15、呪う家①
「揃ったね」
部室に到着したのは、僕が一番最後だった。先に来ていた二人はすでに鞄を下ろして、右側に並んで腰かけている。僕は彼らの向かい側の椅子を引いて鞄を置き、その隣に座った。それを見計らったかのように、堀井先輩が小ぶりな機械を取り出す。
「なんですか、これ?」
「ICレコーダー。昨日、山に登った時に歌が聞こえたよね。それを一応、録音してみたんだ。ちゃんと撮れているかはわからないけれど」
さすがひとりでオカルト研究会を続けてきただけのことはある。用意周到だ。僕はあのとき、自分の身には何も起きなかったにもかかわらず慌ててしまって、何もできなかった。しかし、歌詞を改めてしっかり聞けば、呪いについてわかることがあるかもしれない。
「歌って、自分らの制服が焼け焦げたときに聞こえてたやつですよね? いま流して、また同じ目に遭ったりしないですよね。自分、あのあと家に帰って、母さんにめちゃくちゃ怒られたんですよ。入学早々、なにしてるんだって」
「それは、わからない。歌自体に力があるなら、同じことが繰り返されるかもしれない。でも特定の場所で発動するように仕掛けられたものならば、今流してもただの音だよ。それも含めて確かめたいんだ」
「であれば、僕はなるべく歌詞を書き留めるようにしますね。鈴をもっているので、昨日と同じことが起きても僕は大丈夫なはずなので」
僕の提案に、堀井先輩は小さく頷く。さっそく、家から持参した咲耶家のことをまとめているノートを取り出し、新しいページを開いた。巧真は少し嫌そうな顔をして、ICレコーダーを見つめている。
「昨日みたいなことが起きなきゃいいんですけどね」
「ぼくもそう願うよ。じゃあ、始めるね」
巧真も嫌なりに、昨日の真相は明らかにしたいと考えているようだ。堀井先輩の言葉に抗うことはせず、席を立つ様子はない。僕も改めて、小型の機械に注視する。
鞄の中に入れていたのだろうか。布がこすれるような音がした後に、女性の歌声が聞こえてきた。堀井先輩が前進するごとに、声はだんだん大きくなっていく。歌詞は繰り返しで、短い歌を何度も歌っているようだった。
さよなら三角 またきて四角
四角は爪 爪は白い
白いは目玉 目玉は跳ねる
跳ねるは魂 魂は青い
青いは炎 炎は揺れる
揺れるは心 心は消える
消えるはいのち いのちは光る
光るは燃やされのぼるひと
「望月くん、書けた?」
「はい」
僕は力強く頷く。途中、巧真の「熱っ」という声なども入っていたが、歌詞の部分はばっちり聞き取ることができた。書き留めたノートを二人に向けて示すと、揃って身を乗り出すように覗き込んでくる。
「さよなら三角、またきて四角って、どこかで聞いたことあるフレーズなんですよね……なんだったかな」
巧真は早速自分のスマートフォンを開いて検索をかけている。程なくヒットしたらしく、ひとりで頷きながら画面をスクロールさせる。
「わらべ歌っていうか、昔からある言葉遊び歌みたいですね。歌詞はだいぶ違うみたいですけど。健太、ちょっとシャーペン借りてもいいか?」
「うん」
僕が今まで使っていたシャープペンシルを差し出すと、巧真は「爪」「目玉」「魂」「炎」「心」「いのち」「燃やされ昇るひと」に下線を引いた。
「今線を引いた部分が、ネットに載っている単語とは違うみたいだ。地域によって変わるとは書いてあるけど」
「きっと、咲耶家のオリジナルだろうね」
堀井先輩はノートに書かれた歌詞を、指でゆっくりとなぞった。
「今茂源くんが線を引いた言葉は、すべて身体に関するものか、ぼくたちが体感した炎・熱さに関係するものだね。おそらくこれらがキーワードとなって、ぼくたちの身体が燃えているような感覚をもたらした。付け加えると、今歌を聞いている間は何ともなかった。だからやはりあの場所……咲耶家の家の周りに対してかけられたおまじないなんだろうね」
「確かに。今は大丈夫でしたね。よかったー。これでまた制服が焦げたら、母さんになんて言い訳したらいいかわからなかったですもん」
