第103話:冒険者集め6
ベルファリス・ライトウッド。リオラスの町における有力貴族ライトウッド家の末娘。まだ十代中頃ながら、商才を発揮し、親から商売を一部任せられている才女だ。
そんな彼女がある日、大きな商売をすることになった。外国産の交易品を王都方面の町まで運ぶ。仕事としてはそれだけだが、量が多く、これまでにない規模の隊商を組む必要があった。
ライトウッド家は自前の護衛団を持っていたが、さすがに人手が足りず、評判の良い冒険者パーティーを雇った。
そこで選ばれたのがジリエラさん達だったというわけだ。
結果として仕事は成功。むしろ、大成功といえるものだった。何度かあった獣や野盗の襲撃も、優秀な護衛によって見事に撃退。その撃退内容にジリエラさんの今の境遇が深く関わっている。
野盗が大きな襲撃をして来た時、ジリエラさんはベルお嬢様を救った。それはもう、見事なまでの手際だったそうだ。複数の野盗を相手に一人で大立ち回り。神痕があるとはいえ、なかなかできることじゃない。
それまでの仕事ぶりとその時の活躍のおかげで、ベルお嬢様に大層気に入られたジリエラさんは、その後も屋敷の護衛兼話し相手として雇われて現在に至る。
「というわけさね。仲間達もよくして貰ってるし、怪我人もいたからちょうど良かったからね」
「現在は絶賛、わたくしの護衛として雇用の打診中です」
一通り事情を説明したジリエラさんは苦笑気味にそう語った。横のベルお嬢様は落ち着いた様子だ。
「貴族様の護衛なんて、凄いじゃないですかっ。先輩、これって……」
「ああ、冒険者にとって理想の転職先の一つだな」
一生を冒険者で終える者はそう多くない。たいていの場合、肉体の衰えに合わせて、それなりの仕事に収まる。その中でも、貴族に雇われるというのは待遇面ではかなり良いと言われている。ある程度危険からは遠ざかるし、肉体的に衰えても指導などの別の仕事がある。もちろん、権力争いに巻き込まれて、ダンジョン攻略の方がマシな状況に陥る可能性もある。それを踏まえても、貴族という雇い主はその日暮らしの冒険者にとっては大変魅力的だ。
「わかっているようなら話は早いですね。サズさん、イーファさん、お二人のことは存じておりますし、ピーメイ村の事情も承知しております。しかし、ジリエラ様はわたくしと交渉中なのです」
「それって、まだ決めかねてるってことですよね?」
「いや……まあ、正直、迷っているよ。ずっと冒険者を続けるわけにもいかないのは確かだし。ベルお嬢様には世話になったし……」
ジリエラさんは迷いのある様子だ。この話じゃ仕方ないか。俺がそう思った時、ジリエラさんは小声で続けた。
「ああ、でも、裏世界樹ダンジョンか……。見てみたくはあるねぇ……」
どこか遠い目をしていた。そこに見え隠れするのは憧れに好奇心。冒険者の目だ。
「……裏世界樹ダンジョンというのは、挑むのはジリエラ様達でなくても良いのでしょう? ならば、別の方を当たってはどうです?」
少し慌てた口調でベルお嬢様が続けた。ジリエラさんの本心に気づいている?
「ベテランの冒険者というのは貴重なんです。とはいえ、ベルお嬢様の仰ることもわかります。今日はご挨拶ということで、一度出直しをさせてください」
そう言って、俺とイーファは一時撤退を決めた。
○○○
「ごめんな! 町の有力貴族だし、借りもあるし、ベルお嬢様は本当にいい子だから決められなくて!」
ジリエラさん勧誘に失敗したその日の夜、泊まった宿屋の一階にある酒場で、俺達は早速本人と話していた。
ベルお嬢様のいるところでは、ジリエラさんの本音を聞き出せない。そう思って、帰り際に声をかけてみたら、すぐに来てくれた。
「むぐむぐ。転職のチャンスですもんね。職員として、気持ちはわかります」
料理を食べながら、イーファが言う。
「あんた達は変わらなくて嬉しいよ。実際、仲間達も屋敷に馴染んでる。悩みどころなのさ」
「それは難しい判断ですね」
仲間の人生まで左右する決断をしなきゃいけないわけだ。慎重になるだろう。
「それで、そっちはどうなんだい? 目処はたってるのかい?」
「どうって、ダンジョン攻略ですか? 冒険者が来てくれなくて、自分で探しているのが現状ですよ」
「リジィさんっていう冒険者さんのパーティーは何とか来てくれるみたいです」
「おっ、リジィか。あいつらは腕がいいよ」
その発言をきっかけに、俺達は食べながらリジィさんとの出会いとジリエラさんの居場所を知った経緯をようやく話せた。ついでに王都での出来事も色々と聞かれた。
「そっかそっか。王都でそんなことが。サズが出世したのはめでたいね。うん。裏世界樹ダンジョンか……」
「ジリエラさん、本心でいうとどうなんですか? 攻略に参加したいのか、ここでライトウッド家の護衛になるか。考えがまとまっているのでは?」
ダンジョン攻略が進められない。本題に入ったので、思い切って切り込んでみた。
「……悩んでいるのは本当だよ。正直、冒険者の仕事をあと何年続けられるかっていう不安もある……」
「…………」
俺より先に不安顔になるイーファ。そうだな。この状況で大規模ダンジョンに命がけで挑んでください、とは言いにくい。それに、ベルお嬢様の言うことももっともではある。冒険者は他にいる。俺達の足で勧誘を……。
「けどねぇ。久しぶりに、ワクワクするんだよね。蘇った伝説のダンジョン。こんなのに真っ先に挑めるなんて、冒険者冥利に尽きるんじゃないかって」
「き、来てくれるんですか!」
「行きたいね。あんた達の王都での話を聞いて、久しぶりに槍を振り回したくなってきたよ」
にやりと笑うジリエラさん。この顔は俺達に気を使っているわけじゃない。
「そうすると問題は、どうやってベルお嬢様を説得するかだねぇ。いい子だから、和やかに別れたいんだよね。貴族だから、下手に扱えないし」
再び悩ましげな表情に戻った。イーファも腕組みして、「困りましたねぇ」と言っている。
「それなんですけど、いくつか教えて欲しいことがあります。屋敷の中のことなんですけど」
「へぇ、策があるのかい? アタシの覚えてることで良ければ、何でも聞いておくれ」
策というほどのものじゃないけど、考えはある。ベルお嬢様を納得させることができるかどうかは賭けになるけれど。
ジリエラさんの意志が確認できた以上、やらない理由はない。
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