第110話:攻略開始4

 ダンジョンの中で新たな部屋に入ったら、植物だらけの部屋があった。地面や壁、天井から何らかの植物は生えていて、そこだけまるで別の世界だった。

 以上が、ジリオラさん達の説明だった。


「それで、これだけの収穫があったって事ですか……」

「ほんの一部さ。目についたものを一通りとってきたってところでね。実は、よくわからないのは手を付けずにきた」

「つまり、ジリオラさん達ですら見たことのない植物があったってことですよね」


 ジリオラさん達がそれぞれ頷いた。

 その横で、差し出された薬草達をイーファが鑑定していく。村育ちのイーファは地味に植物に詳しい。


「えっと、えっと。これとこれとこれは薬草ですね。あ、こちらは薬味に使えるものです。あ、これは凄いですね。村からちょっと離れた森でしか採れない特別な薬草がありますよ」


 その特別な薬草には見覚えがあった。俺とイーファが初めて村の外に採取に行った時にとったやつだ。あの時は魔物に襲われたな。


「先輩、これ、ピーメイ村周辺で採取できる植物と同じに見えます!」

「……そもそも、ピーメイ村は世界樹の一部。色んな薬草が生えているのはその名残だったな……」

「ここもそうってことだよね。それで、見かけない植物も沢山あったんだけど?」


 ジリオラさんは楽しそうだ。それも当然、ここに来て早くも最初の成果を得たとも言える瞬間だからだ。

 俺は机の引き出しから、一冊の本を出す。あまり、まとまっていないが、かつて世界樹で採取されていた植物をまとめたものだ。世界十大迷宮の一つだった世界樹での採取品は多岐に渡り、本一冊で収まらないほどだ。

 俺が用意したのは低階層の代表的なものが記述さている。まあ、俺とイーファで古い資料を慌てて写しただけなんだけれど。


「えーと……ファム草、セラスの花、水月草、エファの根……これは掘り返す奴かな……。色々珍しいのが採れたみたいですけれど」

「セラスの葉っていうのは聞いたことがあるね! 色んな薬になるってやつで、ちょっとお高いんだ」

「世界樹がある時代は沢山あって安かったと記録にありますね」


 多様な植物はそのまま世界樹の特産品でもあった。それらが供給できなくなったことで、一時的に国が荒れたほどだ。アストリウム王国はそういう混乱に乗じて建国したとも聞く。


「これは……凄いことになったかもしれない」

「ですね! もしかしたら、大昔の世界樹みたいに凄い収益になるかもです!」


 俺の言葉にイーファが反応し、それを見たジリオラさん達も一気に顔色を明るくする。つまるところ、冒険者達に多大な利益が出るという話でもある。当然だ。


「どうするんだい、サズ。アタシ達としては、現場を確認して欲しいんだけれど。あんたの『発見者』なら色々珍しいものを見つけられるかもしれない。それに、草が多すぎて奥への通路も見つからなくてねぇ」

「先輩! 早くも出番ですね!」

「ちょ、ちょっと待ってください。俺が出るのはまあ、いいとして。色々と準備をさせてください」

「装備品ならあるんだろ? ああ、ギルドの方の話かい」

 

 俺は頷き、考えながら答える。


「結構課題があります。急激に増えた収集品をどう換金するかとか。ここも村にもお金はまだそんなにないですし。それと、採取した植物を鑑定できる人もいません」

「たしかに……私も先輩も、そこまで薬草に詳しくないですもんね」


 こういう時、色々と詳しい職員を配置したり、専門家を雇ったりしておくものだけれど、ここには当然そんな人はいない。


「それと今後の話もです。収益が見込めるようになったなら、所長に報告して色々と今後に向けて手を打っておかないと……」


 間違いなく収益は増える。でも、現状だと対応しきれない。早急に整備が必要だ。

 どの順番で仕事をすべきか、必死に考える。


「で、サズとしてはどうするんだい?」


 しばらく見守ってから、ジリオラさんが聞いてきた。


「……とりあえず、俺も現場に同行させてください。イーファに色々と業務を頼んで、平行して進めてみます。出発は、明後日でお願いします」


 ○○○


 二日後、俺は植物が沢山あるという現地にいた。地下一階は、最初に広い空間があり、その先にある通路から普通のダンジョンになっている。これまでは土と石が中心の普通の洞窟型で、出てくる採取品もそれほどめぼしいものはなかった。

