第115話:サズの出張4
翌日、クレニオンの市場沿いに店舗を構えるちょっとお高い料理店の椅子に俺は座っていた。テーブル上にはちょっと辛めに味付けされた肉料理が並び、その向こうにはルグナ所長がいる。
「さあ、食べてくれ。昨日遅くなってしまった詫びだ」
「い、頂きます。…………」
「ああ、こういう時はマリエも共に食事をするんだ。一応、信頼のおける店でな。専門の護衛も置いてくれている」
そう、今日は珍しいことに護衛の子が一緒に椅子に座っていた。普段はルグナ所長を見守るように立っているのに。今更だけど、マリエという名前も初めて聞いたな。接点がありそうでなかったから。
「サズ様、私のような者と一緒に食事をして不愉快でしょうが、これも役目。ご容赦ください」
「い、いや。全然そんなことないですよっ」
「む。ああ、マリエはイーファ君のことでサズ君のことを気にしていたな。何かあったか?」
社交性のたまものだろうか、ルグナ所長がすぐに状況を見抜いてきた。
「ちょっとだけ、イーファに無理をさせないように怒られたことがありまして」
「……勇み足でした。反省しております」
それを聞くと、ルグナ所長は満面の笑みを浮かべた。破顔という言葉がぴったりの笑い方だ。
「はっはっは! あのマリエがそんなことを言ったのか! それは良かった。ピーメイ村に来た甲斐があった」
「ひ、姫様……っ」
なんというか、とても仲が良いな。ただの主従ではない。そんな関係に見える。
「せっかくだし、少しマリエのことを話しておこう。建国王のパーティーにいたという遠方から来た剣士のことは知っているな?」
「一応は。ムエイ流の始祖ですよね」
「うむ。アストリウム王国とは海を隔てているが、友好関係でね。王族の護衛にということでやってきたのが彼女だ」
「友好の証に人間を送って来たってことですか!?」
奴隷制が盛んだった時代にはそういうこともあったらしいけど、最近はあまり聞かない話だ。
「色々と政治的な事情があるのだ。マリエの他にも何人かやってきてな。正直、王族にも扱いづらいわけだ。本当に危険な立場の護衛にして、死んだら困る」
「……そんなことはありません。主を守って死ぬのは誉です」
静かにいったマリエさんを一瞥した所長は、やはり困った顔をしていた。
「すぐにこういうことを言うので困ってな。比較的危険の少ない王族の護衛になってもらっている」
「そんな事情が……。大変な仕事ですね」
「そう。大変なのだ。マリエは最初半年間、全く口をきいてくれなかった。退屈だからと話しかけても反応が無くてな。言葉が通じないのかと思ったらそうでもないし……」
「私の仕事はあくまで護衛ですから。友誼を結ぶことではないと思っておりましたので」
「私としては優秀な護衛以上に、信頼できる友人が欲しかった。それをわかって貰うのには苦労したよ」
「姫様は友人ではなく主人です。もちろん、忠誠は誓っておりますが」
憮然とした表情でマリエさんが言う。立場の線引きははっきりしたいのだろうか。いやちょっと顔が赤いな。恥ずかしいのかもしれない。
「そのマリエが年相応の顔を見せたのが、イーファ君と会ってからでな。なんというか、私もそれを見て一安心したものだよ」
「イーファさんには参りました。姫様と一緒に毎日話しかけて来ますし……、戦いは素人でしたし……」
「イーファが職員に成りたての頃の話なんですね」
「うむ。ドレン課長だけでは少々不安だったので、マリエにも稽古をつけるよう言ったら仲良くなってな。あれは嬉しかった」
「あそこまで裏表のない方に冷たく当たることはできませんから」
そんな関係だったのか。イーファにとっても村でできた初めての同年代の友達なんだろうな。今度、話を聞いてみよう。
「と、まあ。こんなところだ。今後、何かあるかもしれないから留意しておいてくれ。食事の手が止まってしまったな。せっかく遠出したんだ、美味しくいただいてしまおう」
たしかに全く手を付けられていなかったので、その後は楽しい食事となった。
色々と興味深いことを聞けた。ルグナ所長は宮廷料理より庶民的な店が好きだとか、オルジフ大臣にたまにこの地方の酒を頼まれるだとか、普段の仕事では聞けないようなことだ。
そして、食後のお茶が運ばれてきて、少し落ち着いた頃。ルグナ所長が仕事の顔になった。
「さて、少しだけ仕事の話をしてもいいかな?」
「はい。昨日のことでしたら、職員の派遣は近日中にしてくれるそうです。ピーメイ村への出張経験の多い人を」
「それは結構。私の方は予定変更だ。これから、この辺りの領主のところに向かう。ピーメイ村中心に経済が回った時に備えての相談だ」
「りょ、領主様ですか?」
「ああ、なかなか話がわかる人物だ。領地が繁栄するなら嫌とは言わんだろうさ。同時に他にもいくつか手を打つ。オルジフ大臣にも協力を仰ぐかもしれん」
「本気で動くってことですね」
ルグナ所長が頷く。
「うむ。そこでだ、サズ君には先日会った、リオラスにいるベルお嬢様とやらに手紙を届けて欲しい。同時に、裏世界樹ダンジョンのことを伝えて、協力を仰ぐのだ」
そう来たか。使えるものは何でも使うってことだな。
「……わかりました。俺の仕事ですね、これは。他の商会に声をかけますか?」
「今はいいだろう。彼女は有力な冒険者を手放すことになってしまったわけだからな、その詫び代わりに少し便宜をはかった、というところかな」
ギルドは国の運営する組織だから、あまり一つの商会に肩入れすると問題になる。とはいえ、攻略開始したばかりのダンジョンの支援を見知った商会にお願いするくらいなら、よくある話ではある。
「できれば早めに発ちたいですね。イーファが一人ですし」
「うむ。私も同感だ。手紙はもう用意してある。この後すぐに出発しよう」
こうして、俺の出張は思いがけず伸びることになった。
支部の皆にお土産、ちゃんと買って帰ろう。
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