第107話:攻略開始1
裏世界樹ダンジョン攻略支部の仕事が本格的に始まった。
傷の治療はラーズさん、やってきた冒険者の宿泊については温泉の王、ギルド自体の運営は俺とイーファという小さなスタートだ。
とはいえ、やってきてくれたのはジリオラさんとリジィさんというベテランの冒険者パーティーだ。規模はともかく、攻略については心配が少ない。
そう、集まった冒険者については問題はない。問題は運営する俺達にある。
「思ったより……大変だな……」
「もしかして、職員二人って無理があったんでしょうか……」
攻略支部内の事務所にて、俺とイーファは机に向かってぐったりしていた。この時間帯、冒険者たちはダンジョンに潜っているから俺達は事務に専念できる。その仕事が思った以上に多い。
「去年の魔物討伐とはちょっと訳が違うからな。あの時は村の方にもここにも増員があった」
「例年通りってことでドレン課長がどんどん手配してましたね」
「今回は一から支部の立ち上げだ。しかも、ダンジョンで収益も上がってないから、どのくらい環境を整えればいいのか検討がつかない。最初は俺とイーファだけでいけると思ったんだけどな……」
「細かい計算が多くて大変ですねぇ。それと、ダンジョンで採取できた品々の鑑定も問題ですし」
「ある程度想定してたけど、どうしたものかな」
軽く頭をかきながら、俺は考える。
ダンジョン攻略は順調だ。浅い階層は難易度が低い。そんなダンジョンにおける常識が今回も通用している。おかげで、ベテラン冒険者達はどんどん進み、色々と持ち帰ってくれている。
そうすると、俺が鑑定して金額をつけて買い取らなければいけない。このために買い取り用の資料を用意したけど、これの運用が結構大変だ。何より、攻略支部にはそんなに現金が置いていない。このままだと交換用の書類を作って村に行って貰う必要がでてくるだろう。
「いっそ換金を村の方でやってもらうか……いや、駄目だな。ここでやりたい」
「でも、お金を手に入れても使う場所がないって言われてますよ?」
「そうなんだよな……」
換金の手間や準備についてはおいておくとしても、そちらの問題がある。
冒険者たちが金銭を手に入れても消費する先がない。ピーメイ村まで行っても、あるのは小さな雑貨屋くらいだ。経済規模が小さすぎる。これは物資の面での不安にもつながる。例えば、冒険者たちの装備品の補充。ピーメイ村に武器や防具の備えはそれほどない。攻略支部設立にあたって少し用意してあったけれど、もし人が増えたらすぐ枯渇するだろう。
「一番いいのは村にそれなりの規模の商人が店を出してくれることなんだけど。それもまだ難しいだろうな」
「ちゃんとお金になるかわかりませんもんね。あ、ベルお嬢様なんてどうでしょうか?」
「商人としてはちゃんとした感覚のある人だからな。もう少し結果を出さないと難しいんじゃないかな。思い切ってルグナ所長経由でお願いしてみるか……」
ここは推定裏世界樹ダンジョンだ。将来性はある。先んじて投資した商人が大きな成果を得られるわけだが、あのお嬢様はその賭けに参加してくれるだろうか……駄目だな、俺には全然わからない。
「ここも王都のダンジョン攻略支部みたいに小さな村になっちゃえばいいんしょうけど」
「難しいな。あそこは王都という環境がそもそも特殊だった」
人も物も建物も揃っている所に現れたダンジョンだ。準備を整えるのは簡単だ。そういう意味では、あそこはダンジョン攻略の勉強に最適だったわけだ。ちゃんと最初から最後まで関わっておきたかった。
「このままじゃ、私もサズ先輩もダンジョン攻略に参加するのは無理そうですね。備品の手配とか、雑務とか、書類仕事でいっぱいいっぱいです」
「俺達はそれが本業だと言われればそうなんだが……。でも、ダンジョンに入る時は必ずあるな」
現状、俺もイーファも戦力として数えざるを得ない。危険個体や中枢相手の時は、実戦に加わることになるだろう。とすると、事務作業を代行できる人が必要になるわけだけど、現状の収支だとどこまで要求して良いものか。
「そうだ。コレットさんが来てくれると全部解決ですよ。超優秀な職員ですから」
明るい顔をしてイーファがいう。良い思いつきではある。コレットさんなら能力的には申し分ない。むしろ、俺の代わりに攻略支部長をやってくれた方がいいまである。
「残念ながら。コレットさんは来ないよ。あの人は都会が好きなんだ。昔、それで東部の副支部長の異動を蹴ったことがある」
多分、この辺りで一番賑やかな街、クレニオンですら、あの人は来てくれないだろう。なにせ、都会のギルド以外で働きたくないために、出世を拒んでいる説まであったんだから。
「そんな。きっと来れば気にいってくれるのに……」
「生まれた時から都会に住んでると難しいものもあるさ」
リナリーたちがこちらに向かってくれていることが救いだな。いつになるかわからないけど。それまでに、できるだけの準備はしないと。
「課題は多いけど、地道に一つずつ片付けていこうか」
「はい、そうですね」
決意を新たに仕事に戻ろうとしたら、扉が開いてスライムが現れた。言うまでもない、温泉の王だ。
「ふたりとも、ご苦労である。お茶を淹れたから飲みなさい」
なんだかご機嫌な様子で触手を伸ばしてお茶をくれた。こころなしか、体も艶がある。
「王様、ごきげんですね」
「うむ。客人がいるのは賑やかで良い。料理も腕のふるいがいがある。今後も踏まえて、宿の増築でも計画しようかと思うほどだ」
イーファの膝の上に乗って、にこやかに語る温泉の王。この人こそただ一人、攻略支部が本格稼働して元気になった人である。
「増築ですか。ゴウラ達に資材輸送の依頼が必要ですね」
「なに、先の話だ。その時は彼らにも温泉を楽しんで貰うとしよう。ハハハ」
穏やかな口調で語ると、温泉の王は爽やかな気配を残して部屋から去って行った。
「そういえばゴウラさん達、ダンジョンに入らずにずっと輸送の仕事ですね」
「しょうがない。護衛が必要だし、輸送は信頼できる冒険者じゃなきゃ頼めないし……」
結局、ゴウラ達には雑用みたいな依頼を頼むばかりになってしまっている。本人達はそれで十分だと言ってくれているけど、できれば彼らにもダンジョンに行けるようにしたい。
「先は長いな」
「頑張りましょう!」
裏世界樹ダンジョン攻略支部は、この日もちょっと残業をした。
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