第120話:変わる環境2

「おはようございます! サズ先輩! 三日間、お休みありがとうございました!」

「おはよう。ゆっくり休めたみたいだな」


 俺が帰ってきてすぐ、イーファには三日ほど休みをとって貰った。ずっと一人にしてしまったから、まとまった休みが必要だという判断だ。

 初日は採取品をピーメイ村に届けがてら行ってもらったので、完全に三日の休みとは言えなかったんだけどな。


「はい! のんびり出来ましたし。コブメイ村で買い物ができました。なんか、ピーメイ村よりも賑やかになってきてますね」

「あっちの方が色々やりやすいからな。ベルお嬢様の商会は来ていたか?」

「まだでした。でも、古い建物を改装してたんで、先にお店の用意をしてるみたいですね」

「そうか。思った通り、動きが早いな」


 近い内にギルドから採取品を卸す先が増えそうだ。そのうち加工場も作られるだろう。


「先輩の方は、お仕事大丈夫でしたか?」

「ちょうど他の冒険者もここを出てたんで資料の確認が捗ったよ」


 現在、裏世界樹ダンジョンを攻略しているパーティーは二つ。どちらも一時休息ということで、一度外に出ていた。そのためこれといった進捗はない。


「イーファは書類を書くのが上手くなったな。いない間のことがよくまとまっていたよ」

「王都で鍛えられましたから。そういえば、リナリーさん達、なかなか来ませんね?」


 自分の席に座って書類を見ながら、イーファがそんなことを言った。


「日数的には、真っ直ぐここに向かっているならとっくに着いてる頃なんだが。どこかで寄り道してるのかもな」

「寄り道ですか?」

「それなりに名前の知られた冒険者だからな。ギルドに立ち寄れば依頼をされるかもしれない。リナリーは王国西部に来るのは初めてだから、気になるものでもあったのかも」

「なるほどなるほど。でも、手紙くらい届けてくれそうですよね」

「そうだな……。いや、俺がここに来てから一通も手紙を出さなかったから、向こうもそのつもりかもしれない」

「な、なるほど……」


 イーファも納得していた。リナリーはさっぱりした性格だが、たまにそういうことをする。


「少なくとも、噂くらいは集めてるだろうから。何か気になればすぐ来てくれるさ。……多分」

「途中で面白いダンジョンとか仕事を見つけたらそっちに気を取られそうですね」


 リナリーはそういう所がある。冒険者に必須である好奇心が旺盛なのだ。面白そうな所に飛び込んで、苦労したこともある。


「さて、仕事をしようか。まずは、現状確認と今後の方針だな」

「幹部会議ですね! 二人しかいませんけど!」

「こんなに偉くない幹部会議なんて、国中探してもここだけだろうな」


 笑いながら、イーファに書類を渡す。地下二階の探索状況をまとめたものだ。


「二階の探索は慎重にやってるみたいだな。採取できるのもあまり変わっていないか」

「はい。ちょっとだけ『光る石』が見つかっていますけれど、それほどじゃないです」

「今後、数が増えるだろうし他の鉱石も見つかるかもしれない。鉱石系も手に入るなら嬉しいな。世界樹ではなかったはずだけれど」

「今のところ洞窟系のダンジョンに見えますね。たまに、薬草がとれますけれど」


 地下一階にあった植物部屋なんかがその最たる例だ。洞窟系に植物が混ざった複合型ダンジョンが、裏世界樹ダンジョンと言えるのかもしれない。


「まだ地下二階だ。何かを断定できるほどじゃない。今後の方針もたてようがないな」

「じゃあ、慎重に進んでいって貰うしかないですね」

「そうだな。それとは別に地下一階の植物部屋を活かしたいから、採取専門の冒険者が……」


 そんな風に話をしていると、ギルドのドアが開いた。


「こんにちはー」


 ゆっくりと扉を開いて現れたのは、眼鏡をかけた女性。資料室から派遣されているフリオさんだった。


「フリオさん、どうしたんですか? こんな所まで」


 彼女はピーメイ村の地下書庫で調べ物をしてくれている。基本的に動かないと思っていたんだけれど。


