6、呪い返し②

 どうして、こんな目に遭わなきゃいけないんだろう? 大将を手にかけたから? いや、でもそれは僕の意志じゃない。大将が鈴を壊したから? きっとそうだ。それで鈴が怒ったんだろう。じゃあ、何で鈴は僕の身体を操ったんだ? たぶん、鈴だけだと人ひとりを攻撃するだけの力がないんだ。人間の力を借りざるを得ない。鈴に乗っ取られた僕の腕力は、年相応の、小学四年生のものじゃなかった。あれは到底、僕自身の能力とは言えない。だとすると、鈴自身がかなりの力を持っていたことになる。だったらなんで、鈴はわざわざ僕の中に入り込んで事を為したんだろう。鈴自身が手を下してくれれば、たくさん悩む必要もなかったのに。

 明日、千穂の所へ行こう。鈴をくれたのは千穂だ。彼女なら、今日起きたいろんな出来事について、説明してくれるかもしれない。それに、黒い頭が追いかけてくるのも、千穂なら解決してくれそうだ。根拠はないけれど、自信があった。毎日エレベーターやベッドの中まで追いかけてこられたら、おちおち寝てもいられない。


 結局、一睡もできなかった僕は静かにリビングに向かい、時計が五時を示していることを確認してから自室の前へと戻った。おそるおそる、扉を開ける。

 まず目に飛び込んできたのは、机上に置いておいた鈴入りのハンカチだ。布が真っ黒に変色している。でもそちらの確認は後回しにして、抜き足差し足でベッドの方へと近づいた。

 ベッドの上には、僕のお気に入りのイルカのぬいぐるみがちゃんといる。しかし、その頭頂部には黒くて短い――十センチメートルくらいだろうか――線がうじゃっと固まって落ちていた。そっと、そのうちの一本をつまみあげる。真っ黒でつやがある黒い線は、多分人の髪の毛だ。昨晩の出来事は妄想じゃなかったらしい。確かにここに、人間の頭があったのだ。


 足音を立てないように慎重に廊下に出て、再びリビングに向かう。お母さんがごみを捨てるのに溜めていたビニール袋を二枚掴んで、また自室へと戻った。そして一枚を手にはめて手袋代わりにして、もう一枚の袋に布団の上に散らばった髪の毛を入れていく。二~三本なら僕の毛だと主張することもできるだろうが、これだけまとまって置かれていたら疑いたくもなる。幸い、お父さんお母さんが起きてくるまでには時間があるはずだ。僕は急いで、なるべく跡が残らないように髪の束を掴んでは袋に突っ込んでいく。

 毛髪の片づけ自体は十分もかからずに終わった。あとは袋の口をしっかり結んで、二重に重ねてまた縛って、適当な裏紙で包んでごみ箱に捨てる。これなら、髪の毛を捨てたことに気づく人はいないだろう。廃棄まで済ませてからようやく、僕は意識を卓上の鈴へと向けた。

 鈴を包んでいたハンカチは真っ黒になっている。ゆっくり布を開くと、昨晩見たときと全く変わらない、黒い鈴がそこにはあった。鈴の黒色の部分は煤か何かで、こすれると黒くなるのだろうか? そう思い軽く指でこすってみたものの、指に黒いものはつかない。そもそも、煤の類だったら布の表面まで黒くなるはずがないのだ。鈴から何か染み出てきているような気がして、気持ちが悪い。しかしハンカチを換えたらまた新しい布も真っ黒になる予感がしたので、僕はそれらを丸ごとティッシュで包み、ランドセルの中へとしまう。鈴が鳴らないので獣の心配はあるが、それでもなるべく早く、学校が終わったらすぐに千穂の所へ持っていかないといけないと確信していた。


 ・・・


 学校では、拍子抜けするくらいに大将の話題は出ない。朝のホームルームの時に担任の先生が沈鬱な表情で、「堀井 将門くんは昨日亡くなりました。死因について詳しいことはまだわかっていないので、あまりでたらめな噂をしないようにしてください」と述べたくらいだった。昨日大将の隣にいた取り巻き二人は、ちらちらと僕を見ている。でも、あの後何があったのか、二人は見ていない。だから何か僕が知っているだろうとは考えても、何をしたのかはわからない、といったところなのではないだろうか。


 案の定、二人の男女は休み時間に僕の席まで来た。男子は両腕を組み、女子は両手を腰に当てて胸を張っている。自分たちに正義がある、僕の方が悪だとでも言いたげな雰囲気だ。

「健太。お前、大将について何か言いたいことがあるんじゃないのか?」

 男子がゆっくりと口を開く。僕は言いたいことがあるわけではなかったので黙っていると、女子がバン、と机を叩いた。

「昨日。大将に対してありえない口の利き方したでしょ。そのあと、何があったの? あんた、何か知ってるんでしょ?」

「わ、わからない」

 反射的に口にする。嘘ではない。何が起きたのか、確かに見てはいるが、どうして一連の出来事が起きたのかはわからないのだ。だからこそ僕は、今日の放課後千穂の所へ行こうとしている。

「しらばっくれんなよ!」

 女子は僕の机を蹴った。ガン、という鈍い音がして机が斜めに傾く。

「美央、もうやめときなよ」

 遠くの席から、控え目な声がした。

「そうだよ。先生も、大将の死因はわからないって言ってたじゃん。根暗くんに聞いたって、何も出てこないでしょ。大将をどうこうする力があるとも思えないし」

 ね? と遠巻きにしている女子生徒が周囲を見渡す。クラスメイト達は軽く頷いたり、取り巻きの女子を非難するような目で見ている。大将亡き今、コバンザメのようにくっついていた取り巻き二人の立場は大して強くない。取り巻きの男子は難しい顔をして、女子の左袖を引っ張った。

「今日は、この辺にしておこう。次はお前たちだって言われたし。あんまり健太を攻撃しすぎるとまずいかもしれない」

 後半のほうは小声だったが、僕にもはっきりと聞き取れた。女子はわかりやすく舌打ちをして、もう一度机を蹴り飛ばす。斜めになった机の出っ張った側が手前に来て、逆に真っすぐになった。

「わかったよ。今日は、ね」

 足音も荒々しく自席に戻っていく女子と、ちらりとこちらを伺うように見てからその場を離れる男子を、僕は見るともなく見送った。

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