数拍の間をおいて、彼女はゆっくり息を吐きだした。


「健太くんのいうとおり、歌は守る呪いのひとつだよ。健太くんにあげた鈴と違って、咲耶家全体を守るための呪い。咲耶家の人の案内なしに家に行こうとすると、発動する。誰も家に近付かせないために。だから、わたしが守ってもらうためには、家の中にいる必要があるの。今いる小屋くらいまでならまだいいけど、小山の外に出ることはできない」

「どうして、そんなに守らなくちゃいけないの? そりゃ、嫌な人が来たら困るだろうけど。たとえば僕の家は、鍵をかけているだけだよ。家族の誰かが開錠すれば、簡単に中に入れる」

「それと同じ。わたしの家だって、わたしたち家族と一緒にいけば、中には入れる。外に知り合いなんてほとんどいないけどね」

「でもっ」


 寂しげに笑う千穂を見て、いつもなら返す言葉を失っていたと思う。でも脳裏に浮かんだ堀井先輩と巧真の顔が、僕の背中を後押しした。

「千穂が、寿命が短くて大変なのは知ってる。でも、だからって、近づく人を殺してしまうほどの強い呪いが必要な理由が、僕にはわからないよ。だってそれは、近づく人間を全員敵だって見なしてることになるでしょ? 確かに、咲耶家のことをよく思っていない人はいるかもしれないけど、みんながみんなそうじゃない。どうしてそこまで、他人を拒むの?」

 悲し気な千穂の笑みが、より深くなった。

「健太くんは、優しいね……友だちとか先輩がわたしたちのせいでひどい目に遭っても、まだわたしたちの側に立って考えてくれるんだね」

「そりゃ、そうだよ。だって僕は、千穂を助けたいから」


 いくら生き残るために守りの呪いが必要だからといっても、今の状態では千穂は友だちもろくにつくれないし、外を自由に出歩くことだってできない。それでは寿命の問題が解決したとしても、助けたとはいえない。彼女を助けるためには、根本的に呪いを解かなくてはならないんだ。じっと千穂の顔を見つめていると、彼女は困ったように顔をそむけた。

「ごめんね、健太くん。わたしもまだ小さいから、呪いが何で必要なのか、詳しくは教えてもらえてないんだ。でも、この歌の歌詞の意味なら少しはわかる。お詫びにというわけじゃないけれど、それだけは教えられる」

 千穂は手にしていたノートを横に向けて、二人で見られるようにした。僕がのぞき込むと、彼女は歌詞が書かれたページを示した。


 さよなら三角 またきて四角

 四角は爪 爪は白い

 白いは目玉 目玉は跳ねる

 跳ねるは魂 魂は青い

 青いは炎 炎は揺れる

 揺れるは心 心は消える

 消えるはいのち いのちは光る

 光るは燃やされのぼるひと


「三角が人以外の獣、四角が人を表しているの。四角から連想されるのがヒトの特徴。白い爪をもっていて、目玉はわたしたちの存在に驚いて跳ねる。魂は高熱をもっているとわたしたちは考えているから、青く輝く。

 魂の熱に共鳴して人を焼く炎が現れ、揺れる。揺れる炎は心を燃やして消し去る。心が消えたらいのちも消える。消えたいのちは燃やされることで天へと昇る。昇った人は小さな空気中のごみになって漂い、雨になって戻ってくる。だから「またきて四角」に帰ってくる。だいたいは、そういう意味だったと思う」

「じゃあ、のぼるっていうのは、天に“昇る”っていう意味なんだね」

「うん。でも、よく書き起こせたね。この歌を聞いている間はずっと、身体が焼かれてすごく痛いはずなのに」

 僕にノートを返しながら不思議がる千穂に、用意周到な堀井先輩のことを教える。

「先輩が、歌が聞こえた段階からICレコーダーで録音していたんだ。それを後で聞いて、僕が書き起こした。何度も繰り返し同じ言葉が続くから、書き起こすのは難しくなかったよ」

「そっか。……でも、今までそんなことをしようとした人はいなかったから」

 千穂はなおも感心したように頷いている。


「僕だけじゃ、ないんだ」

 本当は、僕が千穂を守ると、かっこよく言いたかった。でも、堀井先輩の準備の良さ、巧真の思い切りのよさに僕は敵わない。だから、正直に現状を告げる。

「オカルト研究会の先輩も、巧真も、咲耶家のことを気にしているんだ。細かい目的とかはおのおの違うかもしれないけれど、みんな、咲耶家の呪いがなくなって、皆で安心して暮らせればいいなって考えてる。だから僕たちは三人で、学校の勉強もして、呪いを解く手がかりを見つけたいんだ」

「三人寄れば文殊の知恵、っていうもんね。心強いね、それは」

「うん。だから、千穂にもお願いしたいことがあるんだ」

 僕はすこしお尻をずらして、千穂のほうへとお尻一個分近づいた。

「千穂には、家にどんな呪いがかけられているのか、なぜその呪いが必要なのか、わかる範囲でいいから教えてほしい。そうしたら僕と、先輩と巧真で呪いの意味とか、他に千穂たちを守れる手段がないか考えられる」

「うん。そう、だね」

 千穂はぎこちなく頷く。

「わたしは、健太くんと会うまで自分の家族としか話したことがなかった。それが普通だと思っていたし、父さん母さんの言葉が絶対だった。でも、家の呪いについて、咲耶家じゃない人が考えた方が、新しいアイデアが出てくるのかもしれないね」

「そうだよ」

 僕は力強く身を乗り出した。


「寿命のことだって、家系的に代々そうだからってあきらめちゃだめだ。そっちについても、少しでも分かったことがあったら教えてほしい。僕も一緒に考えるし、それでもわからなかったら先輩とか巧真にも話してみる。皆で考えたら、きっといい解決策が見つかるよ」

「うん。寿命のこと、わたしは諦めない」

 千穂の瞳にようやく、強い光が灯った。会って間もないころに聞いた寿命の話は、やはり彼女の中でかなり重いウエイトを占めているようだ。家の呪いは生まれつきで、千穂にとっては直接害があるわけではないから慣れてしまっているのかもしれないけれど、そう遠くない未来に自分の命が奪われてしまうとなれば話は別だろう。

「わかった。家の呪いのこと、いまわかる範囲だけでよければ少しだけ、話すね。それで色んなことが解決するなら」

「ありがとう」

 彼女が話してくれる決心をしたことにほっとしながら、僕も居住まいをただした。

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