「サズさんにお伝えしたいことがあったのと、最新の情報を知りたくなりましたので。冒険者さん達がこちらに来るのと同行させて貰いましたー」


 これはかなり重要だ。資料室で有用なことが見つかったからわざわざ来てくれたに違いない。


「どうぞこちらへ。フリオさん、イーファも同席して構いませんよね?」

「勿論です。そうだ。後で噂の温泉に案内していただけると嬉しいです。そちらも興味がありますので」


 資料が沢山入っているんだろうか。頑丈そうな鞄を軽々と背負おったまま、身軽な動きで室内に入ってきたフリオさんはにこやかに言った。


 ◯◯◯


 資料室のフリオさんは、眼鏡を掛けた大人しい女性といった感じの人だ。着ているのもローブのような丈の長いもので、いつも穏やかな佇まいをしている。

 しかし、俺もイーファもこの人をその見た目通りだとは思っていない。

 資料室にいるのはアクティブに動き回って資料を集め、それを精査するだけの能力を有した凄い人だ。


 そんなフリオさんが目の前でお茶を美味しそうに飲んでいる。


「では、早速ご報告を。これまでの報告書及び、採集品のリスト。それと過去の資料からいくつかのことが推測されます」


 言いながら数枚の書類が机の上に置かれた。

 

「いくつかの点で世界樹と似通った点が認められる……、ですか?」


 イーファの問いにフリオさんが頷く。


「地下一階で見つかった植物部屋は世界樹でも見られたものです。また、イーファさん達が退治した牛型の中枢ですが、世界樹では七階層で似たようなものが確認されています」

「すると、世界樹よりも強い魔物が出るダンジョンってことですか?」

「恐らくは。いえ、ダンジョンの傾向が違うので、一概には言えないのですが、世界樹攻略後に見つかったことから、相応の難易度になっているのではないかと」

「なるほど。植物部屋といえば、採取品に世界樹特有のものが混ざっていますよね」

「そう! それです!」


 身を乗り出すフリオさん。イーファがちょっとびっくりした。


「この植物部屋ですが、昼夜や季節に寄って生えてくるものがかわるようです。それと、他の階層攻略の影響を受けることもあるそうです」

「えっ、すごい!」

「本当ですか!?」


 だとすると大変なことだ。地下一階で採取出来る植物がとんでもない価値を持つかもしれない。


「できれば、そちらを検証する必要があると思います。定期的な採取が必要でしょう」

「定期的ですか……」


 イーファが俺の方を心配そうに見てきた。そうだな、人手が足りないな。

 でも、これはかなり重要な情報だ。調べる価値はある。


「それとですね。世界樹では特定の階層ごとに魔物の出ない場所があって、休憩所となっていたそうです。ダンジョンを作った神様からの気配りですね。恐らく、裏世界樹でもそれがあると思いますので、当面はそちらを目指して探索するのが宜しいかと思います」

「ちなみに、何階くらいなんでしょうか?」

「それが、世界樹でもまちまちでしたので。もう少し進んでみないとなんとも……」

「まだ地下二階ですもんねぇ……」


 申し訳なさそうにするフリオさんをフォローするように、イーファが優しい口調で言った。

 情報として判断できる材料が少なすぎる。それでも、植物部屋のことは有り難い。


「ありがとうございました。こちらの方針に活かしていきます」

「いえいえ、まだ全然調べが足りなくてすいません。……では、私は少し温泉に滞在させて貰いますので。お部屋は空いているでしょうか?」

「確認します! わたし、王様の所に行ってきていいですか?」

「頼む。必要なら俺が村まで行って食料なんかを補給にいくよ」


 元気よく立ち上がったイーファが、フリオさんを伴ってギルドを出ていった。行き先はすぐ隣にある温泉の王の宿だけど。


 一人になった部屋の中で、俺はもう一度フリオさんが置いていった書類に目を通した。

 植物部屋の定期採取、何とかやってみたいな。

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