第2章 中学生篇――さよなら三角、またきて四角

11、オカルト研究会①

 慣れない校舎の中で僕は、目ぼしい部活ないし同好会がないかうろうろしていた。


 夏以降の猛勉強の甲斐あって、第一志望の男子校に無事合格することができた。家から近いとはいえ、学力が高いここには小学校の時のクラスメイトは誰もいない。大将のことを知る人がいないというのは、少し罪悪感があるけれどもありがたいことだった。今度彼の話を蒸し返されたら、居心地が悪い思いをする羽目になってしまう。

 そんなリスクがないと分かったところで、次に気になったのは部活・同好会探しだ。新たに自分で立ち上げてもいいが、千穂の呪いの研究ができそうな団体が存在しているのなら、そちらに所属してしまった方が手っ取り早い。いまは新入生歓迎期間なので、色々なグループがそれとわかる看板を各部屋の前に掲示している。それをひとつひとつ確認しながら、廊下をゆっくりと進んでいく。


 端まで見て回り、折り返そうとしたときにふと、段ボールを素手でちぎって作ったような雑な看板が目に入った。表面には油性ペンで「オカルト研究会」と書かれている。扉に付けられた縦長の窓から中を覗くと、両脇が本棚で埋められた細長い部屋に、細身の男子生徒がぽつんと一人で机にもたれて立っていた。本を手に取り、読書に集中しているようだ。僕は思い切って、扉をノックして開ける。彼が顔を上げないので、おそるおそる声をかけた。

「あの、オカルト研究会の方ですか?」

 男子生徒は本を開いたまま、こちらをちらりと見やる。僕の胸元のバッチに視線を向けて、一年生だと悟ったようだ。

「新入生……入会希望者かい?」

「えっと、お話を聞きたくて」

「わかった。じゃあそこに座って」

 彼は淡々というと、僕に手前の席を示した。僕が音を立てないように腰かけている間も、男子学生は意に介した様子もなく読書を続けている。

「えっと、この研究会って」

「もう少し人が集まるまで待とう。同じ説明を一日に何度も繰り返すのは疲れるからね」

 沈黙がつらくて話しかけようとしたら、遮られてしまった。端っこの狭い部屋で、果たして彼以外にメンバーがいるのかもわからないが、先輩らしき彼にそう言われてしまうと返す言葉がない。大人しく座っていることにしたが、視線は所在なさげに扉のほうや読書を続ける男子生徒のほうへと向いてしまう。


 何十分も経ったような気がしたが、実際には数分だったかもしれない。ふいに扉がノックされる音がして、僕より少し背が高い男子が入ってきた。

「失礼します。ここ、オカルト研究会ですよね? 仮入部希望です!」

 新たな男子生徒の登場に、本を読んでいた先輩らしき人は顔を上げた。

「そう。じゃあ今座っている彼の隣に座って」

「はい。自分は一年三組の茂源しげもと 巧真たくまです」

「あ、僕は一年一組の望月 健太です」

 巧真という生徒が自己紹介をしたのを聞いて、僕もあわてて名乗った。先輩らしき男子生徒はひとつ息をついて、読んでいた本を閉じる。

「もう、今日は誰も来ないかな。じゃあぼくも自己紹介から始めようか」

 先輩らしき人は手に持っていた本を本棚に戻してから入口のほうへやってきて、僕の正面の席にゆっくりと腰を下ろす。

「ぼくは三年一組の堀井ほりい 知康ともやす。オカルト研究会は、見ての通り僕一人しかいない。この部屋は元の進路指導室で、今は使われていないからって研究会用に改造してもらうのを許可してもらった。だから両脇の本棚も、目の前にある長机も、進路の先生の了承を得て置かせてもらっているんだ」

 堀井先輩は、淡々と言葉を紡ぐ。

「今まで一人研究会だから好き勝手させてもらってきたけれど、君たちが入会するなら話は変わってくる。まずは、ぼくがなんでこの研究会をつくったのか説明させてもらうよ。それを聞いたうえで、君たちも賛同できるなら一緒に活動しよう。賛同できないなら、別の研究会を立ち上げてもらったほうがいい。わかった?」

 先輩の言葉に、僕と巧真は顔を見合わせる。新入生歓迎期間というのは、もっと新入生に愛想よくして、自分の部活なり同好会なりに入ってもらえるようアピールする場のはずだ。なのに目の前の先輩は、後輩が入るか否かはどうでもよさそうな態度だ。

 でも、僕はオカルト研究会に興味があるし、それは隣にいる巧真も同じだろう。だから僕は、意を決して先輩と目を合わせ、口を開いた。

「わかりました。先輩がなぜこの研究会を立ち上げたのか、教えてください」

「うん。わかった」

 緊張して椅子の縁を握りしめていた僕の思いに反して、堀井先輩はあっさりと頷き椅子から立ち上がった。入口と反対側へと歩いていき、窓際にもたれかかるようにして外を見る。


「ぼくがこの研究会をつくるきっかけになったのは、従弟の死だ」

「死んだ、んですか」

「ああ、しかも普通ではない方法で」

 巧真の問いかけに首肯しつつ、堀井先輩はちらりと僕たちの方を見やった。

「ぼくの従弟は、生きていたら君たち二人と同じ年齢だった。たったふたつしか離れていないし、態度はでかいけど弟みたいな存在で、兄弟みたいに接していたつもり」

 僕たちが相槌の意味で頷くのを確認してから、堀井先輩は再び窓の外に視線を戻した。

「ある日……彼が小学校四年生のとき、突然道端で倒れているのが見つかった。発見された際に周囲には誰もおらず、目撃情報もない。死因は首の圧迫による窒息死。普通に考えれば、不審者に襲われて殺されたと考えるのが妥当だろう。警察もその線で調査を進めていた」

 そこまで聞いて、僕は嫌な予感がした。先輩の堀井という姓、亡くなったという従弟の年齢と死亡時の状況……そのいずれも大将を想起させる。まさか先輩は、大将の従兄なのではあるまいな。慌ただしく思考を始めた僕にかまわず、堀井先輩は話し続ける。


「従弟の身体には、はっきりと首を絞めた跡が残っていた。しかしその跡には不審な点がいくつかあった。一つ目は、墨で塗りたくったかのように真っ黒だったこと。普通、人の手で圧迫された首は赤くなる。つまり、黒かったということは犯人の手が黒く汚れていたということになる。一般的に考えて、人を殺そうとしている人間がそんなわかりやすいことをするとは思えない」

 もはや、堀井先輩の従弟=大将だとしか思えなくなってきた。ならば、先輩は研究会で、何がしたいのだろう。間違いないのは、僕が犯人だとばれてはまずいということだ。冷や汗が眉間を伝うのを感じる。彼の視線はなおも窓の外を向いていて、気づかれることはないだろうが。

「二つ目は、首を絞めていたと思しき手の跡が異様に大きかったこと。単に体格の大きい人間だと片付けるには、その手は大きすぎた。だから警察の捜査は暗礁に乗り上げた。こんなに手が大きい人間なんてこの世にはいない。結局、日中の通学路で起きた殺人事件は未解決のまま今に至る」

 堀井先輩は視線を両脇に並ぶ本棚へと向けた。

「それでぼくは考えた。従弟の殺人事件は、人の手によるものじゃなかったんじゃないかって」

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