第94話:仕事の行方

 裏世界樹ダンジョンが発見されたとはいえ、すぐに攻略が始まるわけじゃない。

 何より場所が悪い。ピーメイ村はアストリウム王国の辺境、人も殆ど住んでいない。ダンジョン入り口の温泉の王の家の周りは魔物討伐時の施設が残っているとはいえ、すぐに再稼働できるだけの人員と資材もない。


 裏世界樹ダンジョン攻略を始めるにしても、他にも問題はある。多くの冒険者や商人が行き来するだろうから、街道を整え直さなきゃならないし、ピーメイ村の宿泊施設だって問題になる。

 それらを決めたり実行する権限は俺にもイーファにもない。

 そこでルグナ所長と連絡をとったところ、「冬の間に色々とやってみる」と返事があったので、俺達は変わらず王都のギルドで仕事を続けていた。


 業務内容は攻略が終わったダンジョンの撤収作業と、西部支部の仕事の手伝いだ。王都ではダンジョンに関わらない、ピーメイ村ではあまり見られない依頼が多数なので、イーファには良い経験になるはずだ。


「王都の冬は暖かくて過ごしやすいですねぇ。春までいさせてもらえて助かります」

「ピーメイ村は山の中だからなぁ。イーファもすっかり王都の生活に慣れたな」

「都会は便利だし、珍しいものが多くて飽きません。でも、ピーメイ村も気になるんですけれどね」


 ギルド内の食堂で昼食を食べながら、イーファがしみじみと話す。


「帰ったら村が様変わりしてそうだな。仕事内容も変わりそうだ」

「ですね。ダンジョン攻略で忙しくなりそうです」

「下手をしたら、ずっとその仕事だろうな」


 世界十大ダンジョンの一つ、世界樹の攻略には数百年の年月が費やされた。裏世界樹ダンジョンも、そのくらいかかってもおかしくない。

 俺とイーファはピーメイ村の職員だから、それにかかりきりになるだろう。


「先輩はずっとピーメイ村にいるんでしょうか?」

「それは……どうだろうな。すぐに異動ということはないだろうけど」


 心配顔でイーファが聞いてきた。俺は左遷されてピーメイ村に行った身だ。その一件も、今回の王都行きで解決したといえる。やろうと思えば、西部支部に戻ることもできるだろう。


「俺としては、裏世界樹ダンジョンが気になるから、ピーメイ村にいたいかな」

「良かったです! もしかしたら一人で帰ることになるかもと思ってまして」

「さすがにそんな薄情なことはしないよ。むしろ、この状況でピーメイ村がどうなるか気になるしな」

「ですね。もしかしたら、大きな町になるかもですね!」

「その可能性は大いにあるな」


 ピーメイ村の周りの土地は広い。ダンジョンの規模次第では、どんどん人が集まり、村から町へと変わっていくだろう。そういう意味でも、王国において今後は見逃せない地域になるだろう。

「今のピーメイ村が嫌いなわけじゃないですけど、買い物しやすくなるといいですねぇ」

 そんなことを言いながら、本日三杯目のスープを飲み干すイーファ。裏世界樹ダンジョンが見つかった後も変わらず元気そうだが、少し心配だ。


 イーファの両親は裏世界樹ダンジョンのどこかにいる可能性がある。

 その事実を温泉の王から聞かされた彼女が、それを気にしていないはずがない。

 既に行方不明になって七年、生存の可能性は低い。それどころか、ダンジョン内で遺品が見つかる見込みだって少ない。

 にも関わらず、僅かな希望が見つかってしまった。

 イーファは今後も心のどこかで、裏世界樹攻略中に両親の痕跡が見つかることを期待してしまうはずだ。

 それは結構な心理的な負担になるはずだ。元気だし、頼りになる後輩だけれど、精神的には普通の子だ。果たして大丈夫だろうか。


「ああ、いたいた、二人共」


 俺がそんな勝手な心配をしていると、食堂内にコレットさんがやってきた。ダンジョン攻略から元の業務に戻り、最近少し元気になりつつある人である。


「どうかしたんですか?」

「ええ、二人にお客様よ。資料室の偉い人。食事を終えたら応接室に行ってね」


 短くそう伝えると、コレットさんも食事を頼みに行った。昼休憩ついでの伝言だったらしい。


「資料室の偉い人って、室長さんですよね?」

「ああ、そうだな。なにかわかったんだろう」


 怪訝な顔をするイーファをよそに、俺は色々な可能性を考えながら、残ったスープを一気の飲み干した。

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