第93話:そこで見たもの、あったもの
突如告げられたピーメイ村への移動。
とにかくまずは見てみるべきだと判断した俺達はラーズさんの誘いに乗った。その場で「わかりました」と快諾され、すぐに移動する手筈が整った。
ラーズさんが魔法を使うところを見るのは初めてみたけど、訳が分からなかった。軽く手を振ったと思ったら、いきなり目の前に別の空間への入り口が現れた。本人は「扉を作って繋いだだけですよ」と言っていたけど、それで済ませて良い出来事とは思えないくらいすごい。
そして、ラーズさんに誘われるまま、扉をくぐった先で、呆然と景色を眺めていると言うのが現在の状況だ。
「自然洞窟系のダンジョンみたいだな」
「西部ダンジョンと全然違いますね。なんか、広いですし」
イーファの言うとおり、俺達が出たのは広い洞窟の中だった。天井も高く、空気がひんやりとしている。うっすら明るいのは、ダンジョン内に何かしらの光源になるものが配置されているからだろうか。
「ふぅ、ようやく都会から逃れられました。びっくりしましたか? わたしも驚きました、まさか温泉の地下にこんな空間があるなんて。住んでたのに全然気づきませんでしたねー」
「お、温泉の地下何ですかっ、ここ? 王様は平気なんですか!」
イーファが心配を始めるのも無理はないか。これは、ただ事じゃない。とんでもなく広いぞ。何せ、果てが見えない。
「我のことなら心配無用である。久しぶりだな、二人とも。壮健で何よりだ」
懐かしい声がして、振り返ったらそこに巨大なスライムがいた。温泉の王。イーファの保護者で、温泉地の管理をしている幻獣だ。いつもと変わらない様子でプルプル揺れながら、俺達の前にやって来る。
「王様もいたんですか。ここ、本当にあの家の近くなんですか?」
「うむ。我も驚いた。ある日魔女殿が、地下への入り口を見つけたと思ったら、家の裏だったのだからな」
家の裏にあったのか、この入り口が。
「まさか、家の裏に世界樹の根ともいうべきダンジョンがあったとは。我ともあろうものが、なぜ気づけなかったのか……」
「仕方ありませんよ。これは簡単には見つけられないように、巧妙に隠されていましたから」
王様は落ち込んでいた。そうか、もし、ここのことを知っていれば、イーファの両親のことだって対応できていたかもしれない。
「あの、もしかして、私のお父さんとお母さんって……」
「それについては、向こうで話そう。準備がある」
そういって歩き始めた王様に着いていくと、持ち込まれたと思われる、テーブルと椅子があった。
薦められるまま、椅子に座ると、話が始まった。
「えっと、まずはわたしからご説明しますね。この世界樹の根ですが、神々によって非常に巧妙に隠されていたんです。それなりの魔法使いが広域で探知している時に、世界樹の根によって作られたダンジョンが攻略されないと、気づけないんです」
「それをたまたま今回、俺達がやったわけですね。でもそれ、物凄い低い確率ですよね……」
「それでいいんですよ。神様ですから。何十万年単位で、たまたま実行する人がいて見つけてくれればラッキーくらいの感覚で仕掛けを作るんです。それを今回、サズさん達が実行できたわけですね」
「ス、スケールが違いすぎます……」
「神様ですからー」
イーファが驚いているし、俺も同様だが、「神様」の一言で片付けられると納得するしか無い。
「つまりですね、イーファさん。温泉の王さんがイーファさんにこの場所のことを教えられなかったのは仕方ないことだったんです」
その話に繋がるのか。多分、イーファの両親が消えたのはこの場所に関係がある。温泉の王が知っていれば何らかの対応が出来たかも知れない。ラーズさんは事前に温泉の王に落ち度がないことを説明したかったんだ。
「わかってます。王様は、物凄い頑張って両親を探してくれましたから」
「しかし、これほど近くにあって気づかなかったとは無念極まる。我としてはイーファに会わせる顔がない……」
「イーファのご両親がここで消えたというのは間違いないんですか?」
「というか、ピーメイ村周辺で消える理由がここくらいしか無い感じですね。世界樹の根は周辺各所に根を伸ばし、ダンジョンを作るようです。ここはその発生源で、川の源流みたいなものなので、場所によっては物凄い魔力が流れていて危険なんです」
「お父さん達は、それに触れてしまったということですか?」
ラーズさんは目を伏せて、静かに首を縦に振った。
「なんらかの方法でこの場所に入って、世界樹の根の力に触れてしまったんでしょう。恐らく、どこかの未発見ダンジョンの中に飛ばされたか、あるいは世界樹の根と同化して、魔力そのものになってしまっているかと思います……」
「そう……ですか……」
短く答えたイーファの目尻から、涙が溢れた。
どちらにしろ、生存は絶望的な話だ。もう十年近く前のことだから、イーファだって希望を持っていたわけではないだろう。けど、こうしていざ直接答えを聞けば別問題だ。
「イーファよ。すまない。我は何もできなかった」
「わたしもです、何とかできないか調べたんですけど……」
しばらくの間、イーファが静かに涙を流すのを見守る時間が続いた。俺の『発見者』で見つけてやる、とでも言えれば良かったんだが。そんな無責任なことはとても言えない。
「これから、この場所はどうなるんでしょう?」
涙をぬぐいながらイーファが聞いた。
「この先には地下への階段があり、ダンジョンになっている。いわば、裏世界樹第一階だな」
「……ダンジョンとして見つかった以上、国としては対応しないわけにはいかない。むしろ、王国中のダンジョンに影響を与えているなら、調査しなきゃいけない」
世界樹に新たなダンジョンが見つかっただけでも大事なのに、それが王国全土に影響する可能性まで出て来た。対応策を練るにしても、まずは調べなければいけない。
つまり、ピーメイ村を舞台に、再びダンジョン攻略が行われるということだ。
「私はここでダンジョン攻略のお手伝いができるんですね。もしかしたら、お父さんとお母さんの残した物が見つかるかもしれない……」
そう言うイーファの声は思ったより明るかった。
「…………」
無理して自分を納得させているんだろう。王様もラーズさんも何も言えない。
「可能性はある。そうだな、何ならギルドで依頼を出しておこう。イーファの両親に関わる物を見つけたら報償も出せるかも知れない」
ルグナ所長ならそのくらいしてくれるはずだ。
「ありがとうございます。先輩」
「いや、これくらいしか思いつかないんだ。ごめん」
かつて、世界樹の攻略には数百年の時間がかかっている。今度だって同じくらいかもっとかかるだろう。
仮にイーファの両親の遺留品が残っているとしても、俺達が生きている間に見つかる保証はない。
「話は以上だ。二人とも、魔女殿に王都に送ってもらいなさい。ここに戻ってくるのは仕事を済ませてからだな」
穏やかな口調で王様が言うと、俺とイーファは黙って頷いた。
国やギルドが間に入る前に、この場所を見せて俺達に話をしておきたかったんだろう。
少なくとも、王都のギルド経由で事務的に伝えられるよりはよっぽどいい。
俺達はラーズさんの魔法で王都に戻った。イーファには心の整理をする時間が必要だろう。ピーメイ村から距離のある王都の方が、そのためには良いかも知れない。
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