12、オカルト研究会②

「それで、オカルトが出てくるんですか?」

 身を乗り出した巧真に対しちらりと視線を向けてから、堀井先輩は小さく頷く。

「そうだね。元々将門……ぼくの従弟が住んでいた地域には、有名な言い伝えがある。“咲耶家にはいってはいけない”というね」

「サクヤケ?」

 疑念が確信に変わった。堀井先輩は、間違いなく大将の従兄だ。彼は首を傾げている巧真に対して再度、頷きかける。

「従弟が住んでいた地域にはちょっとした小山があって、頂上に咲耶という一族が住んでいる。でも彼らが山の下に降りてくるのを見た人はおらず、存在自体が謎に包まれた一族だ。それでも、周囲で暮らす子どもらは親にきつく言い聞かされる。“咲耶家にはいってはいけない”と」

「なんか不気味な地域ですね」

「咲耶家云々をのぞけば、ごく普通の住宅街なんだけどね。……だからこそ、ぼくは思った。従弟の死には、咲耶家が関わっているんじゃないかって」

 確信めいたいい方に、僕の背筋が寒くなる。この人は大将の死の現場を全く見ていないはずなのに、なぜそこまで真相に迫っているのだろう。オカルト研究会を立ち上げてから、研究を続けてきた成果だとでもいうのだろうか。


「だから、従弟の両親や周辺の住民に聞き込みをして、何か怪しい現象に遭遇したことはないか確かめた。しかし、大した成果は得られなかったよ。皆、“自分の親から咲耶家との接触を禁じるよう言われていただけで、それがなぜなのかはわからない”と口をそろえていたから」

 堀井先輩が身体の脇に下した掌をぎゅっと握った。

「らちが明かないから、一度ぼく一人で咲耶家に行ってみようとしたこともある。だが、道中で気持ち悪い獣に遭って、それ以上先に進むことはできなかった。結局、咲耶家と従弟の死因の関係性についてはわからないままだ」

「でも先輩は、サクヤ? 家と、従弟さんが死んだことには関係があると思っているんですよね」

「ああ」

 巧真の問いに即答した堀井先輩は、僕たち二人に向き直った。

「だから僕は、もう一度、今度は別ルートで咲耶家に行ってみようと考えている。とにかく、相手を確認しないことには何も始まらない。あと、人の首を絞める類の呪いや怨霊の存在についてヒントになることがないか、本やネットで色々調べている。ネットは胡散臭い情報も多いが、ぼくにできることはそれくらいしかないから。

 ……そういうわけで、オカルト研究会という名前にしてはあるけれど、ぼくの関心は咲耶家と、家にまつわる呪いないし一般人を攻撃する力に限られている。だから、広くオカルトに興味があるとか、別の興味分野があるというのなら、この研究会は向いていないと思う。他を当たってもらうか、別の研究会を立ち上げたほうがいい」

「いえ」


 気がつくと、僕は立ち上がっていた。首を横に振ってから、窓際にもたれかかる堀井先輩を見やる。

「僕も、先輩と同じ目的です。実は僕も、咲耶家にはいってはいけないと言われて育ってきました。あの地域の出身なんです。それで……咲耶家の子に、知り合いがいます」

「何?」

 堀井先輩の目が興味深そうに細められた。隣にいる巧真も話に聞き入っている様子だ。

「僕も、咲耶家がおかしいんじゃないか、何かあるんじゃないかと思って小山を登ったことがあります。そうしたら先輩と同じで、獣に襲われて……そのとき、咲耶家の子に助けてもらったんです。他の人と話せる機会は滅多にないからまた来てほしいといって、獣除けの鈴も貰いました。だから僕と一緒に山に入れば、獣に邪魔されることはないはずです。それに」

「そうか」

 なおも言葉を重ねようとする僕を遮り、先輩は深く頷いた。

「咲耶家と接点があるなら話が早い。ならばぼくと一緒に、活動する気はあるかな? むしろそれなら、ぼくからお願いしたいところだ。ぜひ、オカルト研究会に参加して欲しい」

「はい。僕も、咲耶家の呪いを解きたいと思っているんです。一緒に、活動させてください」

 こちらに近づき深くお辞儀の姿勢をとる堀井先輩に対し、僕からも頭を下げる。これで、オカルト研究会に入るめども、咲耶家のことを調べるめどもたった。ほっとしている僕の向かいで、堀井先輩は右側へと視線を向ける。

「君は? 話を聞いているリアクションからして、君は咲耶家のことを何も知らないだろう。興味がないなら、無理して入る必要はないよ」

「い、いえ、興味あります!」

 そっけない先輩に対して、巧真は身を乗り出してアピールする。


「確かに二人と違って、自分はサクヤ? 家のことを何も知りません。でも、興味はあります。自分は元々霊感が強いほうで、嫌な感じがする場所とかが直観でわかるんです。別に具体的な幽霊とかが見えるわけじゃないんですけどね。だから、サクヤ家に行ったとしても、自分は役に立つと思います。二人はその呪い? の正体を知りたいんですよね。自分も、嫌な感じがする原因とかが具体的にわかるなら、知りたいです。なので、オカルト研究会、入らせてください」

 巧真は深く頭を下げる。正直なところ、彼の入会動機は僕にはよくわからなかった。霊感があるというけれど、知らない方が幸せなことも多いんじゃないんだろうか。でも本人が知りたいというのなら、それを拒む理由はない。そもそも、彼の入会を決めるのは堀井先輩だ。先輩を見やると、巧真をじっと見つめていた。そしてゆっくり頷く。

「君の考えはわかった。そうしたら、望月くんと茂源くんだっけ? 二人ともよろしく」

 堀井先輩が両手を差し出してきたので、僕が右手を、巧真が左手を握る。三人で握手する奇妙な構図になったが、この距離感が今後の僕たちの関係性を暗示しているような気がした。

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