第104話:冒険者集め7

 翌日、ライトウッド家の屋敷。その庭園にて。俺達は再びベルお嬢様と対峙していた。


「連日いらっしゃるなんて勤勉な方ね。お待たせしてごめんなさい」

「いえ、無理を言って時間を作って頂いたのは我々ですので」


 昨日は幸運にもベルお嬢様に会うことが出来たけれど、普段はこうも行かない。ジリオラさん経由で約束をして貰って、会えたのは午後だ。

 その日のうちに会えたのを幸運だと思おう。


「単刀直入に申します。ジリオラさんに裏世界樹ダンジョン攻略に来て頂きたい」

「……それは、わたくしにジリオラ様を諦めろということ?」


 目を細めてこれまでにない冷たい声音で言うベルお嬢様。……正直怖い。横のイーファが引きつった笑みを浮かべている。


「ジリオラさん達もずっとダンジョン攻略に挑むわけじゃありません。機会を見て、勧誘できると思いますが?」

「そういう話になったのですか、ジリオラ様?」


 隣のジリオラさんが頷いた。当然ながら、ベルお嬢様は俺達が打ち合わせした上でこの場に臨んでいるのを承知している。


「まあ、そうさね。アタシなり考えたのさ。前から思ってた、冒険者になったなら伝説級……になるかもしれないダンジョンにやっぱり挑んでみたいってね」

「それが、命がけになるとしてもですか?」

「そうだねぇ。本当に馬鹿げた話だと思うよ。でもね、そもそも、そういう馬鹿なことをしたくて冒険者をやっているのを思い出したんだよ、アタシは」


 一定以上の実力を持った冒険者は多かれ少なかれ、自信と憧れがある。アストリウム王国の建国王のように、伝説級のダンジョンに挑んで名を残したい。子供じみた憧れと言われるだろうけれど、それがこの国だ。国の風土と言ってもいい。

 ただ、これがわかるのは当の冒険者達くらいだろう。あまりにも単純で、馬鹿らしく、原始的な感情なのだから。


「他の皆さんは、納得しているのですか?」

「昨日のうちに話したよ。アタシの仲間だ。むしろ判断が遅いって怒られたくらいだよ」

「……そう、ですか」


 納得いかないとばかりに、ベルお嬢様は軽く嘆息した。


「あの、埋め合わせとは言いませんが。お詫びの品をご用意できます」

「有望な護衛を失うわけですから、簡単なものではなびきませんよ?」

「……先輩、怖いです」


 イーファの言うとおり、ベルお嬢様の笑顔が怖い。顔は笑ってるけど、声も態度も全部怒っている。

 これに対して俺達は精一杯の品をお詫びとして提示するしかない。


「ピーメイ村の所長、ルグナ姫のサイン入り肖像画。これでいかがでしょうか?」

「承知しましたわ。本当に貰えるんですの? 口約束は信用できませんわね! 書類を! 紙で用意しないと!」


 立ち上がり、猛然とした勢いで自ら紙とペンを用意しだした。


「……予想が当たったみたいだな」

「さすがですっ、先輩」


 昨日、ジリオラさんに聞いたのはベルお嬢様の趣味だ。このお茶会をするための建物、各所に有名な女性貴族や王族の肖像画がある。それも、実務面で有能だという評判で名を残した人ばかり。中にはサインまで入っている。

 ジリオラさんが言うには、屋敷内や自室も同じようなものが多いらしい。

 つまり、ベルお嬢様は、同性の有名人に対して非常に強い敬意を持っている。


 そこで、ピーメイ村のルグナ所長、『銀月姫』の出番だ。女性王族で人気は国内屈指。それでいて、王都から離れた辺境にいるので、会って話すのは難しい。

 ルグナ所長に関する品なら、効果があると踏んでの賭けだったが、成功したようだ。


「上手くいったのは良かったけど。勝手にこんな約束していいのかい?」

「一応、この程度なら名前を出していいって言われてるんだ、実は」


 冒険者勧誘で出張に出るのが決まった時、ルグナ所長は「ちょっとくらい私の名前を出してもいいぞ。大事なら相談するように」と言ってくれた。小さな肖像画にサインなら、相談なしでも平気だろう。


「そういえばルグナ所長、たまに自分の肖像画とサインを誰かに送ってましたけど、こういうのに使ってたんですね」


 ウキウキと書類の準備をしているベルお嬢様(自分で契約書を作っている)を見ながら、感心したようにイーファが言った。

 所長、自分の人気を使って、色々と村のために動いてくれているんだろうな。

 戻ったら、しっかりお礼を言おう。


 浮かれたベルお嬢様を苦笑しながら眺めるジリオラさんを見て、俺はそんなことを思った。

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