第118話:サズの出張帰り
「ああああ! サズ先輩おかえりなさい! そしてすみませんでした!」
裏世界樹攻略支部に到着するなり、出迎えたイーファが嬉しそうに頭を下げてきた。
室内にいるのは彼女と温泉の王だけ。冒険者達は出払っているみたいだった。ラーズさんは今日は居ない日のようだ。
「おかえりサズ君。お茶を淹れるから座ると良い」
「ありがとうございます。急いだほうが良さそうだったので、荷馬車で来ました。明日、採取品を村に持っていきましょう」
「た、助かります。地下二階に入ってからも色々出てきて……。そうじゃなくて、中枢の件なんですけど!」
「とりあえず、座って落ち着いて話そう」
一度に色々喋ろうとして慌てるイーファを制して、俺は部屋の隅に設けられた簡単な打ち合わせ用のスペースに向かった。
「さて、話を聞こうか。地下一階のあの中枢を倒してしまったって聞いたけれど?」
温泉の王の用意したお茶を一口飲んで、俺は問いかけた。テーブル越しにはイーファと王様の姿もある。保護者であり関係者なので同席することにしたらしい。イーファ以外にも話を聞きたかったからありがたい。
「はい。サズ先輩の出張が伸びると聞きまして、せめて中枢の能力だけでも把握しよう思いまして。私も含めて調査に向かったんです」
それで良かったですか? とばかりに上目遣いをしてきたので頷いておく。そこは間違ってはいない。安全を確保しつつ中枢について調べるのは必要なことだし、戦力的にイーファが参加することもおかしなことではない。
「それで、あの牛を相手にしたわけか……」
「はい。ジリオラさん達と一緒に様子見がてら挑むつもりで。それで、隙が出来たときに思い切って『一閃』を打ち込んでみたんです。ハルちゃんで」
「もしかして、それで倒しちゃったのか?」
「はい……」
驚いた。王都での特訓でムエイ流を学んだイーファが強くなっているとは思っていた。使っているハルバードも遺産装備で並の武器じゃない。
しかし、それでも地下一階とはいえ、中枢を一撃で倒すほどとは……。
「見事な一撃だったそうだ。ハルバードからほとばしる白刃が中枢を切り裂き、両断したと聞く」
「まさか、あんなにあっさりいくなんて思ったなかったんです! すみません!」
「謝らなくていい。むしろ、安全に中枢が倒せたんだから良いことだよ。しかし、一撃とは……」
「王都での経験が生きたようだな」
「はい! リナリーさんから教わったムエイ流のおかげです」
もしかして、イーファの神痕が強まっているということか? もともと、ただの『怪力』にしては強いとは思っていたけど、経験と修業によって更に上の領域に到達したんじゃないだろうか。
「よし。ここは前向きにとらえよう。攻略が進むのは良いことだ。地下二階の様子は?」
「一階と同じです。鉱石類が少々出ています。それと、小さめの植物部屋が二つほど発見されています」
「一階にもあったやつか。採取できる植物の種類は?」
「それについてだが、魔女殿が分析をしている。呼んでこよう」
横で聞いていた王様が席を立つと、事務所の外へと去っていく。
「ラーズさんの分析も大分進んでいまして。結構珍しいものがあるみたいですよ。でも、そっちも問題があってですね……」
「そうなんです! 魔女的にも興味深いんですけど、ちょっとこれは大変かもなんですよー!」
イーファが話そうとしたら、いきなりラーズさんが室内に入ってきた。
「は、早くないですか?」
「サズさんが帰ってきた気配がしましたから。お話に来ましたー」
「扉を開けたら外に居てな。我が呼ぶまでもなかったようだ」
ラーズさんも加えて再び打ち合わせが始まった。
「こちら、私が分析した植物のリストです。簡単ですが、使い道や加工法なども書いておきましたー」
テーブル上にどさっと多めの書類が置かれた。この短期間で図つきの一覧が作られている。丸っこい文字でところどころ、可愛らしく書かれた王様やイーファの絵があるけれど、それはまあ、気にしないでいいか。
「ありがとうございます。お礼はどうしましょう?」
「いくつか薬草を分けてくれればいいですよ。かつて、世界樹でしか見つからなかった種類も含まれていましたから興味津々ですっ」
「……やはりそう来ましたか」
「良かったですね、先輩!」
「ああ、これは大事になるだろうな」
ラーズさんの書類をめくって、ざっと目を通していく。大当たりだ。ピーメイ村の特産品になるどころか、大きな収入が見込める。ベルお嬢様も喜ぶだろうな。……いや、しかし、これは。
「なんか、加工についての記述が多いですね」
「はい。そうなんですよ。今のところ見つかった薬草の多くはそのままでは使いにくくてですね。茹でて液を抽出したり、乾燥して粉にしたり、花弁だけ選り分けたりと加工が必要でして」
「商売するには加工が必要と。これは……どうしようかな」
「一番いいのは、新鮮なうちに加工することですねー」
気軽に言われたけれど、それも難しい。攻略支部は冒険者と職員しかいないし、ピーメイ村も相変わらず過疎の地のままだ。人も道具も建物もない。
「クレニオンまで運ぶ、だと遠すぎますか?」
「ちょっと日数がかかりすぎて品質が落ちちゃいますね。コブメイ村でギリギリだと思います」
「どうすればいいですか? 今のところ、冒険者の皆さんには採取を控えて貰っているんですけど」
「いい判断だよ、イーファ」
採取しても換金するまでの手順が不明瞭なままだと冒険者から不満が出るだろうしな。イーファにこういう方針決定をすることはできない。俺が返ってくるまで待っていてくれただけで十分だ。
「とりあえず、コブメイ村で加工してもらいましょう。近い内に換金のための商人も来ますから。鳩を飛ばして向こうに事情も説明しておきます」
「ベルお嬢様に協力してもらえるんですねっ。さすが先輩です!」
「最終的にはピーメイ村の中で加工することになると思います。村の産業になると思いますし」
「それはドレンの奴が喜ぶだろうな。村が賑やかになる」
「それは良いことですねー」
「楽しみです!」
「…………」
ラーズさんとイーファがにこやかに笑い合っているが、俺は心中穏やかではなかった。
これは、想像以上に忙しくなるんじゃないか? 今後の仕事量がちょっとわからなくなって来たぞ?
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