第116話:サズの出張5

 出張が伸びて、リオラスの町に向かうことになった。クレニオンから乗合馬車に乗って、慌ただしく向かったが道中は何事もなく行くことが出来た。


 リオラスの町も相変わらず賑やかで、さっそく俺はベルお嬢様のいるライトウッド家に向かった。


 驚いたことに、屋敷で挨拶すると既に話が通っていた。ルグナ所長の仕業ではなく、ベルお嬢様が、そのうちピーメイ村から人が来ると事前に伝えてあったらしい。それと、一度来たことのある俺が現れたのも良かったようだ。

 ベルお嬢様とは屋敷の逢瀬地で会うことになった。


「お久しぶりです。ベルお嬢様」

「ごきげんよう。サズ様。今日はイーファさんはいらっしゃらないのね。ジリオラさんはお元気かしら」

「二人とも元気にしています。今頃、裏世界樹ダンジョン地下一階の攻略中ですね」

「そう、それは良かったわ。それで、攻略支部長であるサズさんが直接いらっしゃるということは、相応の要件なのでしょうね?」


 笑っているが目は本気だ。完全に商人の顔で応対されている。好奇心に溢れたお嬢様ではなく、冷静に計算する商人。そう考えて話さなきゃだな。

 そう考えながら、俺は一通の手紙と小さな包みを取り出す。


「こちら、約束のものです」

「……っ! 失礼しますわ!」


 ベルお嬢様は驚きの速度で戸棚からペーパーナイフを取り出すと、急ぎつつも丁寧な所作で開封。まずは手紙から。


「……これは……ルグナ様からの……あっ……いけません、直筆ですわ!!」


 なんか興奮してる。立ったまま何度も文面に目を走らせている。十回以上繰り返した後、冷静になって椅子に戻ってきた。


「そしてこちらは……あら、肖像画。……ふぅ」

「ちょ、ベルお嬢様!」


 一瞬ふらついた。刺激的すぎる。なにせ肖像画には「貴方との時間を作り、お待ちしております」と書いてあったのだから。ルグナ所長、本気だな。


「なかなか……刺激的な瞬間でしたわ。おやりになりますわね、サズさん。私の情緒をここまで崩すとは……」

「俺は何もしていませんが……」


 なんか疲れたらしく、お茶を飲み始めるベルお嬢様。

 その間、俺は裏世界樹ダンジョンの現状を説明させてもらった。


「非常に興味深い話でしたわ。ありがとうございます」

「いえ、お願いに来た身ですから。裏世界樹ダンジョンに投資を……ピーメイ村で鑑定と買取をして頂けないかと思いまして」

「うん。難しいですわね」


 俺の頼みは、あっさり却下された。


「む、難しいですか」

「ダンジョンの将来性と言われてもピンと来ませんの。まだ地下一階という話ですし。それ以上に問題なのが場所ですわね。人を派遣するのは良いですけれど、そこから商売できる場所までの距離が少々長いですわ」

「ですが……、今見つかった植物部屋で希少な薬草があれば利益も……」

「そこですわ、サズさん。せめて、今見つけた物の鑑定をしてから来てほしかったですわ。そうすれば、私も検討材料が増えましたのに」

「それは……そうですね」


 急ぎすぎた……。突然出てきた材料とオルジフ大臣の迅速さに焦ってしまった。現場と外部で感覚が違うのは当たり前だ。商人の金銭感覚に反応する程度の材料は用意しておくべきだった。


 落ち込む俺を見て、なにか思う所があったのか、慰めるような穏やかな口調で、ベルお嬢様が言う。

 

「少し、外を歩きましょうか。サズさん」

「? わかりました」


 外に出て案内されたのは、例の庭だ。

 そこで俺は、ベルお嬢様が生まれ育った商会の成り立ちを聞た。行商から身を起こし、昼も夜もなく情報を集め、時には危険も犯した初代の話を。

 逆に俺は王都での出来事の話をした。町や西部ダンジョンで起きたことを。


 話は弾み、一段落ついたところで、噴水の前のベンチで小休憩になった。付き従っていたメイドさんが飲み物をくれる。


「貴重なお話を聞かせて頂き。ありがとうございました」

「こちらこそ。少しだけ、ダンジョンから得られる収益というものが理解できましたわ。世界樹が崩壊して以降、この辺りは景気の良いダンジョンはあまり生まれないので、我が家はそれほどダンジョン関係の事業に食い込んでおりませんの」

