13、さよなら三角、またきて四角①

 翌日の放課後、さっそくオカルト研究会に顔を出すと、堀井先輩はまだ来ていなかった。巧真がひとり椅子に腰かけて、棚に並べられていたものと思しき単行本をぱらぱら捲っている。僕が扉を開けた音に気付いたのか、片手を上げてこちらに顔を向けた。

「よう。えーっと、健太、でいいんだっけか」

「うん。僕からは、巧真って呼んでもいい?」

「ああ。同級生だし堅苦しいのはなしにしようぜ」

 巧真はわりと親しみやすい性格のようだ。読みかけていた本を閉じて、隣の椅子を引いてくれる。促されるまま腰かけた僕は、巧真が読んでいた分厚い本のタイトルを見る。そこには『日本妖怪全史』とあった。

「そういうの、好きなの?」

 僕の視線が表紙に向いていることに気づいたらしい巧真は、ひらひらと手を横に振った。

「好きっていうかさ、昨日の堀井先輩の話を聞いて、変な出来事? が起きるのって場所の力とかもあるんじゃないかなと思ってさ。ほら、河童は淀んだ川にしか現れないとかあるだろ? だから咲耶家っていうのも家に妙な力がかかってるんじゃなくて、家がある山全体に力が宿っている可能性もあるなって思って読んでた」

「山全体、か」

 その発想はなかったので、僕は唸る。確かに、山自体にも獣が住んでいたり、そのせいで千穂に貰った鈴を身に付けていないと先に進めなかったりする。千穂の話から、てっきり咲耶家がかけた呪い除けとか、咲耶家に降りかかっている呪いとかが全ての変な現象の原因だと考えていたけれど、もしかしたらそれだけではないのかもしれない。


「っていうか健太はさ、咲耶家の人と会ったことがあるんだろう? 家に行ったりはしてないのか?」

 もっともな問いかけに、首を横に振る。

「千穂……咲耶家の子と会う時は、いつも小山の中にある小屋で待ち合わせをするんだ。中腹くらいかな、たぶん。だから、僕も家がある山のてっぺんまでは行ったことがないんだ」

「ふうん。じゃあ堀井先輩を含め、誰も行ったことがないわけだ」

「そうだね」

「なんか楽しみになってきたな」

 にこにこという巧真をみて、のんきなものだなと思う。千穂にかけられた呪いを解くためには、今の現象を楽しむ余裕は僕にはない。でも、全く事情を知らない第三者からしてみれば、ちょっとした肝試しくらいの感覚なのかもしれない。


 ちょうど会話が途切れたタイミングで、堀井先輩が部屋に入ってきた。先輩は僕たち二人がそろっているのを視界に収めてから、鞄を机の上に置く。

「二人とも、この後時間ある? あるなら早速、咲耶家がある場所まで行ってみようと思うんだけど。望月くんがもし、獣除けの鈴を持参しているなら、山の頂上まで到達できる気がするんだ」

「あ、持ってます」

 僕は頷き、鞄を握りしめた。千穂から貰った二つ目の鈴は、なるべく肌身離さず持ち歩くようにしている。家に置きっぱなしにして、お父さんお母さんが気づかずに触って何かあったら大変だからだ。可能な限り近くで保持しておいて、かつ誰の目にも触れないようにするのがベストだと思っている。

「じゃあ行けるね。二人とも大丈夫?」

「はい」

「大丈夫です」

 巧真と共に頷いて見せると、堀井先輩は置いたばかりの鞄に手をかけて背負った。

「じゃあ、行こうか」

 一緒に帰ろうか、というくらいの気軽さで先輩は言う。しかし、彼は一度ひとりで山の中に入り、獣と出逢ったことがあると述べていた。小山の恐ろしさはよく知っているはずだ。それでも淡々としていられるのは、複数人でいることの安心感なのかもしれない。あるいは僕が獣除けの鈴を持っていることへの信頼感なのだろうか。どちらにせよ、会って間もない先輩にあてにされている気がして、すこしくすぐったい気持ちになった。

「咲耶家調査隊ですね! レッツゴー!」

 そんな僕の思いに構わず、巧真は本当に遠足に行くようなノリで堀井先輩の後をついていく。僕も遅れないように急いで二人の背中を追った。


 ・・・


「ちなみに、今日ぼくたちが向かっていること、咲耶家の人には」

「知られていないはずです。僕も今日行くとは思っていなかったので、千穂……面識がある子にも何も言っていません」

「そう」

 堀井先輩は短く答えて、車窓の外を見やった。窓際にもたれて外を見るのは彼の癖なのかもしれない。学校から咲耶家の最寄り駅――僕の家の最寄り駅でもある――までは電車で三十分くらいあるのに、先輩はがらがらの座席に座ろうとせず、扉の前の手すりにもたれかかっている。その様子はどこか儚げで、大将の従兄とは思えないくらい画になっている。


 一方で、僕は先輩の話で少し不安になっていた。咲耶家に向かうこと、千穂には何も告げなくていいのだろうか。彼女に聞いたら止められるかもしれないし、逆に案内してくれるかもしれない。いずれにせよ、家の人の許可なく勝手に近づこうとしたら、それこそ良くないことが起きるんじゃないだろうか。

「その千穂ちゃん? っていうのは、いつも山小屋にいるんだろう?」

「いつもってわけじゃないけど、僕が会いに行く日は大抵、いるかな。たまにいない日もあるから、その時はそのまま帰ってる」

「じゃあ今日もいるかもな」

「うん、そうかも」

 巧真の問いかけに答えつつ、ふと思いついた。そもそも、山の上に行くには件の小屋の前を通る必要がある。ならば、咲耶家に向かう前に一度小屋で千穂に声をかけていけばいいのだ。もし家に行くのを止められたとしても、事情を説明すれば呪いについてヒントになる話を聞かせてくれるかもしれない。僕よりコミュニケーションが上手そうな先輩と巧真もいるから、いつもよりたくさん言葉を引き出せるかもしれない。

 そう考えると一気に心が軽くなり、俄然山に向かうのが楽しみになった。僕は電光表示板を見て、最寄り駅に来るまでの駅数を指折り数える余裕ができた。元から余裕しゃくしゃくだった巧真も同じようで、電光掲示板をじっと見つめている。僕たちが降りる駅までは、もう少しだ。


 ・・・


 山の麓で、僕は鈴を取り出した。包んでいたハンカチを丁寧に解いて、通学鞄となっているリュックサックにくくり付ける。

「普通の鈴にみえるな。それが獣除けになるなら、その辺で売ってる鈴でも効果あるのかね?」

 僕が鈴を結ぶ様子を見ていた巧真は、そんな疑問を投げかけてきた。たぶん答えは否だろう。この鈴には呪い除けがかけられている。山に入ろうとする人を攻撃してくる獣だって普通の生き物じゃない。市販されているクマよけの鈴的なもので追い払えるとは到底思えなかった。


 とはいえ、まだ会って間もない巧真にそこまで話すことはためらわれた。僕が言い淀んでいると、さらに上から堀井先輩がのぞき込んでくる。

「いや、これは咲耶家の人間から直々に貰ったものなんだろう。一見すると何の変哲もない鈴でも、なにか特殊な力が込められているのかもしれない」

「はい、そうかもしれません」

 ここは堀井先輩の意見に同意しておこう。準備を済ませた僕は立ち上がり、先輩と巧真の間に立つ。

「行こうか」

 僕たち三人は頷きあい、森の中へと足を踏み入れた。

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