第106話:攻略の準備2

 ピーメイ村ダンジョン攻略支部の相談役である「見えざりの魔女」ラーズさんお家は、支部のすぐ近くにある。

 ただし、簡単には入れない。温泉の王の家の裏にある岩の近くで特定の場所に触れた上で合言葉を言う必要がある。

 もともとは簡単に入れたんだけど、攻略支部ができて人が集まる気配を感じてから、魔法で色々とやってこの形に落ち着いた。どうにかして人との関わりを減らそうという強い意思を感じる。


 手順を踏むと入れるラーズさんの家は、周辺だけ別世界みたいになっている。空間がどうとか言っていたので、王都で会ったエトワさんの家みたいな魔法を使っているらしい。


「なるほどー。たしかにダンジョン攻略をするなら『癒し手』さんは必須ですからねぇ」


 訪ねてみれば、いつも通り。にこやかなラーズさんが出迎えてくれた。お茶とお菓子を用意してもらったところで、俺達の事情を聞くと、和やかに頷く。


「はい。ですけど、呼べばすぐ来てくれるというわけではないので」

「それで相談役のわたしのところに来てくれたのですね。とても嬉しいです。……正直、もう忘れられてたかと思いました」

「わ、忘れてませんよ! クラウンリザード討伐の時とか、大活躍だったじゃないですか!」

「王都で俺達の仕事に合わせて裏世界樹ダンジョンを見つけてくれたのもラーズさんじゃないですか」

「お仕事はその二回だけでしたけど……。いえ、静かに暮らせたからいいですけど」


 仕事がないとそれはそれで不安になるらしい。意外と責任感あるな……。


「そこで相談です。なにか、傷薬みたいのは用意できないでしょうか」

「魔女の霊薬ということですね、うーん……」


 魔女についての言い伝えに、特別な薬を作るというのがいくつかある。場合によってはたちどころに傷や病が治る話もあるほどだ。俺はそこを当てにして頼みにきた。隣でイーファが目を輝かせている。


「難しいんですか?」

「いえ、作るのは難しくないのですがー。魔女のルール的にも、ダンジョン攻略に手を貸すわけじゃないし、程々のものを作るなら大丈夫かなー……。でも、種類も多いですし、扱いも難しいのですよね……」


 この困り方は珍しいな。割と出来る出来ないをはっきり言う人だから。本当に難しいんだろう。すると、俺やイーファ、あるいは王様が販売するのも不安だな。これはダメかな。


「そうだ。わたしが直接販売するのはどうでしょうか?」

「……大丈夫なんですか?」


 ラーズさんは極端な人見知りである。対面で物を売り買いするのはとても難易度が高いだろう。


「大丈夫ですよー。昨年ここに来た商人さんとやり取りはできていましたしー」

「そういえばそうですねっ。解決ですよ、先輩!」


 たしかに、昨年、クラウンリザードを退治することになった時、ラーズさんはこっそり商人とやり取りしていた。あの時は顔を隠して解決していたな。とはいえ、客と直接やり取りする商売とはなると話は別だ。買い物以上のコミュニケーション能力を必要とする。


「サズさん、わたしのことを信用していませんね?」

「いえ、そんなことは……」


 不満げな顔で言われた。表情に出ていたらしい。


「いいんですよ。気持ちはわかりますから。でも、わたしもエトワのいる王都に行って、もう少し人間社会に歩み寄るべきだと思ったんです」

「ラーズさんも王都を回ったんですか?」

「いえ、エトワの家から出られませんでした……。でも、王都の美味しい食べ物は沢山頂きましたし、皆さんのお話を聞いて興味が出て来たので」

「人見知りを克服しようってことですか?」


 問いかけに、ラーズさんはこくりと頷いた。それから、ちょっと顔を赤くして続ける。


「サズさんもイーファさんも頑張っていますから、わたしも頑張ろうって思ったんです。そのうち、エトワと一緒に王都のお店を回りたいなって……二十年後くらいに」


 大分気の長い計画を立てている。でも、前進は前進だ。なにより、これでラーズさんが魔女の霊薬を直接販売してくれるというのはとても有り難い。


「では、魔女の霊薬はラーズさんが直接販売してくださるということで良いでしょうか?」

「販売するのはわたしじゃありませんよ?」

「え?」


 俺とイーファが同時に疑問を口にすると、ラーズさんは何も無いところから、巨大なスライムのぬいぐるみを取り出した。


「王様のぬいぐるみですか? あ、でも色がピンクで可愛いですね!」


 イーファの言葉に得意気な顔になってラーズさんが言う。


「温泉の王さんのグッズに少し手を加えた魔道具です。お店販売用魔道具『あきない君』ですよー。これはわたしと声と視界を共有できるのです。しかも、ぬいぐるみに便利な触手も追加してあるので商品管理も可能なのですよ」


 そういうとピンク色のスライム型ぬいぐるみから、もこもこした触手が出て来た。王様も似たようなものを出して家事をしてるから見慣れているけど、ちょっと怖いな。


「あの、先輩……」


 大丈夫でしょうか? とイーファが視線で問いかけてくる。


「そうだな……」


 普通なら、ダメだろう。しかし、ラーズさんがこの「あきない君」を設置しようとしているのは、温泉の王がいる攻略支部内だ。その上、やってくる冒険者はジリオラさんとリジィさん達。少なくとも、ジリオラさん達は簡単に受け入れてくれるはずだ。リジィさん達もベテランだから、幻獣の仲間だと説明すれば納得してくれるだろう。

 一度冒険者に受け入れられてしまえば、そのまま定着させるのは難しくない。


「……いけるな」

「おおっ」

「良かったー。ちょっと断られるかなーって思ってたんですよ」


 一応、その可能性は考慮していたようだ。俺の方から、一つ確認したいことがある。


「あの、ぬいぐるみを通せば、ラーズさんは普通に接客できるんですよね?」


 繰り返すが、ラーズさんの対人能力はかなり低い。魔道具越しでも、ちゃんとやり取りできるのか、その点に不安が残る。


「だ、大丈夫だと思います。多分。……頑張りますっ」


 両手を握りこぶしにしてそう言ってくれた。少なくとも、意気込みは伝わってくるな。


「イーファ、しばらくフォローを頼む。俺も様子を見るから」

「はい。お任せくださいっ」


 なにはともあれ、冒険者の治療に関しては頼もしい協力者を得られたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る