第109話:攻略開始3

「ほう、話には聞いていたが実際に見てみると興味深いな。思ったよりのんびりしているじゃないか」

「今は人が少ないので、冒険者が攻略に出ている時は職員だけになりますから」


 ルグナ所長が攻略支部にやってきた。それも突然。村から物資を運ぶ荷馬車に同乗してやってきて、護衛の人と一緒に荷物扱いで運ばれて来る姿を見た時はびっくりした。こんなことする王族、聞いたことない。

 どうやら視察という名目で来たらしく、俺達のあいさつをさっと交わすと、そのまま楽しそうに攻略支部の敷地内をうろつき始めたのである。


「結構広いんで掃除なんか大変なんですよ。今はちょうど一休みできたところです」

「なるほど。職員である二人と温泉の王に業務が集中しているわけか。今後、冒険者が増えたら対応が必要だな」


 温泉の王の宿の中を見て、武器や食料の保管庫を見て、攻略支部の中を見て、イーファからそう説明を受けた所長は大きく頷いた。……掃除した後で良かった。規模が小さいとはいえ十人以上いるので、汚れる時はそれなりの状態になってしまうので。


「所長はここまで来るのは初めてでしたね」

「うむ。昨年の討伐時は色々出かけることが多くて結局見にこれなかったからな! 大変残念だった。それで、今回は無理やりにでも、というわけさ」

「…………」


 にこやかに言う所長の横で、護衛の子が微妙な顔をしていた。多分、今日のこれは突発的な行動だったんだろう。苦労が絶えないようだ。


「どうぞ、お茶です」

「ありがとう。では、せっかくだから状況を聞いておこうか」


 打ち合わせ用の机の前に座り、ルグナ所長が言った。実に機嫌がいい。イーファの入れたお茶を上品な所作で美味しそうに飲んでいる。

 報告は欠かしてないけど、せっかく現場に来てくれたんだ。説明しておいて損はないな。

 俺は机からいくつか書類を持ってきて話を始める。ダンジョンの地図とこれまでの収益をまとめたものだ。


「現在、地下一階を攻略中です。大分範囲が広くなりましたので、そろそろ下への階段も見つかるかと思います」

「ふむ。報告のとおりだな。冒険者の状況は? 怪我人はいないか?」

「ジリオラさん……前にもここに来ていた槍使いのパーティーの方が積極的に進んでいますね。今のところ順調です。もう一方の方は既存の道を精査しているようです」


 リジィさんのパーティーは採集品に力を入れている。どうせお金の使い道がないなら、いっそ貯めようかと言っていた。大きな買い物をしたいようだ。同時に、既存の道にも隠し部屋が見つかる可能性があるので、精査するのは悪いことじゃない。


「収益の方は今ひとつのようだな。いや、この段階で黒字になるとはさすがに思ってはいない。まだ投資の段階ということか」

「そうですね。多くのダンジョンにおいて黒字化するのは三階層以降を攻略した後だと言われています。そのため、浅い階層を積極的に攻略するという方針もあるにはあるんですが……」

「攻略支部長としては慎重にいきたい、ということだな」

「はい。何が起きるかわかりませんから……」


 今のところ、裏世界樹ダンジョンに変わったところは見られない。しかし、ここは王国内におけるダンジョン発生の起点になっている可能性すらある特殊な場所だ。俺としては慎重に攻略を進めていきたい。冒険者の数が少ないので、脱落者が出るのも好ましくないし。


「私としてもそれで良いと思う。国の方も注目しているからね、冒険者に何かあって攻略が滞る方が困るだろう。今のままなら地下一階は攻略できそうに見えるしね」

「それは、これから現れる中枢次第ですね」


 地下一階で出てくる魔物は大して強くない。ベテラン冒険者なら楽勝といえる。問題は中枢で、どんなのが出てくるかだ。


「中枢か。こればかりは楽ができるのを祈るしかないな。最悪、サズ君とイーファも協力するように」

「わかりました」

「はいです!」


 俺達が返事をすると、ルグナ所長は立ち上がった。護衛の子は音も無くそれに続く。


「今の話、王都にもしっかり伝えておく。まあ、あんまり気負わず、目の前の仕事に集中してくれ」

「どちらに?」

「せっかくここに来たんだ。温泉を楽しませてもらうよ」


 そう言ってルグナ所長は温泉の王の宿へと向かうべく歩き出した。もしかして、上機嫌だったのは温泉に入れるからなんじゃないだろうか。村でも入れるけど、源泉に当たるここのは格別だからな。


 無事に視察が終わってちょっと安心していたら、護衛の子が素早く俺の横に来た。なんだろう?


「……イーファさんに無茶させたら、許しませんから」


 やや低い声でそう囁くと、護衛の子はすぐにルグナ所長の隣に行った。


「…………」


 ちょっと怖かった……。なんだろうか。そういえば、イーファと仲が良いって聞いたことあったな。


「どうしたんですか、先輩?」

「いや、なんでもない」


 俺、あの子の気に障るようなこと、なんかしたかな?


 そんな疑問とは裏腹に、攻略の方に動きがあった。

 その日の夕方、帰ってきたジリオラさん達が過去にない量の採取品を持ってきた。

 問題はその内容だった。

 彼女たちが手に入れたのは植物の種や薬草類。

 洞窟型の地下一階ではこれまで確認されていなかった、植物類だ。

 植物が生い茂るこれまでにないフロアが発見されたのだった。


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7/25、『左遷されたギルド職員が辺境で地道に活躍する話』の小説版第二巻が発売します。

宜しくお願い致します!

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