第90話:5階中枢討伐(3)

 俺は慌ててエトワさんに駆け寄り、背中の矢筒から矢を二本取り出す。


「これに、奴の肩の水晶を壊す魔法をかけることは?」

「なるほどね。それなら大丈夫だよ。私が直接手を出してないから。あれ、厄介だよね。凄い沢山の魔力を蓄えてるからちょっとした魔法なら弾き返しちゃうの」


 受け取った矢に対して、エトワさんが何かを呟いた。水晶製の矢じりに強大な魔力が宿ったのが見えたと思ったら、すぐ俺の手に帰ってきた。

 『発見者』の目には見える。矢じりは変わらないが、精霊じゃなくて別のものが詰まっているのが。


「結界を壊す魔法の応用版。結構強いから効くはずだよ。魔法の矢だね」

「ありがとうございます!」


 礼を言って俺は戦場に戻った。見れば、今はリナリーとイーファが二人がかりでどうにか抑えている。

 クリスタルウルフの動きに合わせて周囲の水晶がたまに光るのが不穏だ。肩の水晶からの攻撃はあれ以来ない。簡単に連射できるものじゃないんだろう。


「そいつの動きを一瞬でいいから止めてくれ!」


 叫びにイーファが反応した。


「わかりましたぁ! やあぁぁ!」


 元気な叫びと共に、ハルバードが一閃。前足に斧部分の刃が突き刺さり、一瞬だけクリスタルウルフの動きが止まった。相変わらず頼もしい威力。

 そして、今だ。


 俺は魔法の矢を放つ。

 『発見者』は弓矢と相性がいい。魔法の矢は左肩の水晶体に直撃。

 当たった瞬間に、巨大な水晶体は砕け散った。キラキラと綺麗な魔力の輝きと共に周囲に破片が舞う。

 凄い、俺の精霊魔法とは桁が違う。


 この攻撃を受けて、クリスタルウルフがさらに大きな変化を見せた。


「――――!!!!」

「っ! 全員、距離をとって!」


 リナリーの指示で冒険者達が下がる。これまでで一番の咆哮だ。周囲の水晶が活性化して、明るく輝き始める。俺の光の精霊よりも明るいくらいの光量だ。


「ダンジョンに何かした? まずい! 卵を潰すんだ!」


 奴は状況が悪くなるとデミウルフを呼び出す。全部孵化させる気か?