「それは、とんだ賭けをさせることになってしまいますね」


 これも調査不足だったな。事前の調査がいかに大事か、これまでの経験でわかっているはずのに。反省だ。


「賭けなのは、商人も冒険者もやっているのは変わらないと思いますわ。ジリオラ様から命がけの冒険の話を聞くのは、とても面白かったですから」


 軽く微笑みながら、ベルお嬢様が遠くを眺める。その視線の先にあるのは、ピーメイ村だ。今でもジリオラさんを惜しんでいる、それが痛いほど伝わってくる。

 これは俺一人じゃ話をつけるのは難しそうだ。出直そうか……。


「さて、そろそろ屋敷に戻りましょうか。すっかり暗くなってしまいました」


 その言葉に反応するように、メイドさんがランプを用意しようとする。


「明かりなら俺が用意しますよ。光の精霊よ」


 ランプがつくより先に、光の精霊をいくつか呼び出す。こっちの方が明るくて、歩きやすい。


「このくらいで大丈夫でしょう。さあ、屋敷に……ベルお嬢様?」


 なんかこっちを凝視してるな?


「サズ様、魔法が使えるのですか?」

「え? まあ、色々あって精霊魔法を使えます。ジリオラさんに聞いてませんか?」

「魔法が使える冒険者の話は聞いたことがありますが、お名前までは確認しておりませんでした。主にジリオラ様のご活躍を聞いておりましたので」


 そうでしたか。なんか納得してしまった。


「ちょっと珍しいですよね、神痕持ちで精霊魔法まで使えるのは」

「ちょっとどころではありません! とんでもなく希少な技能ですわ。ああ、もしかして、ご一緒していたイーファさんもそうなのかしら?」

「イーファは強力な神痕を持っていますね」

「なるほど……なるほどぉ……。そういうことでしたのね」

「あの、ベルお嬢様?」


 ずいっと寄ってきた。近い。


「サズ様、一つだけ質問にお答えくださいませ。今のお仕事、オルジフ大臣が少しでも絡んでおりますか?」

「…………まあ、はい。ちょっとだけ」


 悩んだけれど、隠しきれることではないので素直に答えた。この人が調べれば遅かれ早かれわかることだ。


「でも、俺やイーファが大臣の部下ってことじゃないですよ。あくまでピーメイ村のギルド職員です」

「でしょうね。オルジフ大臣が本格的に関わっていれば、こんな悠長ではありませんもの。しかし、サズ様のような希少な人材、そしてルグナ様。意味も無く集まっているとも思えません」


 他に魔女のラーズさんとかもいるな、と思ったけれど黙っていた。勝手に意味を見出されそうだ。実際、俺とルグナ所長は大臣の采配でピーメイ村にいるようなものだから、否定も出来ない。


「決めました。お父様を説得して、ピーメイ村に出資致します。さしあたっては、鑑定と買い取りの人材を派遣になりますわね。しかし、拠点が欲しい。近くにあるコブメイ村はそれなりの規模でしたから、まずはそこに……」

「詳しいんですね……」

「念のため、調査だけはしてあったのですわ。ただ、決め手が欲しかったのです。なぜサズ様の話が耳に入らなかったのかしら……」

「俺はイーファと去年の後半、王都にいましたから」


 ベルお嬢様がジリオラさんの話ばかり聞いていたのもあるけど、俺がピーメイ村で活動していた期間は意外と短い。王都でもそれなりに頑張ったけど、まだこの辺りまで噂として流れてくるほどじゃなかったんだろう。

 そもそも、「ギルド職員が冒険者並に活躍しました」という話は広がりにくいという問題もある。冒険者が進んで話す話題じゃ無いからな。


「大臣の存在が気になりますが、真っ当に商売する分には問題ないでしょう。私共も、一枚噛ませて頂きますわ」


 当初と打って変わって、ベルお嬢様は力強い笑顔で言ってくれた。時代を生き抜く、商人の顔だ。

 俺は慌てて頭を下げる。


「ありがとうございます!」

「顔をお上げになってください。これからのことを屋敷の中でお話致しましょう」


 どうにか……かなり運の要素もあったが、何とかベルお嬢様の協力を取付けることが出来た。

 これで、多少は今後の備えになるといいんだけれど。

 イーファ達、大丈夫だろうか。思ったよりも長く支部をあけちゃってるけど。

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