第84話:変わりゆく状況
五階のことを念頭におきつつも、普段の仕事をこなさなければいけない。
冒険者が増えた攻略支部は忙しい。この日も書類整理の途中で、受付に立つ必要ができた。
「報告確認しました。採取品はいつも通り、外で鑑定を受けてから買い取りをしてください」
「おう、人が多い割に実入りが多くて助かるぜ」
「そうみたいですね。冒険者が増えた影響か、魔物の出現箇所が変わってるんで、掲示板を確認しておくといいですよ」
以前ここに来て攻略に加わった冒険者の男が爽やかな笑みを浮かべながら報告書をあげてくれた。鉱物の採取数が多い。収入としてはかなり多めだ。
「もうしばらくここで稼がせてもらわねぇとな。あの剣とハルバードの嬢ちゃん達が中枢を倒しちまう前によ」
「さすがにあの二人だけで中枢を倒すのは無茶ですよ」
「ちがいねぇ。その時は俺も呼んでもらわねぇとな」
上機嫌で男は受付から去って行った。外で待っている仲間達と合流して報酬を分け合うはずだ。その後は宴会だろうか。
今日はイーファがダンジョン攻略で出かけているのもあって、少し忙しい。そろそろ仕事が終わる時間だけど、俺には残業の予定があった。
「サズ君、そろそろ出かけていいわよ」
タイミング良くコレットさんに言われたので、急いで机の上の資料をまとめて出かける準備を整える。
「今日の報告書、帰ったら見せてください。資料室、行ってきます」
「はい、気をつけてね」
ようやく資料室に行ける。予定だと、もう少し早く出かけられるはずだったんだけど。
懸念事項さえなければ、景気がいいと喜ぶところなんだけどな。
そんなことを考えながら外に出ると、なんだか雰囲気がいつもと違った。
攻略支部前は、ダンジョン攻略のために作られた村に隣接している。それ故に騒ぎには気づきやすい。歩きながら観察してみると治療所付近に人が多いことがわかった。
周りの話を聞いたところ、どうやら、重傷者が運び込まれたらしい。
そうすると、ルギッタを始めとした『癒やし手』が治療しているはずだ。
そう思ってちょっと様子を見ようと建物に近づいたら、イーファが出て来た。服が血で汚れているけど、よくみれば彼女のものじゃない。
「イーファ、大丈夫なのか?」
「先輩、大変です。五階の調査をしていたんですが、そこで魔物の群れと戦っている人達を見かけまして」
「助けに入って、ここに運び込んだんだな。大丈夫なのか?」
イーファは首を横に振った。
「わかりません。ルギッタさん達が頑張ってくれていますけれど。私はとりあえず、ヒンナル所長に報告にいこうかと」
「ヒンナルに?」
「はい。仲の良い冒険者さん達だったので」
「…………」
彼らか。どうやら、変わらず無茶をしていたようだ。
治療所を確認してみたいが、『癒やし手』じゃない自分には手出しできない。そもそも俺は医者でもないし、精霊魔法は怪我の治療はできない。
今は自分のできることをやるべきか。
「イーファはすぐに報告にいくといい。ヒンナル所長なら、なにか手を打てるかも知れない」
「はい。先輩は、おでかけですか?」
荷物を見てイーファが気づいたようだ。
「ああ、ちょっと資料室に行ってくるよ」
今は自分の仕事を優先。そう割り切って、俺は資料室へと向かっていった。
○○○
資料室に到着するとエトワさんがいた。というか、いるのを知っているから、今日はここに来た。彼女がいるこのタイミングを逃してはいけないので、マテウス室長に頼んでおいた。
「へぇ、五階の鉱物が実は植物か。面白いこと考えるねぇ」
中に入って挨拶すると、さっそく休憩室でお茶を飲みながらの会議が始まった。
この部屋でお茶とお菓子を飲みながらの話し合いになるのは、エトワさんの要望だ。
俺としては不満はない。それに、エトワさんがいるとマテウス室長も機嫌が良いので、話が円滑に進むのが助かる。
「実際採取できるものは鉱物なんですが、ダンジョン自体の特性はこれまで通りなんじゃないかなって。最近の報告も少しまとめてあります」
用意した書類を置くと、室長が物凄い早さで読み込みながら言う。
「ふむ。冒険者の報告とギルド併設の販売所の数値を見るに、明らかに産出量が増加しているのう」
既に中枢が見つかって全フロアが解析済みなのに、鉱物の産出量が日々増えている。
通常のダンジョンは決まった量が復活するだけなので、フロア解析後は産出量が一定になるというのに、ここは異常な数値を示している。
今日来た冒険者が思ったより実入りが多いと言ったのは気のせいでは無く、ダンジョン自体が豊かになっているからだろう。
「変わったダンジョンよね。サズ君はこのダンジョンについて他に考えてることないの?」
「可能性の話ですが、二つのダンジョンが複合しているのではないかなと」
前にラーズさんがそんな話をしたことがある。二つのダンジョンが重なると変わったことが起きると。それが起きているのではないだろうか。
「ダンジョンがどうできるかは諸説ありますけど。元々王都西部にあった鉱物ダンジョン、それに世界樹の根が接触して植物ダンジョンを作り複合型になった、とか?」
推測を話すと、目の前の二人は静かに黙り込んだ。
「突飛な考えじゃのう。証拠がないと何ともいえん」
「そうね。証拠が必要だわ。それには調べる手段が必要ってことね」
エトワさんが胸を張って言った。こちらに言わせる気だな。
「俺の『発見者』では魔力を見るのが限界でした。魔法使いの力が必要です。エトワさん、力を貸してください」
「魔女はダンジョン攻略に極力関わらないようにしてるんだけどなぁ」
「それは……エトワさんには調べてもらうだけになるよう、心がけます」
ここはリナリーやイーファに頑張ってもらうことになるだろうな。今度なんか奢るとしよう。二人とも、容赦なく食べそうで怖いけど。
「んー、ま、いっか。いいわ、わたしは自衛のためにしか戦わない。その条件でよければ一緒に見てあげる」
「よいのですか? エトワ殿」
「いいのよ。そもそもサズ君には二度もわたしを見つけた報酬をあげてなかったし。これでようやくスッキリするくらいよ」
「あ、ありがとうございます」
やった。思ったよりも簡単に話がまとまった。頭を下げると、エトワさんが声色を変えて話しかけてきた。
「サズ君、頭を上げて。今度はこっちからの話があるから」
「?」
顔を上げるとマテウス室長が申し訳なさそうな顔をしていた。
「資料室の調査結果じゃ。西部ダンジョンは数年以内に「暴走」を引き起こす可能性がある」
それは、俺にとっては一番、聞きたくない言葉だった。
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