 俺は手近な卵に精霊の矢を打ち込んでいく。

 しかし、向こうの動きの方が早い。デミウルフが次々と生まれてくる。ただ、事前に数を減らしていたのと、強引な孵化のためか固体は小さい。

 冒険者達は、落ち着いて相手の数を減らしていく。


「みんな! 今のうちに追い詰めるわよ!」


 実際、確実に傷は与えている。リナリーの判断は正しい。

 俺も今のうちにもう片方の水晶体を撃ち抜いてしまおうと弓を構えるが、そこで異常に気づいた。


「なんだ……肩に魔力が集まってる?」


 こちらを怒りの形相で睥睨しながら冒険者と戦うクリスタルウルフ。その両肩に魔力が流れ込んでいる。

 目の前に来たデミウルフを倒して、今度こそと肩に狙いを付けた時、奴が何をしていたかがわかった。


「再生した……」


 一瞬で、両肩の水晶体のみならず、これまで与えた傷までが消えていた。


「不死身かよ……」


 後ろからでもわかるくらい、冒険者達の士気が落ちる。

 撤退、の二文字が脳裏をよぎった時、エトワさんの声が聞こえた。


「大丈夫! 効いてるよ! 自分の生命力を使って無理矢理体を治しただけ! 魔法使い的にみると、だいぶ弱ってる!」


 戦いで不利にならないよう、なりふり構わず治療したってことか。

 少しずつ、確実に俺たちの攻撃は効いている。

 俺は前に出て、リナリー達の近くに行く。


「リナリー、肩の水晶だ! 一個は俺がやる!」


 あの肩の水晶。あれさえなければ倒し切れる。弱っている今なら、なんとかなるかもしれない。ただ、魔法の矢は残り一本。両方は壊せない。


「わかった。もう一つはあたしがやるわ。イーファ、あんたは全力をあいつに叩き込みなさい」

「……わかりましたっ」


 クリスタルウルフは動きがは早い。しかも、肩は位置が高く狙いにくい。リナリーが自分でやると判断したのはそれが理由だ。


「みんな、もうちょいだから。協力してね」

「後で奢ってくださいよ!」

「報酬は山分けで!」


 冒険者達も士気を取り戻している。さすがはベテラン達だ。


「私が前に出て抑えます!」


 イーファに続いて盾持ちの冒険者達が突撃する。

 

「サズ、あんたは少し下がってなさい」


 そう言って、リナリーも遺産装備の剣を構えて疾駆する。

 クリスタルウルフを中心に、激しい戦いが始まった。残っていたデミウルフも加わり、乱戦気味になった。

 俺は少し距離を取って、弓矢を構えた。周りにデミウルフはいない。距離もある。大丈夫だ。後は機会を待つだけ。


 先に仕掛けたのはリナリーだった。


「はあああ!」


 イーファ達がクリスタルウルフをたじろがせた瞬間。そこを見逃さず跳躍しての「一閃」が右の水晶体に直撃。遺産装備と神痕由来の全力を受けてすぐさま右肩の水晶は崩壊した。


 水晶に蓄えた魔力が、そのまま力の源なんだろう。クリスタルウルフはあからさまに動きが悪くなった。

 よし、今だ。

 そう狙いをつけた瞬間。

 クリスタルウルフがこちらを見た。

 

 そこからは早かった。短い唸りと共に跳躍し。一瞬で俺の目の前にきた。


「くっ!」


 まずい。周りに味方がいない。防御力で言えば俺はここの冒険者で一番弱い。

 

「――――ッ!!」


 一撃で体を吹き飛ばされそうな前足が迫るが、なんとか回避。。

 しかし、体勢を崩した。反応しただけで限界だ。


 立ち上がり、距離を取ろうとしたところで、今度は目の前に顔が迫っていた。俺などひと噛みでちぎれそうな巨大な口内が目に入る。


 精霊魔法を……いや間に合わないか?


「…………?」


 一瞬、覚悟を決めたがクリスタルウルフは前進してこない。

 それどころか、いきなりバランスを崩して後ろ足の方から倒れた。


「先輩! 今のうちに逃げてください!」


 見れば、イーファが左の後ろ足を切断していた。全力の一撃で両断したんだろう。神痕がかなりの魔力を放っているのを『発見者』が教えてくれた。

 助かった。俺は急いで弓矢を回収して、その場から脱出。素早く弓矢を構える。

 

「今度こそ!」


 狙い通り、魔法の矢は飛んだ。左肩の水晶体が砕け散っていく。


 その瞬間、クリスタルウルフに変化が現れた。体毛が色褪せた灰色になり、表情も苦悶に歪んだものに変わった。

 一気に力を失った。それは『発見者』で見るまでもなく明らかだった。


「今よ! みんなで止めを刺すのよ!」


 冒険者が殺到する。次々に攻撃が叩き込まれる。

 動きの悪くなった中枢にそれを逃れる術はない。

 最後の一撃は、誰だったのかわからない。リナリーでも、イーファでも、俺でもない。

 その場にいる全員の攻撃を受けたクリスタルウルフは、全身に傷を負って、その場にゆっくりと崩れ落ちた。


「お、終わった……」

「危なかったな」


 冒険者達が口々にいう。

 全くだな、と思い声をかけようとした時だった。


 『発見者』が急に力を発揮している感覚があった。視界が変わる、室内の魔力のみならず、わけのわからない輝きまで見えていく。

 戸惑いつつも、俺は状況を理解した。


「先輩、お疲れ様です……どうしたんですか?」

「まずいぞ、この部屋、魔力の流れがおかしくなってる。暴走だ」


 急激に室内の魔力が膨れ上がっている。それに、残った水晶がどんどん成長している。空間全体の魔力も強まってるように見える。普段の『発見者』じゃ、わからないが、今ならわかる。