巧真が右手を胸に当て、大げさに息を吐きだす。わざとらしいとは思うが僕は直接制服が焦げる被害に遭ったわけではないので、指摘しても“他人事だと思って”と言われるだけだろう。堀井先輩ほどではないとはいえ巧真の制服の焦げ具合はかなりのものだった。あれは親に叱られても仕方ない。怒られたそばから再び焦げ跡を作って帰ったら、更に怒られること間違いなしだ。ひとまず、その心配はしなくてよくなったので、意識を歌の内容の方に戻す。
「ここで歌われている身体の部位が特別に熱くなったっていうわけじゃないですよね? 二人とも、腕が熱くなって、腕に接している袖口が焼けたっていう印象なんですけど」
僕が確認すると、堀井先輩が頷く。
「そうだね。爪、目玉、心を心臓ととるのなら……その三カ所が熱かったということはないよ。腕の熱さは指先まで届いていたから、もちろん爪もそこには含まれるけれど。爪だけがとりわけ熱かったわけじゃないね。ずっと現地に留まっていたら、目玉や心臓にも熱が及んでいたのかもしれないけれど」
「心臓まで熱が届いていたら、たぶん無事に帰ってこられなかったですよ。だって歌の最後、“光るは燃やされのぼるひと”ってなってるじゃないですか。のぼるがどういう意味かよくわかんないですけど、天国に昇る的なことだとしたら、やっぱり生きて帰さない的なニュアンスを感じます」
巧真の指摘を受けて、改めて歌詞を見る。確かに“のぼる”の漢字に何を当てればいいのかわからず、ひらがなで書いたのだが巧真の予想通りなら、僕たち……いや熱を感じた堀井先輩と巧真があのまま森の中にいたら、全身が熱くなって燃えてしまったのかもしれない。そして、燃やされた煙が空へ昇るように、身体が灰になって天へと昇って行った可能性がある。
「茂源くんの言うとおり、この歌は咲耶家に近づいた者の命を奪うはたらきがあるのだろう。家を守るためにね」
「でも、家に近付いた人間を問答無用で殺すって、物騒過ぎません? なんなんですか咲耶家って」
「守る、呪い……」
僕の呟きに、二人が顔を上げる。
「千穂……咲耶家の子が言ってました。咲耶家には、咲耶家を守るための呪いがたくさんかけられているって。生きていくためには、必要な呪いなんだって」
「だとしてもさ。他人を殺してまで生きるっていうのは、間違ってないか? だって自分らは別に咲耶家の人たちをどうこうしようとしたわけじゃない。ただ家に近付いただけだ。なのに殺されかかるって、尋常じゃないだろう」
「茂源くんの言う通りだよ」
身を乗り出してまくしたてる巧真の横で、堀井先輩も同意を示す。表情は変わらないが、その眼光は鋭い。
「咲耶家の周りで聞こえた歌が、望月くんのいうとおり守る呪いなんだとしても、それは過剰防衛だ。きっとぼくの従弟も、似たような過剰防衛にあてられて命を奪われた。そんな所業を、今後も許すわけにはいかない」
でも、守る呪いがなければ千穂は生きていかれないんだ。咲耶家の人が死んだ方がいいなんていう理屈は通らないはず。僕はそう言い返したかったけれど、できなかった。実際に咲耶家の持ち物である鈴の力で命を奪われた大将を目の前で見てしまっている以上、呪いが大将に死をもたらしたと信じている堀井先輩に、咲耶家のほうが大事だとはいえない。言葉に詰まって押し黙っていると、先輩は僕のほうを見やった。
「望月くん。今回の件、咲耶家の人に聞いてみた方がいいんじゃないかな。本当にきみが推測する通り、“守る呪い”なのか。あとは、生きるために必要だというのも、もう少し具体的な理由が聞きたい。どう考えても、普通の人間が生きていくには、歌の呪いは過剰すぎる」
「ですね。頼むぜ健太。今のところ、咲耶家の人と話せるのって健太しかいないからな。結局自分らは小屋で会えなかったし。色々聞いてきてくれよ」
「わか、りました」
結局、僕は堀井先輩と巧真の頼みに頷くことしかできなかった。僕だって、何で千穂が生きるためにあそこまでしなくちゃいけないのかは知りたい。だから今度こそ、会話の流れに飲まれずにきちんと質問するんだ。そう決心して、二人の視線を受け止めた。
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