第119話:変わる環境1

「ようやく帰ってきやがったか。どこをほっつき歩いてやがった」


 攻略支部まで物資を輸送してくれたゴウラを出迎えたら、いきなり怒られた。


「すまない。色々とやることが出来てしまって」

「俺よりもイーファに感謝するんだな。実質一人でここを回してたんだから。ちゃんと土産の一つも用意してるんだろうな?」

「ああ、一応……」


 ゴウラはイーファを妹のように思っている。仕事仲間として接する俺達と感覚が違って当然だ。しかし我ながら迂闊だった。一人で仕事をしているイーファに別途土産を用意する。納得のいく話だ。用意してない……。

 一応、皆の分の菓子を買い込んできたけど、それだけじゃまずかっただろうか。しまったな、他に何か用意すべきだった。

 俺のそんな様子を見て、ゴウラが軽くため息をついた。


「まあ、あいつも気にしちゃいないだろうけどな。ただ、頑張りすぎるところがあるから、支部長のお前が気にかけてくれ」

「わかったよ。気を遣わせてすまないな」

「最近わかってきたんだが、どうもそういう性分らしい。それで、何の相談だ?」


 俺とゴウラはテーブルを挟んで向かい合っている。普段なら書類のやり取りをして終わりなんだけど、今日はちょっと話があるからだ。


「これから先、どんどんこの支部とピーメイ村に人が来る。でも、一番影響が大きいのはコブメイ村だ」

「……だろうな」

「驚かないんだな」

「もともとコブメイ村はそういう所なんだよ。大昔の話だけどな。世界樹で出た品を加工したり、販売したり、ピーメイ村より栄えてたらしいぜ」

「ピーメイ村は土地が狭かったからな……」


 今、俺達がいる場所も含めて、かつては世界樹の中だった。現在では広い平地になっているが、殆どがダンジョン内だったわけで村を広げる余地などない。むしろ、土地不足は昔の方が深刻だったそうだ。

 そこで注目されたのがコブメイ村だ。すぐ近くで、山の中だが地形が緩やか。魔物もまず出ない。


「当時はそこそこの町といってもいい規模だったらしいぜ。冒険者に商人、加工するための工場、世界樹攻略で全部なくなっちまったけどな」

「それが、元に戻っていくかも知れない。商会に話はつけてきた。近い内に店ができる。そこにギルドから採取品が卸されるはずだ」

「大きく出たな。そんな金、ピーメイ村にあるのか?」

「そこはルグナ所長が引っ張ってくるよ」

「ああ、あの姫さんならやるな……」


 ゴウラが微妙な顔をする。実はこの男、ルグナ所長がちょっと苦手である。偉い人かつ美人相手だと緊張するとか。


「今後、この辺りの輸送量が増えると思う。こことピーメイ村の間は魔物が出ることがあるから、護衛が必要だ」

「冒険者の仕事が増えるな。人手はそのうち勝手に集まってくるとは思うが。とりあえずは、コブメイ村まで来る連中にここまで経由して貰うしかないな」

「ゴウラ達にも仕事が増えると思う。報酬は増やすつもりなんで宜しく頼む。それと、コブメイ村とのことでも力を借りるかもしれない」


 こちらが本題だ。コブメイ村に顔が効くゴウラの力を借りていくのは絶対必要だ。今後、二つの村は良い関係でいなきゃならない。


「心配するな。考えようによっちゃ、ちょうどいいかもしれないんだ」

「何かあるのか?」

「サズ、これは他言無用だ。お前のことを信用しているから話す。イーファにも言うなよ」

「わ、わかった」


 いつになく真剣な顔に、少し押されながら同意する。


「実を言うとな、村長から村の手伝いをしろと言われているんだ。最終的にコブメイ村の村長とかその近くの地位にされるかもしれねぇ」


 本来ならめでたいような話を、実に嫌そうに語られた。


「……どういうことだ?」


 何もわからない。ゴウラが村長候補なのも、それを嫌そうにしているのも。いや、後者はちょっとわかる。冒険者は自由が好きだ。立場に縛られることは好まない。


「俺は村長の親戚なんだよ。それで、冒険者として村の色んなことに関わっているうちにそんな話が出てきちまったんだ」


 なるほど。ゴウラは一見荒っぽく見えるけど真面目だ。その上面倒見も良い。ピーメイ村よりマシとはいえ、過疎に悩むコブメイ村では貴重な若者でもある。しかも、村長の親戚なら尚更期待されるだろう。

 色々合わさって、村長候補に挙げられたということだな。


「すぐに村長になるのか?」

「そんなわけないだろ! いや、問題は俺じゃないんだ。あいつらだよ……」

「そうか……」


 あいつら、の一言でゴウラの懸念材料がわかった。いつも彼と組んでいる二人組だ。ゴウラを慕い、常に一緒に依頼を受けている。

 あの二人は神痕を持っていないし、冒険者としてもベテランとは言い難い。ゴウラに付き従って、この辺りの護衛任務や簡単な採取や魔物退治を繰り返してきた。

 そんな彼らがリーダーであるゴウラを失うとどうなるか……。


「冒険者の引退問題か……こんなに早くぶつかることになるなんてな」


 一部の例外を除いて、冒険者は長く続ける職業じゃない。遅くとも四十歳くらいまでに、どうにか一財産作るか、なにかしら別の職を見つけて引退することが多い。

 ゴウラを失ったあの二人が、今後も冒険者を続けて、良い引退後を迎えられるか。……難しいかもしれない。今のところは。


「あいつは故郷に帰ってきて荒んでた俺を慕ってくれた奴らでな。できれば、良い人生を送ってほしい。そのうち、どこかで商売でも始めて雇ってやりたかったんだが……」

「村の仕事を手伝って貰えばいいんじゃないか?」

「俺がそれなりに偉くなったら出来るんだがな……」


 つまり、今すぐは無理でも将来的にはその気があるわけだ。

 そうすると、あの二人がしばらくの間、安定して冒険者を続けられればいい。


「わかった。力になれるかわからないけど、何か検討してみるよ。食べていくだけなら、村同士の護衛の任務だけで何とかなるかもしれないしな」

「俺無しであいつらに護衛が務まるかな……」


 ゴウラはまだ心配顔だった。地域の冒険者に目を配るのも支部長の務めだ。何か方策を考えてみよう。

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