第92話:わかったこと

 今、俺とイーファの仕事はちょっと行方不明な状態になっている。

 一番大きな理由が、季節だ。

 西部ダンジョンが攻略され、支部の撤収が終わる頃には季節は巡り、秋の終わりになっていた。

 これから来る冬というのがちょっと問題だ。

 ピーメイ村の冬は、あまり仕事が無い。十日以上かけて村に帰った後、仕事の少ない村で冬越しになる。それならいっそ、王都で経験をもっと積むべきではと言う話が出ている。

 結構魅力的な考え方だ。山奥の村で人間二人分の冬越えの資材を使わなくていいし、イーファは王都で学ぶことができる。

 有り難いことに王都西部ギルドが受け入れてくれるので、正直、お言葉に甘えようかと思っていた。

 そんな方針決定をしている時、エトワさんから連絡が来た。

 ダンジョン攻略直後に姿を消して、一向に連絡の無かった王都の魔女。なにか理由があるんだろうと思い、俺達なりに仕事をしていたら、ある日突然、手紙で呼び出された。

 そもそも、俺とイーファが王都に来た理由は、ダンジョンから世界樹の根を割り出すことだ。その情報を得ることが出来た場合、また話が変わる。

 王都で活動するか、ルグナ所長に相談するためピーメイ村に戻るか。再度検討する余地が出てくるだろう。

 そんなわけで、手紙で呼び出された翌日、俺達はエトワさんの住まう、王都の公園地下の空間に向かったのだった。

 俺が火の精霊の特訓をして丸焦げにしてしまった草原はすっかり元通りになり、穏やかで自然豊かな空間に戻っていた。

 外は冬の寒さが近づいているのを感じさせる気候だけど、ここは春のようで過ごしやすい。エトワさんは寒暖の差が激しいのは好みじゃ無いようだ。


「エトワさん、全然連絡無かったですけれど、なにか問題が起きてたんでしょうか?」

「どうだろう。大臣からの仕事もあるから、そっちかもしれないな」


 必要なら連絡してくれる人だ。あの中枢との戦いの時、何らかの分析を行う魔法を使うと言っていた。その結果をはっきりさせるのに、時間がかかっていた可能性もある。もちろん、大臣からの仕事の線も十分あるけど。

 ともあれ、声をかけてくれたと言うことは進展があったってことだ。まずは話を聞くしかない。


「とりあえず話を聞いてみよう。俺達の今後も決まるしな」

「ですね。ちょっとワクワクします」


 相変わらずの可愛い外観をした家の丸い扉の前に立ち、ノックをするとすぐに「どうぞ」と返事があった。


「こんにちは。サズです。手紙の件で伺ったんです……が」

「…………」


 ドアを開けて驚いた。イーファなんか挨拶することもできず、目を見開いている。

 室内で俺達を出迎えたのは、ここにいるはずのない人物だったからだ。

「どうも。お久しぶりです。元気でしたかー、お二人とも」

 今一つ覇気のないしゃべり方。全身真っ黒のローブ姿に目元が隠れるほどの黒髪。それでいて、どことなく漂う神秘的な雰囲気。


「ラーズさん、どうして王都にいるんですか?」


 ピーメイ村にいるはずの「見えざりの魔女」ラーズさんがそこにいた。


 ○○○

 

 とりあえず、俺達は室内に案内された。いつものように良い香りのお茶が用意され、テーブル上に王都で選りすぐられたお菓子が並ぶ。いつもと違うのはテーブルの周りの顔ぶれだ。


「あの、何でラーズさんがいるですか? どうやってここまで来たんですか?」


 イーファの質問にラーズさんは照れた様子で答える。


「馬車は怖いので魔法で飛んで来たんですよ。エトワちゃんに手伝ってもらって」

「うちを来てからは、ここの敷地から一歩も出てないけどね」

「だ、だって怖いじゃないですか。人間が……人間が沢山蠢いてる都会なんですよ。むしろ平気なエトワちゃんが不思議です」

「いつも言ってるけど人間を恐れすぎなのよ、あんたは。普通にしてれば大丈夫でしょうに」


 いきなり過呼吸気味になったラーズさんに呆れながらエトワさんが言った。俺達と話してる時より気安い感じだ。

 ラーズさんについては前にも魔法で引越しをしてたから、魔法で王都に来る事自体に違和感はない。それよりも、性格的に人の多い王都には近づけもしないと思っていたのに、やって来ている方が驚きだ。

「わざわざラーズさんが王都まで来るってことは、何かあったんですか?」


 これはただ事ではない。ラーズさんに王都行きを決意させる何かがあったと見るべきだろう。


「さすがはサズさん。察しがいいですね。いかにも、わたしが精神的に命懸けで王都まで来たのには

ちゃんと理由があるのです」

「この前のダンジョンの中枢討伐の時、ラーズはピーメイ村の方で魔法を使って監視してくれてたのよ。それで色々分かって、調べているうちに時間がかかっちゃったのよ」

「あ、その説明はわたしがしたかったのにー」


 さっさと本題に入らないからでしょ、とエトワさんがラーズさんを嗜めている。それより、とんでもない話になってないか、これは。


「色々わかったってことは、見つかったんですか? 世界樹の根が」


 その言葉に隣に座るイーファが居住まいを正した。俺以上に、彼女にとっては大切な話だ。


「はい。見つかりました。あの時、サズさんがお仲間と協力してダンジョンを倒したのが良かったみ

たいですね。一瞬ですけど、ピーメイ村……というより世界樹跡地から王都方面に伸びる魔力の流れが観測できました」

「それって、先輩の予測が当たってたってことですか? 世界樹の根がダンジョンを作ってるって」

「おそらくね。少なくともダンジョンに影響を与えてるのは間違いないと見てる」

「それで時間をかけて、ピーメイ村の周辺を調べまくってたんですよー」


 にこやかに言うラーズさんだが、その作業はきっと大変だったはずだ。魔女として相当な力を持つこの人が、時間がそれなりにかかったってことだから。


「それで、最終的には、世界樹の根とも言われる空間を見つけまして。お二人にお話しようとこちらに来たわけです」

「わざわざこの話をするために王都まで来てくれたんですねっ」

「違いますよ」


 頭を下げようとするイーファを制して、ラーズさんは続けた。


「わたしが来たのは、お二人を連れて行くためです。見たくないですか? 世界樹の根」


 にっこりと、少女のようにあどけない笑顔を浮かべて、「見えざりの魔女」は俺達を誰も知らない場所へといざなう言葉を放ってきた。

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