  しかし、ジリオラさん達に案内された場所は違った。


「凄いですね。植物系のダンジョンは話だけ聞いたことはあるんですが」

「地下なのになんでこんなもっさもさ生えてるのか不思議だねぇ」


 空間が緑色で溢れている。通路の先の部屋に入った瞬間から、地面や壁から葉を茂らせた植物がかなり生えていて、報告通りの別世界が広がっていた。太陽もないのに、どうしてこんなに植物が茂っているのか、本当に不思議だ。


「まだ全部は探索してないんですよね?」

「まあ、ちょっと目移りしちゃってね。何よりサズに報告して来てもらった方が速そうだったからさ」


 あまり期待されても困るんだけどな。とりあえず、全員が武器を構え、用心しながら中を進む。時折見かけない植物を見かけたら、手袋をして慎重に切り取り袋に入れておく。これだけあれば、毒草の一本くらい生えていてもおかしくない。


「とりあえず、珍しいのを結構採ったけど、これをどうやって鑑定しようかな」


 持ってきた袋が一杯になったので休憩しつつ、相談を始める。採取した植物を観察してみるが、よくわからない。小さな図鑑も持って来ているけど、時間がかかりそうなので、今やるべきじゃなさそうだ。


「珍しいものがあっても、わかる人がいないんじゃ仕方ないねぇ。あ、サズを責めてるわけじゃないよ?」

「ありがとうございます。でも、遅かれ早かれ出る問題でしたから、一応、対策は考えてあるんですが……」


 今頃イーファがしっかり仕事をしてくれているはずだ。知識面の問題は時間さえあれば何とかなる。しかし、勿体ないな、せめて鑑定だけでもできれば……。


「そういえば、物知りそうな人が一人、身近にいました。相談してみます」

「……ああ、例の魔女さんか。平気なのかい?」


 すぐに察したジリオラさんが心配げな顔で聞いてきた。実はこの人、ラーズさんはちょっと苦手らしい。


「穏やかな人ですから大丈夫ですよ。後で聞いておきます」


 相談役は相談に乗るのがお仕事だ。ちょっと協力してみよう。

 それから俺達はしばらく探索を続けた。この植物園(とりあえずそう命名した)は結構な広さがある。そこら中に生えている植物が進路を邪魔するからかもしれない。

 そう、植物が邪魔なのだ。いっそ少し切り払って道を確保してしまおうかと思った時だった。『発見者』が反応した。


「その太い木みたいなのが生えている所、向こうに何かあります」

「よし来た!」


 天井から生えた木が壁のようになっている箇所を見ていたら、見えた。この向こうには何かある。

 すぐ木を伐りはらい、向こうにあるものが見えた。

 扉だ。それも金属製の重厚な。ダンジョン産の物品だからか、錆一つない。

 綺麗な扉は異様な存在で、威圧感すら感じた。いや、それが正しいんだろう。


「……恐らく、中枢部屋への入り口ですね」

「見りゃわかるよ。……ちょっと見ていくかい?」


 ジリオラさんの言葉に、俺も含めてその場の全員が頷く。扉を見つけた時、中を覗くのは珍しい行動じゃない。


「じゃ、開けるよ」


 全員が防御できる姿勢になったのを確認して、ゆっくりと扉が開かれていく。

 向こうにあるのは広い空間、そしてその中央に佇む一つの大きな影だ。


「牛……ですね」


 地下一階中枢は真っ赤な体毛を持った巨大な牛だった。

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