9、千穂を守るために①

 あの日……大将を手にかけた日から、二年が経った。彼の葬式は家族だけで執り行われたらしく、クラスメイトで参加した生徒はいなかったと思う。それもあってか、大将がクラスにいたという記憶は次第に薄れつつあった。最初こそは現場にいた僕に突っかかったり、冷たく当たったりしていた取り巻き達も、無視し続ける僕に飽きたのか構ってくることもなくなった。大将の代わりにクラスを仕切る人が現れるわけでもなく、僕にとっては至って平和な学校生活が日々過ぎていく。


 結局、大将を手にかけた犯人は明らかにされなかった。警察は事件と事故の両方の可能性を視野に入れて捜査をしていたらしい。首への圧迫が直接の死因だと思われるが、犯人はついぞ見つからないままだった。それはそうだろう。僕の手とは全然違う、人間のものとは思えない巨大な手が首に巻き付いていたのだ。あの時の僕は僕じゃなかった。指紋やら何やらも別物になっていたのだろう。捜査は手詰まりになり、ただ不審者に注意するように呼びかけるビラが、教室や街中に貼られてこの件は終わりを告げる。


 犯人が判明していないことは、僕にとっては幸いだ。僕の身体が殺人を犯したと知ったら、お父さんお母さんに申し訳が立たないからだ。しかし同時に、このままでいいのか、という思いも心をよぎる。いくら持っていた鈴の「呪い除け」の力がそうさせたのだとわかっていても、大将の死に責任がないとはいえない。僕がもっと慎重に鈴を扱って、彼の目に触れさせないようにしていればあんなことは起きなかったはずなのだ。そう考えると、僕の気分は鉛をつけられたかのように重くなった。

 亡くなった人を取り戻すことはできない。だから、僕にできることはもう二度とあんなことが起きないように努めることぐらいだ。第一に、鈴の取り扱いに気をつけること。第二に、そもそも鈴の「呪い除け」の力が不要になるくらいに、千穂の家が普通の家みたいになること。

 最初の努力はすでにしているのだ。鈴を持ち歩くときはハンカチに包んでランドセルにしまい、山に入る直前に包みを解き外側にくくりつける。そして千穂に会って、山を下りたらすぐにまたしまう。これを徹底していれば、まず千穂以外の他人の目に触れることはない。でも、本当はわかっている。根本的な解決のためには、二つ目を実現させるために、色々考えなくちゃいけないのだということを。


 千穂は、鈴をはじめとした呪い除けのことを、生きていくために必要なものだと言っていた。それがなければ、ただでさえ短い寿命がもっと短くなってしまうかもしれないということも。逆に考えると、呪い除けが不要になるときは、寿命の問題も解決されるときだということだ。僕は、千穂と約束をした。短命の定めから逃れて、普通の人のように生きられるように協力すると。つまり、彼女が短命じゃなくなれば、呪い除けもいらなくなり、もう二度と大将のような被害者を生まなくて済むということだ。

 どうしたら千穂が長寿に……少なくとも「普通の人」と同じくらいの寿命を得られるのか。今のところはさっぱり思いつかない。彼女の許には頻繁に通っていて、色々な話をしている。それでもやはり、僕の学校の話を千穂に聞かせることが多くて、千穂自身の身の上話を聞き出せていない。彼女は自分の話をあまりしたがらない。代わりに、僕の話はどんなに些細な内容でも喜んで聞いてくれる。だからついつい、自分の話ばかりして日が暮れてしまうのだ。


 今までの出来事や話の内容でわかっているのは、短命になっているのは一種の呪いのせいで、他にも咲耶家にはたくさんの呪いがかけられていること。それに対抗するために呪い除けをたくさん家にかけていること。呪い除けが理由で、咲耶家の人に攻撃をするととんでもない目に遭うということ。また同時に、呪い除けの範囲から外れると効果が薄れてしまうから、千穂は咲耶家の敷地からあまり離れられないということ。でも千穂の家……咲耶家にはそもそもなぜ、どのような呪いがかけられていて、寿命が短くなってしまっているのかはよくわからないままだ。

 大事なところが何もわからないのはもどかしいけれど、話がなかなか先に進まないのは僕がまだ小学生だからというのもあると思う。まだ千穂からうまく話を聞き出すだけの会話力もないし、彼女が話してくれるわずかな情報から手がかりをつかんで調べ物をするだけの技術も能力もない。千穂が急速に老い始める時……二十歳までにはまだ時間がある。だから、中学校に進学したらそれらの技術を身に付けて、もっともっと、千穂の助けになるように努力しなければならない。僕が成長して千穂を助けることが、結果的には大将の死を無駄にしないことにもつながるはずだ。


 もしかしたら……いや間違いなく、クラスの中で僕が一番大将のことを考えていると思う。大将の死を無駄にしないこと。そのために、千穂にかけられた呪いを解くこと。僕が生きる理由ははっきりしている。だからこれからは、目標を実現するために前に進むだけだ。

 多少時間はあるとはいえ、千穂に残された寿命は長くない。なるべく適切な道を選んで、最短距離で真実に辿りつかなければならない。だから僕は内心で焦っていた。中学生になったらもっとできることが増えると期待する一方で、小学生のいまできることは他にないのか、ふとした瞬間に気になってしまう。そんな時、僕は明後日の方向を向いてぼんやりしているらしい。小学校のクラスではいつもそんな感じだから誰にも気にされないが、お父さんお母さんに見つかると、心配されてしまう。だから家ではなるべくそうならないように気をつけていたが、自分の意識をコントロールするのは、まだ僕には難しかった。

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