「クリスタルウルフの最後の咆哮。あれが合図だったのか?」

「考えてる暇ないでしょ! とにかく、周りの卵を壊して少しでも被害を食い止めないと」


 再び剣を構えるリナリー。

 でも、その必要はない。


「いや、大丈夫だリナリー。見えてるんだ、今なら」


 この感覚には覚えがある。昔、暴走するダンジョンを止めた時と同じか、それ以上に「見る」。『発見者』が全力を発揮した状態だ。


「先輩……目が蒼く光ってます」

「どうやら、制御できるようなもんじゃないらしいな、これ」


 暴走に呼応してか『発見者』は勝手に力を発揮した。

 こうなったら仕方ない。覚悟を決めよう。


 また神痕が力を失ってもいい。ここで暴走が起きて、外の人達が傷つくよりずっとマシだ。

 ダンジョンから魔物が溢れ出て、不幸になるなんて、もう見たくない。


 そんな思考に応えてか、『発見者』は更に詳しく室内を見せてくれた。

 なんで今まで分からなかったんだろう。ダンジョンは魔力の産物だ。石でできた通路も一皮剥けば魔力の流れなんだ。考えてみれば、神々が作った魔法そのものなんだから、当然か。


 今の俺には見える。このダンジョンを生み出す、魔力が流れ出し、色々なものを形作っている中心が。


 部屋の中央。クリスタルウルフがいつも座っていた場所。そこからダンジョン全体に魔力が流れ出ている。それが今は、卵達を孵化させるべく、莫大な魔力をこの部屋に供給していた。


「ここだ、イーファ。ここに思いっきり強い一撃を叩き込んでくれ」

「わ、私でいいんですか?」

「あたしは二回も『一閃』使っちゃって、限界。イーファの方が適任だわ」


 リナリーは極力顔に出さないようにしてるけど、だいぶ消耗している。今の『発見者』なら彼女を支える魔力が弱々しくなっているのがよくわかる。

 対してイーファは全然違う。莫大な魔力が体を支えていた。とんでもないな神痕だ。


「わかりました。いきます」


 ハルバードを構えると、そこに神痕から魔力が流れ込むのが見えた。

 遺産装備全体が光り輝き、まばゆい武器と化す。


「やあああ!」


 イーファのハルバードの一撃が地面に炸裂した。

 俺にはしっかりと、魔力を生み出す原因が確実に破壊されたのが確認できた。


「ど、どうでしょう?」

「……多分、成功だ」


 もう、地面からは魔力が流れ出なくなっている。ダンジョンも生き物なんだ、こう見ると。


「おい、なんか水晶が暗くなってないか?」


 感慨にふける俺より先に、冒険者達が騒ぎ始めた。光の精霊に照らされてわかりにくいけど、たしかに室内の水晶が光を失い始めている。

 これはダンジョンという魔法を解除した、とでも言えばいいんだろうか。少なくとも、俺の目にはそう見えた。


「ね、ねぇサズ。これ、いきなり崩壊始めたりしない? 前の時はそんな感じだったけど」

「そこまではちょっと……。でも、部屋を支えてる魔力はどんどん弱くなってるから、一度避難した方がいいかもな」

「だ、脱出! みんな一度脱出するわよ! 道中で会った冒険者にも呼びかけて!」


 慌てて俺達は脱出を開始した。

 部屋から出る時、満面の笑みを浮かべたエトワさんが手を振ったと思ったら、その場からいきなり消えたのは、ちょっとずるいと思った。


 この日この時、王都西部ダンジョンは攻略されたのだった。

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