第91話:祭りの終わり
祭りの終わり、と思うのは少し感傷的すぎるだろうか。
ダンジョン五階の中枢が討伐れてから、西部ダンジョンはゆっくりと規模を縮小していった。かつて、俺がリナリーと共にダンジョンを「倒した」時は一気に崩壊したんだが、今回はそれとは違う終わり方を迎えた。
ダンジョンの規模とか、その辺の関係だろうか。これは、資料室で調べて貰っても、今のところは詳細不明と言われた。
ダンジョンが縮小する間も、ちょっとだけ採取は行われた。若干の収益は出たけど、それほどではなかった。
中枢討伐後三十日目、攻略支部といくつかの建物を残して、ダンジョンの周辺は撤去が終わった。
ダンジョンの名残は痕跡ともいえる岩場と、周辺に設けられた鋼鉄製の柵だけになってしまった。後に広がるのは建物跡の土の地面。これも数年たてば、王国からの支援を受けて元の畑に戻る予定だ そして、攻略支部閉鎖が決まった日。
一つの別れが、俺達の前に訪れた。
「まさか、僕を見送ってくれる人がこんなにいるとはね」
西部攻略支部……もう少しで元がつく建物の前でヒンナルは自嘲気味な笑みを浮かべて言った。
言葉とは裏腹に、彼の表情はどこか晴れやかに見えた。中枢が倒され、撤収が進む中、今回の攻略計画の責任を取さる話し合いで呼び出された時も、こんな様子だった。
「たしかに、あまり褒められたものではありませんでしたよ。特に最初の方は」
支部を代表するようにコレットさんが言うと、周りの皆が頷いた。
大な収益が見込める西部ダンジョン。それを攻略してしまったこと、またそれまでの運営のまずさの責任を取る形で、ヒンナルは異動することになった。「手厳しいね。でも、後半はそこそこの評価を貰えたということかな?」
「異動がこの程度で済むくらいには、ですね」
コレットさんがにこやかに笑うと、小さな包みを渡した。中身は西部ギルドで彼が愛用していたメーカーの高級ペンだ。
「東部の町のギルドでやり直しか。ここでの経験を生かせるように、頑張るよ。……というと収まりが良いかな?」
包みを開けて嬉しそうにペンを眺めながら、おどけて言うヒンナル。
彼への処分は、想定されていたものより少し穏やかだった。
東部にあるちょっとした規模の町にあるギルドへの異動。そこで副所長の補佐だとか、よくわからない微妙な役職につくらしい。
異動が想定よりも軽かった理由は、あの中枢が最後の瞬間に意図的に暴走を引き起こしたという事実があったことだ。
なにかきっかけがあれば、あのダンジョンはいつ暴走してもおかしくなかった。攻略支部は資料室と協力して、そんな資料をギルド本部に報告した。
攻略自体が黒字に収まったことと、その報告、それとヒンナルのコネが重なって、この結果となった。
「サズ君、迷惑をかけたね。それと、世話になった」
わざわざ俺の前に来て、軽く頭を下げられた。
驚きだ、そんなこと絶対にしそうになかったのに。
「いえ、俺は自分にできることをやっただけですから」
「……それは凄いことだよ。少なくとも、僕は職員をしながら命がけでダンジョンに挑むなんてことはできそうにない」
言いながら、ヒンナルは持っていた鞄から、書類を取り出した。
分厚く、何度も再読された形跡のある、よれよれのその書類に、俺は見覚えがあった。
「俺がピーメイ村に行く前に作った引き継ぎ資料ですね」
「大変参考になる書類だ。移動先でも読みたいので、貰っても良いかな?」
そこまで言われては、断ることはできないな。
「いいですけど、西部ダンジョン攻略用のですよ?」
「構わないさ。なんなら、これを元に自分で新しいものを作って見ようかと思うよ」
それは、なかなか悪くない考えに思えるな。今のヒンナルなら、案外イーファのような新人向けの資料を作れるかも知れない。なにせ、つい最近自分が色々と体験したばかりなんだから。
「できあがったら、ピーメイ村に送ってください。イーファに見て貰います」
「そうするよ。では、皆さん、世話になったね。僕のような所長についてきてくれたことに、礼を言う」
ちょっと照れくさそうな顔をして一礼すると、ヒンナルは荷物を背負って王都の馬車乗り場へと向かっていった。
「行っちゃいましたね。ヒンナル所長、一人で大丈夫でしょうか?」
見送りながら心配そうにしているイーファだが、俺はあることを知っている。
「案外、一人じゃないかもしれないぞ。昨日、イーファが助けた冒険者パーティーに、ヒンナルの異動先を聞かれたんだ」
それを聞いたイーファが、表情を明るくした。
あのヒンナルを慕って追いかけるくらいの冒険者の友人ができた。そのくらいの変化が起きた。
これは、今回のダンジョン攻略における、結構な収穫なのかも知れないな。
「さて、儀式は終わり。次はサズ君達よ」
一仕事終えたとばかりにコレットさんに言われた。
そう、今度は俺達の問題だ。
実をいうと、ダンジョン攻略から三〇日たっても、今後のことが全く決まっていないのである。
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