2、天女のような美少女②

 あの日以来、学校で咲耶家のお屋敷の話題が出ることはなかった。


 大将が何も言わないので、小山に同行しなかった取巻きたちもあえて問いかけることはしない。そもそも、親の言いつけを破ってまで行ってみたい場所でもないのだ。文字通りの藪蛇を避けたい大勢のクラスメイト達と、大将の機嫌を損ねたくない取巻きたちの思いは一致している。

 クラスで話題に出ないのは、僕にとっても好都合だった。千穂と会話していることについて、尋ねられる可能性はほとんど無いといってよいからだ。

 あの日から、僕は何度も山に足を運んでいる。山の中腹には小さな小屋があり、そこで千穂と話をするのだ。なぜ小屋があるのか、そう聞くと彼女は少しだけ目を伏せた。


「咲耶家以外の人間を、家に入れたらだめって言われてるの。ここなら家の外だし、他の人にもばれずに話ができる。いいでしょ?」

 すがるように、だめと言ったら泣き出してしまいそうな雰囲気をまとい見上げてくる。そんな彼女と目が合うと、何も言えなくなってしまう。どんな表情をしてもきれいな彼女をじっと見て、頷くことしかできなかった。だから話をするといっても、僕から何かを質問することはほとんどない、いやできない。

 僕と同い年だという千穂は、学校に通っていないらしくクラスの様子や、今流行っている遊びについて色々聞いてくる。僕の名前が望月健太ということ。大将と呼ばれているリーダーみたいな存在がいて、誰も逆らえないのだということ。そんな、僕にとっては何でもない話でも面白く感じるらしい。常に目を輝かせて聞いてくれる。それが嬉しくて、つい一方的に話してしまう。するといつの間にか日が陰ってきて、場がお開きになるという具合だ。


「ねぇ、健太くんに聞きたいことがあるの」

 だから、千穂がいきなり問いかけてきたとき、僕は意識する前に背筋を正していた。彼女の声も表情も真剣なもので、いつものおしゃべりではないと感じられた。

「どうしたら、人は長生きできるんだと思う?」

 けれども彼女から発せられた質問は突拍子も無さすぎて、僕は数拍、言葉に詰まった。

「ちゃんと、好き嫌いせずにご飯を食べて、ゆっくり眠ればいいのかな。たぶん……」

 保健の授業で聞いた話を思い出しながら伝えるも、声は尻すぼみになる。何となく、千穂が聞きたい答えが言えていないような気がしていた。でも、彼女はたどたどしい答えに頷いてくれる。

「うん。食べることも、寝ることも大事だとおもう。でも、それだけじゃ足りないんだ」

 千穂はずい、と少しにじり寄る。

「それだけじゃ、わたしは長生きできない」

「な、なんで? 千穂、病気なの」

 わけがわからなくて問いかけると、千穂はわずかに首を傾げる。

「病気、かもしれない。わたしの家の女の子みんなが同じ病気にかかっているのかも」

 千穂は改めて僕の目を真っすぐに見た。

「わたしの家の女の子は、みんな大人になると死んじゃうの」

「えっ」

 なんといったらいいかわからず、固まった僕に千穂は説明をしてくれた。


 千穂の家、咲耶家で生まれた女子は、皆二十歳くらいから急に老い始め、数年のうちに亡くなってしまう。亡くなるまでの時間は個人差があるが、二十六歳の誕生日まで生き延びた人はいない。

「だから、わたしも今のままだと、あと少ししか生きられない」

 でもね、と言葉を継ぐ。

「わたしは、諦めるつもりはない」

 彼女の強い視線に気圧され、僕は半歩後ずさる。

「絶対に短い寿命の束縛から逃れて、ふつうの人のように生きてみせる。そのために、時間切れになる前に、理由を見つけるの」

「僕も、て、手伝うよ」

 千穂の強烈な意志の前に僕はただ圧倒されていたけれど、気づいた時にはそう口にしていた。彼女は意外そうに首を傾ける。

「健太くんが? でも、キミには直接関係のないことだよ」

 彼女の言い方は、僕たちの間に線を引くようで、距離を取られたと感じた。見えない線をなくしたくて、僕は口を開く。

「ううん。だって、僕は今千穂と話をしてる。これからもずっと話していたい。僕が死ぬよりもうんと早くに、千穂が死んじゃうのは嫌だよ」

「うん。わたしも同じ気持ちだよ」

 千穂は穏やかな声を出して、僕の手を取った。白くてすべすべで、ちょっとだけ冷たい彼女の手は、お母さんやクラスメイトの女子たちとは比べ物にならないくらいきれいで、同じ人間のものとは思えない。僕が視線を上げて目を合わせると、彼女はわずかにほほえんだ。

「健太くんは、わたしにできたはじめての友だち。あと数年で喋れなくなっちゃうのは悲しいこと。もっと色んなことを勉強して、色んなお話をして、色んなことを知りたい。そのために、わたしは長生きしたいんだ。健太くんも、協力してくれるんだね」

「うん」

 彼女の問いかけに頷く。具体的に何をしたらいいのかはさっぱりわからないが、目の前の美しいひとを失うわけにはいかないという強い思いが、僕の首を縦に振らせた。

「じゃあ、これからわたしたちは友だちで、寿命を長くするために助け合う仲間だね。健太くん、これからもよろしく」

 僕の手を握る力が強くなったので、僕も千穂の手を握り返す。なんだか、彼女とまた少し仲良くなれた気がして、嬉しかった。

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