第95話:置き土産

 資料室以外でマテウス室長を見るのはちょっと新鮮だった。応接でのんびりお茶を飲んでいて、俺とイーファを見ると軽く手を上げて挨拶された。


「すまんのう、食事中じゃったか」

「いえ、もう休憩も終わるところでしたし。わざわざギルドに来なくても呼んでくれれば伺ったんですが」


 椅子に座りつつそう話すと、室長は少し深刻な顔をしてから、俺とイーファを交互に見た。


「なに、老人はたまには散歩くらいせんとな。それと、この件は直接話すべきじゃと思ったんじゃ」

「直接って、そんな大事な話ありましたっけ?」

「イーファ君に関することじゃよ」

「……?」

「……っ。なにかわかったんですか?」


 怪訝な顔をするイーファだが、俺はすぐに察した。資料室に協力してもらえることが決まった時、ピーメイ村のことでいくつか調べてもらっていた。


「うむ。少しばかり苦労したがの」

「先輩?」

「実は、イーファの両親について資料室で調べて貰っていたんだ。村には資料がなかったんだよ」


 俺はダンジョン攻略と並行して、ピーメイ村では調べきれなかったことのいくつかを、資料室に頼んでいた。そのうちの一つが、イーファの両親に関することだ。二人共冒険者だったというが、殆ど資料が残っていない。彼らが冒険者としてどんな能力を持ち、どんな活動をしていたか。それを知れば、足跡を追う手がかりになるかもしれない。そう思っての頼みだった。


「あの、お父さんとお母さんがどんな冒険者だったんですか? 私も知らないし、王様もドレン所長も詳しくなかったです」


 自分の両親のことだ。知りたくないはずがない。イーファが少し前のめりになる。


「これは書類として渡すことはできんから、口頭のみの説明になる。よく聞くのじゃよ」


 冒険者の個人情報は能力が高いほど高い機密として扱われる。室長が書類を用意できずに口頭ってことは、イーファの両親はかなりの実力があったってことか。


「イーファ君のご両親は、王国内の各所で活躍しておった。特に、ギルドから特殊な採取などを依頼されることがあったようじゃ」

「変わった神痕を持ってたってことですか?」


 ギルドから特殊な依頼を受ける冒険者なんて、そうはいない。相当なベテランや、特殊な神痕持ちだけだ。

 室長は静かにうなずき、豊かな髭に手を添えながらゆっくりと話す。


「イーファ君のお父上は『生還者』、お母上は『観察』の神痕を持っていたようじゃ。二人で組んで、ダンジョンの奥地における調査などを得意としておった」

「……『生還者』と『観察』ですか」


 たしかに、調べ物が得意そうなコンビだ。たしか、『生還者』は肉体の回復力が高まるだけでなく、危地を回避する能力も備わると聞いたことがある。希少な技能なのは間違いない。


「じゃあ、世界樹について調べていたのもお仕事だったんですか?」

「それについては恐らく否じゃ。ギルドや国から世界樹調査の依頼は出ておらん。ただ、王国内を飛び回って仕事をするのを終わった時期と、イーファ君が生まれた時期が一致しておる。世界樹の調査をしつつ、子育てに集中したものと思われる」

「そう……なんですか」

「室長、『生還者』はダンジョンでの生存力が非常に高いと聞いていますが」

「うむ。その辺りも調べさせてある。イーファ君にとって話すべきか迷ったが、あくまでただの事例として聞いてほしい」

「あの、それって……」

「かつて、大きなダンジョン内で『生還者』持ちの冒険者が数年生存して救助された事例がある。外国で、百年以上前のことじゃがな」

「お、お父さんが生きてるってことですか?」

「あくまで過去の事例じゃよ。裏世界樹ダンジョンがどれほどの規模で、内部にどんな構造を持っているかはわからんから、何ともいえん」

「そうですか……」

「でも、かつて世界樹の中には居住可能な空間がいくつかあったと言います。ピーメイ村のような場所があったとか」


 在りし日の世界樹には魔物が現れない休憩に使える空間がいくつもあったという。そこには拠点が作られ、年単位で暮らす人もいた。周囲の環境から食料の採取も可能だったはずだ。


「もし、裏世界樹ダンジョンにかつての世界樹のような居住可能な場所があれば……」

「とはいえ、年数が年数じゃ。あまり期待を持たせたくないのじゃが」

「大丈夫です! お父さんとお母さんがどうなったか、私、知りたいです!」


 真っ直ぐな視線でイーファははっきりと言いきった。王都での経験が、イーファに新たな価値観を与えたのかもしれない。


「裏世界樹ダンジョンの攻略には何年かかるかわからない。両親の痕跡が見つかるかもわからないぞ」

「でも、可能性がないより全然いいですよ、先輩!」

「そうか……そうだな。約束はできないけど、俺も手伝うよ。『発見者』が役立つかもしれないからな」

「ありがとうございます! ……ありがとう……ございます」


 頭を下げたイーファの目尻から、涙が流れていた。

 あり得ないと思っていた両親への手がかり。それが、こんな風に手に入るとはな。


「話はこれだけじゃ。この分だと二人共、ピーメイ村に戻る意志は硬そうじゃな。オルジフの奴からの勧誘はワシからことわっておく」

「え、誘われてたんですか……」


 去り際にとんでもない話が飛び出たな。


「お前さんたちはよく働いてくれたということじゃよ。その若さで奴に関わることはない。任せておくがいい」


 にやりと笑って、資料室の室長は軽い足取りでギルドを去っていった。

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次回で第二部完結になります。

その後また少しお休みを頂きたく思います。

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