第112話:サズの出張1

「おはようございます、サズさん。ピーメイ村に行くにはどのようにすれば良いでしょうか?」

「おはようございます。それなら、今日にでも荷馬車が来るからそれで俺と一緒に向かうのが……」


 朝起きて、事務所に行ったら、知らない人に挨拶された。普通に流されるところだった。

 明らかに、異常事態だ。

 俺に和やかに挨拶してきたのは、眼鏡に大きな鞄が特徴の女性だ。全体的に地味な色合いでまとめている服だが、足元を見ると頑丈そうなブーツを履いているのが特に目を引く。

 ……この人を見たことあるな。


「たしか、資料室でお会いしたことありましたか?」


 そう問いかけると、途端に女性はその場で飛び跳ねそうなくらい喜んだ。


「そうです! さすがですね! 資料室のフリオと申します。何度かお会いしましたね。本当はお話したかったのですが、なかなか時間がとれず残念でした。あ、でも、今日から一緒の職場なわけですから、色々とお話しできますね」

「ちょ、ちょっと待ってください。話が見えません。そもそも、どうしてここにいるんですか?」


 弾むような口調で聞かされた話の中に、いくつも気になることがあった。しかし、それ以上に問題なのは、フリオさんがここにいるという事実そのものだ。昨日までここにいなかった。一体どうやって、それにどうして?


「申し訳ありません。つい、はしゃいでしまいました。私がこちらに派遣された理由や方法については、こちらに」

 

 そういってフリオさんが差し出したのは一通の手紙だ。押された印に見覚えがある。


「もしかして、オルジフ大臣からですか? 室長ではなく?」

「はい。大臣からです。ささ、どうぞ。私は座っていますから」


 近くにあった冒険者用の椅子に座るリオさん。見た目は大人しそうだけど、かなりアクティブな人だな。王国各地に派遣される資料室の人だから、このくらいじゃなきゃやってけないのかもしれない。

 そんな感想を抱きつつ、俺は手紙の封を開けて目を通す。


 久しぶりだね、サズ君。元気そうで何よりだ。

 裏世界樹ダンジョンの攻略も順調で何より。二重に良いことだ。君にとっては目の前の仕事を進めただけかもしれないが、このように事を進めることができる人材は非常に貴重で、統計上……。

 

 失礼した。手紙だとつい、余計なことを書いてしまうたちでね。本題を先に書ききってしまおう。


 君は大層驚いているかもしれないが、実はそうでもない。

 私は単に、王都の魔女から君たちの話を聞いていた、それだけのことだ。

 情報源は『見えざりの魔女』殿になるな。二人は友人同士で、世間話を毎晩する中だ。魔法というのは不思議なもので、王都とピーメイ村の距離を無視して話す手段があるそうだ。

 これについては、エトワ殿によると、ラーズ殿だからできるという話だが、不思議なことには変わりない。


 さて、この手紙を読んでいるということは、フリオ君と接触済みというわけだ。

 今回、私からの頼みとサズ君たちへの計らいということで、魔女二人が特別に王都から彼女を送り届けてくれた。魔法による移動ということだ。

 この手のお願いはまず聞いてもらえないと思ったのだが、ラーズ殿や君たちの存在は思いのほか、エトワ殿にとって大きいようだ。

 私としても、有難く思うね。


 フリオ君を送り込んだ理由については言うまでもない。資料調査だ。ピーメイ村にある過去の記録や、君たちが集める裏世界樹ダンジョンの情報。その両方を精査し、より良い道筋を照らしてくれるだろう。


 サズ君のことだ、既に資料室宛に手紙の一通も送っていると思うが、先手を打たせてもらったよ。


 この他にも、私が必要だと思ったことは手配するようにする。嫌だと言わずに、素直に受け取って欲しい。

 君たちへの手助けは国益に適っているし、ルグナ姫への慰謝料変わりだ。


 そうそう、フリオ君は甘い酒が好きだ。機嫌を損ねた時にでも利用したまえ。


 善意の宰相、オルジフ



 とても楽しそうな筆致だな、と思った。


「善意の宰相って……逆に怖いな」

「オルジフ大臣、お手紙だとちょっとしたジョークを紛れ込ませるんですよね。全然信じられませんけど」


 フリオさんが容赦なく切り捨てた。大臣なりに善意からやったのかもしれない……いや、そういう人じゃないな。結果的に善意に見えるようになってるだけだ、きっと。


「必要なところに必要なことをしたって感じですね、これは」

「そうですね。善意の部分は魔女さん達に協力をお願いしたというところでしょう。普通、ここまでしてくれませんよ。期待されてますね、サズさん」

「正直、荷が重いですよ」

「あはは。そのうち慣れますよー」


 励ましとも言えない言葉を掛けられていたところ、事務室のドアが開いた。


「おはようございます! 知らない人っ!? サズ先輩っ! その人誰ですかっ!」


 フリオさんを見たイーファが驚いて叫び声をあげた。なんなら手近にあった箒に手をかけている。反射的に出る行動が冒険者だな。


「この人はフリオさんと言って、資料室から来たんだ……」

「えっ、早すぎませんか?」


 まったく同じ疑問を持ったイーファに対して、とりあえず状況の説明を始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る